塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

エギュイ・ド・ラ・グリエール「シャペル・ド・ラ・グリエール」

2016/07/01

シャモニーのクライミングの魅力は、谷をはさんで南東側のモン・ブラン山群の雪と岩のアルパインクライミングと、北西側のエギュイ・ルージュでの乾いた岩のマルチピッチの両方が楽しめることです。この旅のシャモニーでの初日でプチ・ヴェルトからフリゾン・ロッシュへ転進したのもまさにそうした二つの魅力の同居を端的に示したエピソードですが、今回の旅行ではエギュイ・ルージュはフリゾン・ロッシュ以外登れていませんから、最後にシャペル・ド・ラ・グリエールChapelle de la Glièreを登るのは旅の締めくくりとしてふさわしいことなのかもしれません。そのシャペル・ド・ラ・グリエールは、赤い針峰群のピークの一つであるエギュイ・ド・ラ・グリエール(2852m)の南の肩近くにある小さな岩塔シャペル(教会)に付属した鐘楼(クロシェ)を終了点とする長い岩稜のコースで、ノーマルルートで13ピッチにも及びます。トポの解説によれば初登は1964年でClassic, aesthetic, long, with a mythical passage: the razor-edgeとのこと。レビュファの『モン・ブラン山群―特選100コース』でも四番目に取り上げられているクラシックルートです。

ホテルの裏手のバス停シャモニー・センターでロメインの車にピックアップしてもらい、ロメインの幼子を幼稚園(?)に送ってからレ・プラのロープウェイ駅へ。ランデックスやグリエールを見上げると、雲の動きから風が強そうであることがわかります。

フレジェールから対岸のモン・ブラン山群を眺めつつ乗り継ぎのチェアリフトが動き出すのを待つ間に、ロメインにグレポンとドリュの登山の可能性を聞いてみました。グレポン(3502m)登攀は、それだけを目指すならプラン・ドゥ・レギュイからの往復になりますが、かつてつながっていた下部の雪が温暖化の影響で切れてしまい難しくなっているとのこと。しかしここは、山屋の志向としてはミディからプランを越えてのシャモニー針峰群縦走の終点として訪れたいところです。一方のドリュは、もちろん登ることは可能だが2泊3日が必要。しかも中日の小屋から登頂して小屋に戻るまでの行動は相当のスピードを要求されるそうです。

チェアリフトに乗ってフレジェールからランデックスに向かいましたが、今まで見たことがないほどの残雪に驚きました。やはり6月下旬から7月初旬というのは、アプローチのことを考えるとクライミングには少し早過ぎるようです。

ランデックスの駅から左手へ、グリエールの裾を回るようにトラバース。がらがらの岩屑が乗った斜面は意外にもあまり歩かれていないようでした。

ところによってはこうした雪の斜面のトラバースもあり、危ないと思われるところはロメインがアックスを貸してくれました。

30分ほどかけて到着したここが取付になります。先を急ぎたいロメインは右上に伸びるクーロアールを登りたかったようですが、雪に覆われているためにこちらは断念。

よって目の前の乾いた凹角から登ることになりました。見た目は階段状のこの凹角もフォローしてみると意外に傾斜が立っており、決して簡単ではありません。しかし岩は堅くフリクションもよく利き、すこぶる快適です。

凹角内を1ピッチ登った後に、2ピッチ目は右側のフェースを右上。

3ピッチ目でギャップに達し、ここで先行パーティーを追い越したロメインはさらに飛ばします。

振り返れば早くもこの高度感。しかし、これはまだ序の口です。

このつるりとした強傾斜のディエードルは、ルート中のハイライトとなりました。細いクラックに指先をねじ込み、左右の壁の微妙な凹凸にフットホールドを求めてじわじわと高さを稼いでいくクライミングですが、アルパイングレードのV級というのが適正なグレードでしょう。

歩いて渡るリッジを過ぎる頃には、頭上に岩峰が次々に聳え立つようになってきました。

振り返れば後続パーティーの姿はもはや見当たらず、ロメインと私とのコールのやりとりだけが山にこだまします。

このつるんとしたスラブもちょっとしたアクセント。二つのクラックを使って快適に乗り越せます。

そしてここが噂のrazor-edgeです。

なるほどこれはカミソリのよう。ただし技術的には簡単。

刃の部分に穴を開けて確保用のスリングをセットするという発想はなかなか出てきません。

カミソリリッジを過ぎれば、ゴールまで残り3分の1といったところ。

ピンクの花にも癒されながらどんどん登高を続けていくうちに、南ショルダーを右から巻き越しました。

すると前方でアイベックスが我々を迎えてくれました。こんな高いところにアイベックスが上がってきているとは驚きです。

いよいよシャペルの登場。リッジの途中の岩の突起がそれで、まずは易しい(IV級程度)岩壁を登ると、ナイフエッジの向こう側に鋭い突起が現れます。これが鐘楼(クロシェ)です。

シャペルの屋根の上もカミソリリッジを連想させる形をしていますが、手足共に悩む場所はなく、すぐに鐘楼の真下に立つことができました。

一見すると厳しそうですが、右から回り込むように登れば不思議なほどにホールドが用意されていて、何の問題もなくその頂上に立つことができました。

クロシェの上からはランデックス方面が一望。尾根の途中の岩塔という不可思議な終了点ではありますが、展望の良さは抜群です。何ピッチにもわたるクライミングの果てに得られたこの景観に、心の底からじんわりと喜びを感じました。

クロシェのてっぺんからロワーダウンで下って、振り返り見れば……。

クロシェの研ぎ澄まされたピークが空に突き刺さっているようです。

シューズを履き替えて行動食をとってから、下降はこちらのトラバース。

振り返りみれば、シャペルとクロシェの組み合わせが実に特徴的です。たとえピークに達しない中途半端なルートであっても、この形状に固有の価値を見出したシャモニーのガイドたちのセンスの良さは認めないわけにはいきません。

トラバース道は岩と脆いザレ、そして残雪がミックスしたもので、ここを初見で辿ることは難しかったでしょう。シャペル・ド・ラ・グリエールのルート自体はおそらくセキネくんと私の組合せでも問題なく登ることができたでしょうが、下界への帰還までがルートの一部であると考えるなら、ここはガイドの力を借りなければ困難に直面することになったに違いありません。バンドを渡り、雪のガリーを横断し、1時間弱の時間をかけてランデックスの上手に達すると、後は土地勘のある下降路です。

ランデックス駅からチェアリフトで下る途中、振り返るとシャペルを見ることができました。この眺めはもちろん登りのときにも見ているはずですが、あの頂きに立った後にこうして見上げるのはまた格別の気分です。そしてシャペル・ド・ラ・グリエールは、次には自力で登ってみたいと思わせるフレンドリーで楽しいルートでした。ここをセレクトしガイドしてくれたロメイン、ありがとう。もし来年もシャモニーに来ることができたなら、またガイドをお願いします。


▲シャペル・ド・ラ・グリエールの終了点
▲この日の行程。