プチ・ヴェルト〔敗退〕

2015/08/03

シャモニー実質2日目は雪のルートの足慣らしとして、現場監督氏セレクトのプチ・ヴェルトです。派生する尾根上にドリュを置く主峰エギュイ・ヴェルト(4122m)からドリュとは直角にシャモニーの谷側へ張り出す尾根の途中の小ピークがプチ・ヴェルト(3512m)で、あまり山頂という感じではない上にロープウェイの終点駅グラン・モンテから歩いて2時間と至近距離にあることがこのピークの価値をそれほど高いものとはしていませんが、ガストン・レビュファの『モン・ブラン山群』にも取り上げられていますし、前述の『Mountaineering in the Mont Blanc Range』でもグレードこそI/PDながらtrickyなシュルントの処理を含め十分な準備がなければ痛い目に遭うルートとして紹介されていますから、決してなめてかかるわけにはいきません。

昨日と同じバスに乗って、ドリュを右に見上げながら走ること30分のレ・ショザレで降車します。

そこから徒歩10分で、グラン・モンテに通じるロープウェイの駅に到着します(この駅前まで直行するバスの便もあります)。

待つことしばし、ロープウェイはわずかな客を乗せてエギュイ・ヴェルト中腹のロニャンまで上がり、そこからさらに乗り継いでグラン・モンテに上がりました。

1段高いところにある展望台からの眺めは文句なく素晴らしいものでした。目の前には緩やかな斜面の向こうにぽっかりと雪をかぶったエギュイ・ヴェルト、右手間近の丸みを帯びた岩塔はドリュ。さらに右手遠くにはモン・ブランやミディが聳え、背後にはエギュイ・ルージュの山脈が連なって、その右の果てはスイスとの国境につながっています。

眺めを存分に堪能してから駅のある階に戻り、さらに階段をぐっと下ったところで雪の上に降り立ち、そこで登攀準備を整えました。

我々よりも前にここに着いていたクライマーたち3パーティーはいずれも3人編成で、我々が身繕いをしている間に目の前の雪の斜面を登っていきました。4組目となった我々もお互いをロープで結び合い、現場監督氏が先、私が後で登攀を開始しました。

まず急な雪の斜面の登りから始まりますが、雪はブラック・アイスと言われる状態にまで氷化していて硬く、アイゼンの前爪を効かせながら登らなければなりません。

やがて雪解け水が流れている浅いシュルントを越えて少し登ると傾斜が緩み、そこから向かって右手へトラバースするようになります。

次の顕著なシュルントを飛び越えてゆっくり歩き続けましたが、やがて1組が引き返してくるのに出会いました。体調不良なのか?と思いながらすれ違い、さらに進みましたが、我々の前にいるもう1組も一番最初に登り始めたパーティーが稜線直下の大きなシュルントのところで固まっているのを立ち止まってじっと眺めています。

どうやらこの大きなシュルントの辺りが核心部になっているらしく、そのパーティーのリーダー(ガイド?)はしばらくルートファインディングに時間をかけていましたが、やがて張り出した雪の下にアイススクリューを埋めると、ダブルアックスを駆使して攻撃的なラインでこの核心部を突破していきました。

遠くから見ても、その先の急斜面が凍っていてアックスとアイゼンをガチガチと受け止めていることがわかり、本格的なアイスアックスを持っていない我々には歯が立ちそうにない代物であることが窺えます。これを見た我々のすぐ前の3人組も登攀を諦めて引き返してしまい、我々も「これは無理だな」と思いつつ、せめて核心部の手前までは進もうとさらに前進しました。

近づいてみた核心部は確かにシビア、しかし登るだけならなんとかなるかもしれないと思えましたが、問題は帰りも同じルートを下らなければならないという点です。残念ながらここを無傷で帰還することはこのときの技術と装備とでは難しいと思われたため、現場監督氏に「今日は諦めましょう」と声を掛けました。果敢にトライを続けている最先行のクライマーたちと「Good luck!」「Thank you!」というやりとりを交わしてから、元来た道を戻りました。

グラン・モンテの駅前に着いてギアを外しはしましたが、せっかくここまで上がってきたのだから高度順化を兼ねてしばらく他のパーティーのクライミングを見学していよう、と石に腰掛けて昼食かたがた見物モード。最初に取り付いた3人組は核心部を見事に突破しましたが、その後も稜線のやや下をトラバースするようにしてピークに向かうのにかなりの時間を費やしており、前途多難を窺わせました。

一方、我々がグラン・モンテに帰着するのと入れ替わりにスタートした男女2人組は、やはり核心部のシュルント越えを断念して引き返すかと思えたのですが、そこから左手にいったん戻ってから直上し、思わぬ位置からリードの男性がシュルント上の雪のハングを越えて急雪壁をダイレクトに登っていきました。そんなのあり?とこちらが目を白黒している間にセカンドの女性も見事にハングを突破して雪壁を登り、こちらは呆然と見上げるばかりです。

本場の連中にはかなわない……と脱帽した我々は重い腰を上げて駅舎に入り、すごすごと下界へ戻るしかありませんでした。

▲この日の行程。