青蔵鉄道 I

2014/12/29 (2)

西寧市内のレストランで美味な中華料理をいただいてから、西寧駅へ。ここから今回の旅のハイライトの一つである青蔵鉄道に乗ることになります。

これまた大きい!いかにもできたばかりの西寧駅の前はまだ工事中で、ここ数年は隣の西寧西駅から青蔵鉄道が始まっていたそうですが、今回の旅行では12月25日にオープンしたばかりのこの新しい西寧駅から青蔵鉄道に乗車することができました。それにしても、この無駄に広大な空間はさすが中国という感じ。駅構内の二階部分は商店が入るスペースになっているようですが、試みに階段を上がってみるとそちらもまだ内装工事が終わっていませんでした。まあしかし、この真新しくきれいな駅のぴかぴかの床に平気で食べ終わったミカンの皮などが捨ててあるところが、やはり大陸というかなんというか。

青蔵鉄道は、その名の通り青海省からチベット(西蔵)へ通じる鉄道で、全長1,956km。西寧から同じ青海省のゴルムドまでの第一期工事は1958年から四半世紀を要し、その後崑崙山脈の手前で止まっていた工事も2001年に第二期が始まって、2006年にはラサまで全線の運行が開始されました。この路線は、ゴルムドの先からラサまでは一貫して標高3,000m以上を走り、とりわけ鉄道としては世界最高地点である標高5,072mのタングラ峠を越えるために「天空列車」とも呼ばれています。私は鉄道ファンではありませんが、せっかくチベットに行くならやはりこの鉄道に乗ってみたい……というのがこのツアーを選んだ大きな動機でした。

二階のコンコースから改札での厳重な荷物検査を受けた上でホームがある一階へ下ると、そこに我々が乗車する列車が待っていました。青蔵鉄道は一日に数便が走っており、便によっては隔日で運行されるものもあるのですが、実は西寧を始発駅とするものはむしろ少なく、遠く北京や上海、あるいは成都などを出発して40〜50時間もかけてラサを目指すものがあったりします。そして、我々が乗った列車は比較的近くの蘭州を始発駅とする便で、私があてがわれた4人用コンパートメントには蘭州から乗ってきた若い中国人男性客が座っていました。あとの三つのベッドは私が参加したツアー客で占めることになり、何となく雰囲気で私はもう一つの下段を使わせてもらえることになりました。コンパートメントの中には小さなテーブルがあり、赤いバラの花が一輪、ポット、ガラスの皿が置かれています。お菓子も置いてあったので手にとろうとしたら、先客氏に「それは私のです」と英語で言われました。あ、すみません。

15時頃に出発。扉が締まり、ずいぶんゆっくりとした加速で西寧駅を離れた列車は徐々にスピードを上げ、近代的な西寧市街を抜けたらすぐに潤いの少ない乾いた大地の中を走るようになります。荷物を整理してひと段落ついたら、列車の中を探索してみることにしました。

まずは一番後ろの車両まで数両を歩いて列車の背後の眺めを写真に納めてから、前に歩いてみることにしました。後ろの方は三段ベッド(硬臥)の車両が数両続いていて、ここにはやはりチベット族を含む現地の人たちが多い様子。その前に我々が利用している二段ベッド(軟臥)の車両があり、食堂車一両があって、その先には座り心地は悪くなさそうな椅子席(軟座)。さらに前の方に一番安い「硬座」車両があるようなのですが、その手前のところが扉で締め切られていて前に進むことはできませんでした。一番料金が安いそこにはおそらく、ラサに帰るチベット族の人たちがたくさんいることでしょう。そこまでの間、列車の中にはカーペットが敷かれていて歩きやすく、清潔なトイレ(飛行機のそれのように密封式)、洗面台、お湯の供給器などが備え付けられていて高級感があります。そしてこれが大事な点ですが、列車は密封式で空調が施されており、酸素濃度と気圧が一定に保たれるようになっています。と言っても平地並みというわけにはいかず、そのことで翌朝たいへんなことになるのですが、このときはそんなことは知る由もなし。

西寧を離れて1時間余りで、早くも青海湖(མཚོ་སྔོན་=ツォ・ゴンポ)が南側に広がり始めました。周囲360kmで、面積5,694平方キロは琵琶湖の8.5倍ということになります。真冬のこととてところによっては凍っているところもありますが、湖畔の草地には羊やヤクが放牧されていました。

こうした青海湖との付かず離れずの光景が1時間近く続いた後に列車はトンネルに入りましたが、このトンネルがまた長く、およそ20分程も暗闇の中にいたようです。

窓の外の単調な景色が暮色に染まり始める頃、ツアー客一同は食堂車に移って夕食となりました。料理は日本人が想像する純粋な中華で、野菜主体に肉類も交えた皿が次々に出てくるもの。そう贅沢感のあるものではありませんが、いずれも美味しくいただきましたし、特にご飯が美味しかったのは嬉しいことでした。

食事を終え、すっかり暗くなった窓の外をしばらく眺めてから、消灯して就寝。

深夜、列車がガタタンガタタンと複雑なポイントを通る振動で目が覚めました。すぐに列車は停まりましたが、それでもしばらくはベッドの中でのんびりしていたものの、停車時間が長いことで「もしやここは……」と上衣を羽織って列車の外に出てみると、ツアー客が何人も駅のホームに降りていました。ここがゴルムドです。電化されていない青蔵鉄道はディーゼル機関車に牽引されているのですが、崑崙山脈を越えるために、その手前にあるゴルムドで機関車を馬力の強いGE製の高地仕様車に交換します。起き出すのが遅かったために機関車連結の場面を見ることはできませんでしたが、それでも新しい機関車の勇姿を正面から眺めることができ、その頼もしい姿に惚れ惚れしてから寝台車へ戻りました。

ゴルムドを立つと、シューという空気音がコンパートメント内に響き始めました。ここからは標高3,000mを超える地帯が続くために、列車内は与圧されるのです。そして崑崙山脈を越えれば、そこにはココシリ自然保護区という永久凍土の原野が広がり、野生動物たちが闊歩しているはずですが、残念ながらこの列車は夜の内にココシリを抜けてしまいます。