エギュイ・デュ・ミディ=コスミク稜 / プラン・ドゥ・レギュイ〜モンタンヴェール

2014/07/27

エギュイ・デュ・ミディのコスミク稜登攀の日。ホテルの朝食は7時からですが、前日のうちに頼んでおいたので5時45分からシリアルとコーヒーの食事をとり、早朝のきりっとした空気の中を待ち合わせ場所へ向かいました。

エギュイ・デュ・ミディはモン・ブランを眺める展望台があることで有名な針峰で、標高は3842m。シャモニーの町からは南側にあたり、正午に太陽がその上にくることから「ミディ」の名前がつけられたそうです(ちなみにモン・ブランの右手にはエギュイ・デュ・グーテもありますが、「グーテ」は「おやつ」という意味。おやつの時間=15時に太陽がくるから?)。そして、その展望台に通じるロープウェイは高度差2800mを途中1回の乗継ぎでわずか20分ほどで結んでおり、特に上部のパートは高度差1470mを支柱なしで最後は岩壁沿いにほとんど垂直に上がるように昇っています。

このロープウェイで登るエギュイ・デュ・ミディ展望台からの眺めはシャモニー観光の目玉で、出発が遅れると1時間待ちは当たり前の大混雑となるため、我々は始発の30分前である6時に待ち合わせていましたが、早くもチケット売場には長い列ができていました。しかし私は前日のうちにマルチパスを購入してあるので、長岡ガイドと共に無事に1便目の定員の中に入ることができました。時間節約のためにここでハーネスを身に着けてロープウェイが動き出すのを待ちましたが、どうやら今日は快晴で、楽しいクライミングが期待できそうです。

展望台駅に着いたら我先にと駅の中を抜けて、柵に囲まれた雪のテラスに飛び出しました。ここでヘルメットをかぶり、アイゼンを装着し、長岡ガイドとロープで結ばれて、テラスから急降下する雪稜へと2番手で足を踏み出しました。

新雪に足をとられないように細心の注意を払いながら、右手にピッケル、左手にストックの二刀流で朝日の中の細いスノーリッジをどんどん下ります。行く手の右寄りに見えているのは、大きなピークがグランド・ジョラス(4208m)、平らな稜線がロシュフォール山稜、小さくピンと立ったピークがダン・デュ・ジェアン(4013m)です。なんと素晴らしい眺めだろう!しかし、雪稜の左側は漆黒のシャモニーの谷へ一気に切れ落ちているので、油断することはできません。

雪稜をそのまま真っすぐ進めばエギュイ・デュ・プラン(3673m)への縦走で、こちらもポピュラーなコースですが、我々は雪面の傾斜が緩やかになったあたりから右下へエギュイ・デュ・ミディを時計回りに回り込むように下ります。こちらはモン・ブラン三山(モン・ブラン・デュ・タキュル〜モン・モディ〜モン・ブラン)縦走コースの起点となるコスミク小屋へ向かう道で、今日の目標であるコスミク稜の真横を通るラインでもあります。

見上げるエギュイ・デュ・ミディ南壁のすっきりした大きさに感嘆。ガストン・レビュファの映画『天と地の間に』の中でレビュファがモーリス・バケと共にここを登るシーンを見て、私もチャンスがあれば登ってみたいと思った壁です。

こちらがコスミク稜(クリックすると全体像を見ることができます)で、左寄りのすっきりした壁はエプロンと呼ばれ、こちらも登攀の対象になっています。今日の登攀は、このエプロンの向こうにあるコスミク稜末端部からスタートです。

コスミク小屋へ向かうトレースを分けて古いシモン小屋跡で小休止してから、いよいよ登攀開始。このコスミク稜は、手元にあるガイドブックでは次のように解説されています。

GRADE: II/AD. Mixed with a rock pitch (smooth crack 4b) and some complex ropework.
TIME: Approach 45mins. Ascent 2-3hrs.
HEIGHT GAIN: 268m from the Col du Midi.
CONDITIONS: Snow should be re-frozen, and stays firm longer as the ridge is west-facing.

取付からコスミク稜を見上げると、既にゴールの展望台(の一部)が見えています。

少し上がったところからモン・ブランをバックに記念撮影。モン・ブラン・デュ・タキュルの下部雪面に大きな水平クラックが走っており、トレースがそこまでしか上がっていない様子が見えました。やはり雪の状態が悪いせいで、こちらから登るのはかなり困難そうです。一方、逆にこちらは雪がついているせいでデリケートな岩の登りはあまりなく、快調に高度を上げていきました。

この急斜面の下降も雪のおかげで難なくクライムダウン。なかなかいいペースです。

クライムダウンしたすぐ先が懸垂下降地点で、ここには珍しく支点が設置されていました。

右下を見ればコスミク小屋を目指すトレイルにたくさんの人の姿があり、その向こうにはグランド・ジョラスが聳え立っています。懸垂下降後、岩壁の右側を回り込んでちょっとした岩場(阿弥陀岳北稜を連想させる適度な難易度)を越えたところで先行の2人パーティーを追い抜きました。

それにしても今日は文句なしのクライミング日和、快適な登攀が続きます。

背後の岩塔には、5.13のスポートルートも拓かれているとのこと。

さらに2人を追い抜いて、きれいに立ったスラブ状岩壁に到達しました。一見すると難しそうですが、斜めに走ったクラックがガバホールドを提供してくれていますし、足は先人たちがアイゼンの前爪で穴をあけてくれているので、出だし1歩目の乗せ替えを決めれば、後は丁寧に足を上げていくだけです。ここを10mほど登ったところからバンドを進んで稜線上に戻ったところにあるテラスで大休止としました。

モン・ブランへの登路にトレースをつけようとして苦戦しているらしいクライマーたちの姿を眺めながらのんびり行動食をとってから、最後の登高にかかります。ここからは稜線のやや左寄りの日が当たらない雪と岩のミックスのラインとなりますが、ゴールは間近です。

狭いルンゼを登って明るい日の光の中に飛び出すと、目の前がゴールの展望台でした。お立ち台のような岩の上に立って最後の記念撮影を終え、少々心細くなるほどしなる鉄梯子を登って展望台のテラスに到達したところでロープを解きました。取付からの所要時間は1時間半ちょうどでしたから、いいペースだったと言えそうです。

登攀終了が9時半で、まだまだ時間があるので、ミディからイタリアのエルブロンネルまでを往復する観光ゴンドラに乗ることにしました。ただしこちらはマルチパスが使えず、別に€25の支払いが必要でした。

空中に乗り出したゴンドラから先ほど歩いたコスミク稜を見ると、大渋滞が発生しています。始発のロープウェイに乗って早々に登攀を開始したのは正解でした。

3連ゴンドラは人の乗り降りに合わせて空中でしばらく止まるので、周囲の景観をじっくり鑑賞することができます。まずは、これも大賑わいのミディ南壁、そこからシャモニ針峰群をたどってプラン針峰、そのずっと向こうにドリュ(3754m)、エギュイ・ヴェルト(4122m)。

左前方にグランド・ジョラス、ダン・デュ・ジェアン(グランド・ジョラスの左奥にはマッターホルンも見えているのですが、写真ではわかりません)。眼下の雪原はヴァレ・ブランシュで、高度順化にもよく使われているほか、エギュイ・デュ・ミディからエルブロンネルまでの長いスノートレッキングも行われているそうです。

右手にはモン・ブラン・デュ・タキュルの岩壁が威圧的で、ここにも何本もの厳しい登攀ラインが引かれていることを長岡ガイドは自身の登攀経験と共に教えてくれました。

そして、近づくにつれその偉容が迫力を増すダン・デュ・ジェアン(巨人の歯)。見れば見るほど登攀意欲をそそられましたが、このときはまだ本当にこの山頂に立つことになるとは思っていませんでした。

エルブロンネルでゴンドラから降りることなく、そのまま折り返してエギュイ・デュ・ミディへ戻ります。

展望台の最上部へはこれまた長蛇の列になっていたので赴かず、ロープウェイ駅の上のレストランで軽い昼食をとりながらシャモニーの谷を見下ろしました。

これはすごい高度感!この構図の下側右寄りの尾根をダイレクトに登ってくるルートもあり、現に数名のクライマーが行動しているのがはっきりと見えていました。

シャモニーへ下る途中、乗継ぎ駅のプラン・ドゥ・レギュイで長岡ガイドと別れ、ここからハイキング道をモンタンヴェールまで一人で歩くことにしました。何しろ今日ほどの快晴にはもう恵まれないかもしれないので、この日のうちにできることは詰め込んでおこうという発想です。

プラン・ドゥ・レギュイ(標高2317m)から北東に向かってほぼ水平に歩くハイキング道は、常に左手にシャモニーの谷を見下ろして気分の良い歩きが続きますが、1時間も歩くとさすがに飽きてきました。ここはお弁当を持って適当な岩の上でのんびり休憩するのが正しい楽しみ方らしく、そのようにしているグループを何組も見掛けました。

やがて分岐点に達し、上り道をジグザグに登ってから岩がちの道をトラバースすると、急に目の前が開けてメール・ドゥ・グラス氷河とその奥に聳えるグランド・ジョラスの姿が見通せました。モンタンヴェールの駅(標高1913m)へはそこから長い急下降、そして線路沿いに『天と地の間に』の中で若いガイドたちがわざとらしくトレーニングしていた岩場を見上げながら歩いて駅に着きました。

ハイキングが終わる頃合いの時刻とあって、駅は下山しようとする観光客でごった返していましたが、思った程待たされることもなく無事にシャモニーに下ることができました。これでこの日の行動はすべて終了です。実働初日としてはかなり充実した内容でした。


▲コスミク稜
▲エギュイ・デュ・ミディ〜エルブロンネル間のロープウェイ
▲この日の行程。