塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

エギュイ・デュ・ペイニュ パピヨン稜

2019/08/06

朝6時前にロメインからメッセンジャーで送られてきたメッセージはOk it's good !。パピヨン稜、決行です。2日前のエギュイ・クルーで傷めた右膝が気になりますが、可動域は問題なさそう。

6時すぎにミディ展望台行きのロープウェイ駅でロメインと待ち合わせ、6時半発の始発に乗りました。さすがにこの時間では周囲はクライマーばかりかと思いきや、日中の行列を回避するためにこの時刻から展望台に上がる一般観光客の姿もちらほら。

プラン・ドゥ・レギュイ駅を出て前方に見える黒く尖った山は、エギュイ・デュ・ペイニュがその後方にあるエギュイ・デュ・ペルランを隠したもの。目指すパピヨン稜はそのペイニュに対して右側からせり上がっていく黒々とした岩稜で、取付までの間は岩がちの緩やかな尾根状を踏み跡を頼りにどんどん進んでゆくことになります。

1948年に初登されたパピヨン稜は標高差200mで、最初に高度を上げたら、水平に近い緩やかな傾斜のリッジ上に点在する四つのタワー(Tour)を辿って上り下りしながらペイニュ本峰に近づいていくという性格のルートです。アプローチの尾根が岩がちになったところ(トポでは「I-II」)でロメインは私をロープで結び、そのままこちらの呼吸が追いつかないほどの速さですたすたと歩き続けましたが、トポで言うところの「4c」のピッチの手前でようやく足を止め、登攀装備を身に着けるよう指示しました。

1ピッチ目は大きなクラックが特徴的で、大胆に身体を岩に挟み込みながら登るピッチ。4cと言ってもちょっと辛口な印象を受けました。

このルートはクラシックなだけに残置支点が整備されている状態ではなく、ロメインも適当にロープを伸ばしてはそこにある岩にスリングを回したりカムを使って支点を構築していたので、必ずしもトポに書かれた通りにピッチが切られていたわけでもなさそうです。

2ピッチ目も引き続き岩稜の弱点を突きながらどんどん登っていきます。

その途中につるっとした壁があり、フィンガーサイズのクラックを使ってここをフリーで越えれば5cということになっていますが、残置スリングを掴んでA0とすることも可能。先ほどからロメインは後続パーティーのことを気にして飛ばしていたので、ここはフリーにこだわらずにスリングの助けを受けました。これを登りきったところが第1のタワーですが、なんと言うこともなく通過して前方の鞍部へと下っていきます。

第2のタワーは途中でピッチを切り、そこからさらに上へ。

トポを見るとこのタワーを左へ巻いているのですが、ロメインは真っすぐ上へとロープを伸ばしました。

4ピッチ目で第2のタワーの上へ抜け出たら、またまた細いリッジ上の鞍部を渡ります。だんだん、岩のサイズが一つ一つ大きくなってきました。

5ピッチ目、4b程度の易しいピッチ。こういうのが続いてくれるといいんだが……と既に弱気モード。

もちろんそういうわけにはいかず、第3のタワーに向かって登っていったロメインを追って6ピッチ目(4c)をこなすと、ロメインは「郵便箱」と呼ばれている狭い穴の中に設けられた残置支点でビレイをしていました。ここからの1ピッチがルート全体の核心部となります。

7ピッチ目、ここからの最初の2歩ほどがフットホールドが細かく(5c/6a)、せめてチョークバッグが欲しい……と思いながらここを慎重にこなして右上にトラバースすると、垂直の凹角に入ります。

ロメイン曰く「ここは簡単だが腕力が必要」なパートで、確かにホールドは豊富ですが、上手に足を壁に当てて態勢を安定させながら登らないとどんどん腕の力が吸い取られそう。トポには「5b」とありますが、とてもそんな低いグレードとは思えません。それでもどうにかノーテンでずり上がり、右側の薄い「葉状の岩」を掴んだら後はIII級程度になりました。

第3のタワーのてっぺんに着いたところで、水を補給するための小休止。ロメインはミディの北壁を見やりながら「20年前はあの壁のあらゆるルートをクランポンをつけて登ったものだ。それが今ではあんなに灰色」と地球温暖化をひとしきり嘆いていました。

気を取り直してタワーから下り気味に岩稜を渡り、9ピッチ目で第4のタワーへ向かいます(5b)。

これが第4のタワーのてっぺんです。前方に聳える尖った山がペイニュで、その右の岩峰が3068ジャンダルム、左のペンシル状が3009ジャンダルムです。

10ピッチ目、第4のタワーからまたしても下り。下降の場面ではロメインが後ろから私を確保するので、こうして振り返った構図で、高度感抜群の薄いリッジを大胆に渡っていくこの岩稜の醍醐味を象徴する1枚を撮影することができました。

すると右下のクーロアールを登ってくる3人組の姿が目に入りました。ここはエギュイ・デュ・ペイニュへの一般ルート(登攀要素が比較的少ない登路)になっているそうです。

11ピッチ目(まだあるのか!)、III級程度の岩稜を豊富なホールドに導かれて渡り……。

続きの12ピッチ目をほいほいと下っていくと、はっきりした鞍部(notch)に到着しました。これでパピヨン稜は終了、クライミングシューズを脱いでアプローチシューズに履き替えます。

鞍部の先には階段状の登路がお誂え向きのようについており、これを見た私が「まるで『天国への階段』のようだ」と形容したところ、ロメインは「これがペイニュへのノーマル・ルートだ。時間が足りないから山頂までは行けないが、途中のピークまで行ってみるか?」と水を向けてきました。

確かにそこから先は歩きの部分が多いので、アプローチシューズがしっくりきます。ちなみに今回はスポルティバのTX4を履いてきましたが、かさばらず軽量な上に花崗岩への相性が抜群です。

先ほどの「天国への階段」を登りきったらペイニュ本峰の前を右に回り込むようにして高さを上げ、最後に鞍部から右手のピークへ上がったところが3068ジャンダルム。パピヨン稜の終了点から40分の行程でした。

3068mジャンダルムからの眺め。間近のピークがペイニュ、その右の高いピークがペルランです。それにしても、昔のシャモニーの岳人たちは貧弱な装備でよくこんなところにルートを開拓したものだと畏敬の念を覚えます。

しばしの展望を楽しんだら、元来た道を戻ります。

パピヨン稜の終了点からは、クーロアールに向かってラペリングと歩きを交えつつ下降します。

このクーロアールも、年により時期によって雪が残っていると下降が厄介なことになる模様。しかし今年の猛暑のおかげでかけらも雪は残っていませんでした。

最後はかすかに残った雪渓の上をへっぴり腰で下って、ようやく安全地帯に降り立つことができました。

シャモニーで名の通ったクラシックルートの一つを登ることができ、まずは満足。膝も天気もどうにかもってくれてラッキーでした。

ロープウェイ駅近くの行きつけの店「金龍」でピザとサラダとビールとで打上げとし、その後ホテルに戻って身体を休めていたら、夕方から激しい雷雨がシャモニーの谷を襲いました。