塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

オーバーロートホルンへのハイキング

2010/07/21

登頂から一夜明けて、今朝もホテルの近くからマッターホルン観察。山の姿ははっきり見えていますが、東の空が曇っているのか朝焼けショーは見られませんでした。他にも日本人観光客の団体がいてがっかりした様子だったので、2日前に撮った写真をカメラのディスプレイで見せてあげると「あら、きれい!」。「昨日はあの上にいたんですよ」「?」「登頂してきたんです」「えっ!あなたプロ?」。いえいえ、そんな者ではございません。

この日は休養日の予定でしたが、のんべんだらりと下界にとどまっているのはつまらないのでオーバーロートホルンに登ってみることにしました。ホテルから徒歩30秒のケーブルカー駅から、ケーブルカー→ゴンドラ→ロープウェイを乗り継いでロートホルン・パラダイスに上がると、展望台から正面にすっきりとしたマッターホルンの姿を中心に、左にはブライトホルン周辺の山々、右にはヴァイスホルン山群の展望がぐるりと広がっています。

そして背後にあるのが、オーバーロートホルンの大らかな山。山といっても実際はリンプフィッシュホルン(4199m)からツェルマットへ下る長大な尾根から派生する一突起に過ぎませんが、それでも独立峰並みの大きさが感じられます。

道はいったん下って、左右に道を分けて山腹を緩やかに登っていきます。空の青、氷河の白、草の緑がとてもきれいな気持ちの良い道です。

氷河沿いに奥へと進んだ道は、やがて折り返してオーバーロートホルンの山頂へと高度を上げていくのですが、その辺りに屯していたのが彼ら。しっかり入山審査を受けてしまいました。

道沿いには白、ピンク、黄色、ブルーといったさまざまな色の矮性の花々が咲いています。そうした花々に見とれながら登っているうちに、ふと目の前を立派な角を生やしたアイベックスがぴょんと横切って、カメラを構える間もないうちに下界へと消えて行ってしまいました。

この登山道には、こうしたシュールなオブジェがルートに沿って設置されています。これが日本なら「山にこんなに目立つ人工物を置くなんて」と思うところですが、ツェルマットだと山々を人間が手なずけている感があって、不思議に山と人工物の組み合わせが気になりません。目玉の色はさまざまで、その下の金属プレートには四面にドイツ語・フランス語・英語・日本語で哲学的な詩編が書かれており、その内容は高度を上げるにつれて次のように変わります。

植物の世界(緑)
水と光、それで世界は緑になる。植物は育ち、大地に根を張り、太陽に向かう。植物は生きている。なぜなら植物は世界を変えて、自分を後世に伝え続けているからだ。自分の世界の美の中で植物は静かな唄を歌っている。それに耳を澄ましたまえ。
動物の世界(黄)
動物は動く。泳ぎ、這い、走り、そして飛ぶ。彼らが求めるものは少ない。空間、食物、安全。動物はやるべきことを行う。彼らは人間の仲間であり、手本だ。それをよく見たまえ。
人間の世界(青)
人間は目と心でモノを見る。考える。しかし起源は人間自身ではない。人間は授けられたのだ。自覚を持った行動と感情が人間の本質だ。それを感じたまえ。
精神の世界(赤)
身体と感情から解放された最後の自由。解放はどこにでもあり、生命の美と調和を反映している。それは心という無限の善と愛の力だ。目を覚まし、無上の幸福にそれを探したまえ。

草原が切れて岩だけの斜面を登り、最後のオブジェに達するとそこがオーバーロートホルンの山頂です。ロートホルン・パラダイスから、ゆっくり登ってちょうど1時間でした。ほかに誰もいない静寂の山頂からは360度の展望が広がり、自分が周囲の景観の中に溶け込んでいくような気持ちにさせられます。このハイキング道には「Weg zur Freiheit(自由への道)」という名前がつけられていて、登る前はなんじゃそりゃ?と思っていたのですが、ここに立ってみれば深く納得がいきます。

裏手が崩れた崖になっていて細長い山頂にのんびりと30分ほども滞在しましたが、この間にもイタリアとスイスの国境稜線を越えてきた雲がもくもくと動いて、山々を隠していきます。

いつまでもこの山頂にいたいところですが、アルピンセンターで翌日以降の山行の手続をしなければならないので後ろ髪をひかれるように下山開始。ようやくこの頃から、何人かのハイカーが上がってくるのとすれ違うようになりました。

来た道を逆に辿って下界に下り、正午ぎりぎりにアルピンセンターに着きました。そこであらかじめ日本から予約していたドム登山(1泊2日)の手続をしようとしたのですが、窓口のナタリーはディスプレイに3時間おきの降雨予想を示して、2日後は雨だからドムはやめた方がいいとアドバイスをくれました。うーん、それは残念。かといって残る2日をぼんやり過ごすのも芸がありません。では、明日日帰りでカストール(4228m)は?それは「possible」、ただし他に希望者がいないのでグループ料金にならないから高くつくから、午後にもう一度来てみて、とナタリーは言ってくれました。

お昼はfuchsで「その緑のと赤いのをください」と超アバウトな注文をしてランチをゲットし、ビールとりんごジュースも仕入れてホテルの自室でまったり。昼寝をしてから夕方にアルピンセンターに行ってみましたが、やはりカストールの希望者は他に出てこなかったそうでナタリーはすまなそうな表情を見せました。プライベートガイド料金CHF685は確かに高い!……のですが、せっかくツェルマットまできて4000m峰が一つだけというのはやはり残念です。こちらに来てから食費を切り詰めていることだし、日本に帰ってからも飲み会を減らせばいいか、とワケのわからない納得の仕方を自分にさせてカストール登山を申し込みました。

外に出ると雷の音、そしてぱらつく雨。マッターホルンを見ると雨の中に煙っているようです。ホテルに戻ってしばらくすると妖しい風が吹いて、そして雨が路面を叩き始めました。この雨はやがて上がり、21時すぎでも普通に明るいツェルマットの上空には青空も見えましたが、テレビの天気予報番組はこの日をもって「Ende der Hitze(熱暑の終わり)」だと報じていました。

▲この日の行程。