塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

フルク氷河のハイキング

2010/07/22

朝、雲が空の大半を覆っています。これではカストールには行けるも八卦、行けぬも八卦……と思いながらクラインマッターホルン行きのゴンドラ駅の前へ向かいました。そこで落ち合ったガイドはレオという名前の、人の良さそうなオヤジ風。他にも何組かのガイドとゲストが屯していましたが、一様に空を眺めては浮かない顔をしています。それでもレオは「時間がたつにつれて天気は良くなると思うよ」と言ってくれたのですが……。

案の定、ゴンドラでトロッケナー・シュテークまで上がったところで、その先のロープウェイが強風のために待機状態になっていました。しばらく様子を窺っていると、係員を乗せたロープウェイが駅から10mほど乗り出して風にぐらぐら揺れながら様子を探っています。ロープウェイの係員も意外に命がけだったりするんだなとヘンな感心をしましたが、どうやらGOサインは出なかった模様。仕方なく待合室のような広い場所で待機することになりました。登山スタイルやスキースタイルの客たちが待つ中、他のガイドと話し込んでいたレオが近づいてきて「貴方は2日前にマッターホルンに登れてよかったよ。昨日はかなり凍っていたそうだ。今日はダメだろうね」と教えてくれました。そのレオも、レオに情報を提供してくれたガイドも、見ればマムート製品(特に衣類)を多用していて、待合室の中は赤と黒の象マークが幅を利かせていました。

クラインマッターホルン方面は青空なのに風は一向に収まる気配がなく、40分待ったところで時間切れ。山行は中止ということになりました。先に下りるレオに別れを告げてしばらく待合室から空を眺めていると、日本人女性が「どこへ行く予定だったんですか?」と声を掛けてきました。話してみると彼女は今日がブライトホルン・ハーフトラバースの予定で、その後にマッターホルンに挑戦することになっていたのですが、当然ながらこの日のテストは中止です。私が2日前にマッターホルンに登頂したことを聞いた彼女は羨ましそうな顔をしていましたが、その気持ちは痛いほどわかります。

さて自分はどうするかというと、ヘルンリヒュッテのテラスでまったりしているときに眺めてちょっと気になっていたフルク氷河の末端を横断するハイキング道を歩くことにしました。この道はトロッケナー・シュテークから水平に歩いて、マッターホルンの懐へと下ってシュヴァルツゼーへ抜ける道です。

まずは渺々と風が吹き抜ける荒れた景観の中を、たった1人で歩きます。振り返れば氷河湖(というほど大きくはありませんが)の向こうにトロッケナー・シュテークの駅が見えていますが、ロープウェイはやはり動いていません。

こちらは途中で見掛けた美しいオブジェ。天然石を上手に積み上げたものですが、石の色合いがなんともいい感じです。その左奥に見えているのはマッターホルンの下部です。

この荒涼とした景観の中にも、ところどころに植物が生えていることに驚きました。遠景はクラインマッターホルンで、その右のガスに隠れているあたりがテオドールパスでしょうか。テオドールパスはスイスとイタリアを結ぶ峠で、紀元前からローマの軍隊や商人がここを越えており、峠にはかつて神殿もあったそうです。

さらに進むと賽の河原(?)。

そして道はマッターホルンの足元へと高度を下げていき、前方にはヘルンリヒュッテへ向かったときに辿った尾根筋が屏風のように聳え立ちます。

マッターホルンを見上げたところ。右からの尾根が一度小ピークを作るあたりにヘルンリヒュッテが見えていますが、肝心のマッターホルンは上半身を隠しています。

マッターホルンの足元から流れた灰色の沢筋をまたぐ橋。奥に見えている黒っぽい突起は、右端がリッフェルホルン、その左がゴルナーグラートです。さらにその奥では、氷河と雲との区別がつかなくなっていました。

この道で始めてすれ違った夫婦連れのハイカー。私の逆コースを行くようですが、潤いのないこの道はマッターホルンを見上げながら緩やかに下る方が歩きやすく、逆コースはあまりお勧めできません。

シュヴァルツゼーが眼下に見えてきました。そろそろお腹も空いてきたところ。

しかしその前に、せっかくなのでシュヴァルツゼーの湖岸のチャペルへ足を向けることにしました。

帽子をとって中に入ると中は意外に(?)ちゃんとした造りで、美しく飾られた祭壇には聖母子像があり、窓にはステンドグラス、壁にはピッケルを持った登山者の前に天使が現れている様子を描いた絵もかかっていました。もともとこの辺りは放牧地で、夏の間を家畜と共に過ごす人々が祈りを捧げるためにこの小さなチャペルが建てられたのだろうと思います。

シュヴァルツゼーのレストランで例によって野菜サラダ中心の食事をとりました。これでCHF31.5ってどれだけ高いんだ!と言いたくなりますが、ただでさえ物価が高いスイスの、それも観光地価格と思えば仕方ないのかもしれません。

ホテルに戻って昼寝をしてから、15時すぎにアルピンセンターに行ってカストール登山の返金手続をしました。あらかじめガイドのレオから連絡が入っているので手続はまったくスムーズで、CHF20が差し引かれただけで戻ってきたのは良心的です。その手続の最中にやってきたのは誰あろうウィリーで、マッターホルン登頂に成功したことを話すと、彼は満面の笑みで「Congratulations!!」と握手を求めてきてくれました。

今日の夕餉は少し奮発してワイン「Dame de Sion」を買ってきました。総菜に果物も多めに調達して、部屋でささやかだけれど心豊かな晩餐。気が付くと窓の外は雨になっていました。

▲この日の行程。