ポワント・ラシュナル「コンタミヌ・ルート」

2019/08/08

今日は当日朝の確認メッセージもなく、ロープウェイ駅に6時集合。2日前よりも人手が多い印象でしたが、無事に始発のロープウェイに乗ることができました。

シャモニーの谷底は霧に覆われていましたが、プラン・デ・ゼギュイユ駅から上はすっかり快晴。絶好の登攀日和です。

久しぶりのこの眺め!シャモニーに来た以上は一度はこうして雪を踏まなければ嘘だと思っていましたが、最後にそのチャンスが巡ってきました。

右にはダン・デュ・ジェアンからロシュフォール山稜を経てグランド・ジョラス。私のヘルメットの左奥にうっすら見えている大きな山はモンテ・ローザで、その左の山の右肩に小槍のように頭をチラ見せしているのがマッターホルンです。この写真では見切れていますが、左の方にはもちろんドリュもいれば、まさかのビバークを強いられたあのエギュイ・デュ・プランも見えていました。

ミディの展望台から外に出て雪稜を下り、右手に回り込んで氷河の上に降り立つと、右側にはミディ南壁エプロンが赤い岩壁を日に照らされており、行く手にはモン・ブラン・デュ・タキュルが圧倒的なボリュームで待ち構えていました。このモン・ブラン・デュ・タキュルは、単にモン・ブランのピークハントを目指す登山者にとっては三山縦走(タキュル〜モン・モディ〜モン・ブラン)の行きがけの山に過ぎませんが、クライマー目線になると、その東面に連続するさまざまな柱状岩稜やクーロアールが魅力的な課題を多数提供してくれています。

そうした中で今回登るポワント・ラシュナルは、ミディの側からアプローチすると雪面の上にわずかに頂上部を覗かせただけの冴えない姿をしています。ところが、深いクレバス帯を巧みにかわしながらその左から1段下のジェアン氷河へと降りていくと、右側に見えるポワント・ラシュナルの姿は劇的に変化します。

この通り、その南南東壁の迫力は素晴らしいものがあり、中でも目指すコンタミヌ・ルートは写真に写っているロメインの右上のピラーをてっぺんまで登る高距250mの刺激的なルートです。

「ポワント・ラシュナル」の名前は、モーリス・エルゾーグと共に人類として初めての8000m峰であるアンアプルナを登り、その5年後にヴァレ・ブランシュのクレバスに落ちて34歳で亡くなったルイ・ラシュナル(1921-1955)に由来するものであり、一方「コンタミヌ・ルート」はガイドでもありENSAの講師にもなった卓越したクライマー、アンドレ・コンタミヌ(1919-1985)に基づく(したがって他のピークや岩壁にも「コンタミヌ・ルート」は存在する)ものです。

雪原を渡って取り付くルートの常道として、最初の難関はその取付の手前に口を広げるクレバスの存在です。確保してもらっているとはいえ、崩れそうな氷の突端から50cm上の岩棚に向かって飛びつくのはかなりの勇気がいりました。この岩棚の上でシューズを履き替え、軽量化のためにピッケルやブーツ、クランポンを残置して、登攀を開始しました。

1ピッチ目はこの赤い壁の左端に走るクラックから。いきなり傾斜のきついV級ピッチです。

2ピッチ目は傾斜が落ちて、豊富なホールドに助けられてスラブを登る易しいIV級ピッチになります。

3ピッチ目(V)はこの凹角を左上に抜けてから右上。凹角はほぼ垂直ですが、大きなホールドとフリクションの良い壁を使った大胆なレイバックが有効で、自分にとっては得意系でした。

4ピッチ目(V)はこのロープの流れのようにいったん直上してから左上の岩の割れ目を目指しますが、見た目以上に傾斜が立っていて腕力を消耗し、何度かテンションを掛けてしまいました。恥ずかしい……。

打って変わって5ピッチ目(IV+)は気持ちよく登れるパートで、ロメインはビレイそっちのけで動画を撮ってくれました。ありがとう、ロメイン!……と御礼を言っていいのだろうか?

そして6ピッチ目がいよいよ核心部、トポによれば「VI b」とあります。

真横から見た傾斜はこの通り。岩の質といい角度といい、ミディ南壁「レビュファ・ルート」の最上部の核心部を連想させます。

ラインとしては、薄青色のロープがほぼ重なるようにフィンガーサイズのクラックが走っており、このクラックを中心に左右にもホールドを求めながら小刻みに身体を引き上げていくというもの。出だしのレッジから壁の中へやや下り気味に乗り出すところは残置ボルトに掛けたスリングでA0しましたが、そこから先は極力ゆっくり、息が上がらないように注意しながらホールドを追い続けました。

丁寧に登り続けて3分の2ほども登ればホールドは大きくなってきて気分が楽になってきます。ロメインのところに達してセルフビレイをとりPASにぶら下がってひと息つくと、ロメインは「Perfect! I'm happy!」と大喜び。そして「先ほどのV級ではテンションをかけたのに、今のVI bでは問題なかっただろう?これがシャモニー・グレードなんだ」といまひとつよくわからない講釈を行ってくれました。

続く7ピッチ目もトポでは引き続き「VI b」ですが、これは明らかにV級程度。花崗岩って、素晴らしい!

8ピッチ目ははっきりしたクラックに導かれてひたすら上を目指すピッチ。ロメインは、スポンサーになっているBlack Diamondへのアピール用に写真をたくさん撮ってくれと要求してから、すいすいと上部へ消えていきました。

9ピッチ目、いよいよ最上部が近づいてきました。傾斜も緩み、薄いリッジの左側を辿る易しいピッチかと思われましたが、ワンポイント奮闘系のパート(V)あり。

そしていよいよ最終ピッチ。なんということもないリッジ登りで、ポワント・ラシュナルの頂稜の一角に達しました。

終了点からの360度の眺めは空の青と雪の白、岩の赤のトリコロールが美しく、いつまでもここにこうしていたいという気持ちにさせられます。

ひとしきり展望を楽しんだら、懸垂下降を開始します。同ルート下降ではなく、上から見て右から左へと回り込むように下っていくことになるために、ひたすら斜め懸垂の繰り返しです。

下っていくうちに、我々のかなり後から「コンタミヌ・ルート」に取り付いた後続パーティーが2組、3-4ピッチ目あたりに散らばっている横を通過しました。

雪原に戻るところは再びクレバス越えが核心部になるかと思われましたが、ロープの流れの関係で左の方に振られてみるとちょうどよく雪が岩壁についているところがあり、難を逃れることができました。ただし、雪の上に立ったところでロープを下降器から外そうとしたところ、ロメインから強い注意を受けました。ここは氷河の上で、どこにクレバスが隠れているかわからない。だからロープに確保されていないフリーの状態を一瞬たりとも作ってはいけない。確かに、ロメインも懸垂下降してきたロープをまだ下降器につけたままですし、そのロープを回収するときは先に自分と私とを結んでからロープを引いていました。

しかし、登攀は終わりましたが山行としては終わりではありません。これからミディの展望台への長い登り返しが待っています。

後続パーティーが「VI b」のスラブを登っているのを横目で見ながら、朝方以上に状態が悪くなっているクレバス帯を右往左往しつつクリア。そしてロメインがぐいぐいと引いてくれるロープに半ば身を委ねながら、ミディの展望台への最後の登りをヘロヘロになりつつこなしました。痛みを訴えつつも最後までもってくれた自分の膝を褒めてやりたい。

下りのロープウェイを待つ間、ロメインは「これならグラン・キャピュサンも登れるだろう。ただしグラン・キャピュサンはもっと傾斜がきついしもっと長いので、そのつもりで」と言ってくれました。ありがとう、ロメイン。