塾長の渡航記録

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私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

エギュイ・デュ・ミディ南壁「レビュファ・ルート」

2016/06/29

エギュイ・デュ・ミディ南壁のレビュファ・ルートVoie Rébuffatは、エプロンのレビュファ・ルートと同じく1956年にレビュファによって初登(こちらも人工登攀混じり)されており、そのときのパートナーであるモーリス・バケと共にこのルートを登る様子は映画『天と地の間に』で見ることができます。赤茶けた花崗岩の一枚岩をどこまでも高く登り続けるこのルートは初めてシャモニーを訪れたとき以来の憧れで、今回の旅の眼目もガイド山行ながらこれを登ることにありました。

始発のロープウェイに乗ろうと7時前に駅に着いてロメインと合流しましたが、何かのトラブルがあったらしく、待てど暮らせどゲートは閉じたままでロープウェイは動き出しません。電光掲示板に表示される予想運行開始時刻も30分刻みで伸びていって、とうとう1時間半遅れとなってしまいました。ロメインは少々イライラしている雰囲気でしたが、私は東洋人なので座って目を閉じじっと待機。その様子を怪訝そうに覗き込むロメインに「瞑想(meditation)」だと説明すると、妙に納得されました。

やっと動き出した一番ロープウェイに乗ってプラン・ドゥ・レギュイに上がれば、今日は最初からきれいな快晴です。ミディ展望台に上がったら脇目も振らずテラスに出て、最速で準備を済ませて下降開始。ロメインとしてはとにかく1番手でミディ南壁に取り付きたいようで、緩傾斜になったら走るように飛ばして取付を目指しました。

そんなスピードだったので南壁の写真を撮る暇もありませんでしたが、こちらは一昨日のエプロン登攀に向かう途中で撮影したエギュイ・デュ・ミディ南壁です。ルートはこの壁の右下から左上に向かって斜めに上がり、最後に右に回り込んでピークを踏むラインになっています。

ロメインのもくろみ通り、少なくともこの日の始発ロープウェイで上がった中では一番乗りとなりました。コスミク小屋に泊まっていたり雪原にテントを張っている者もいるので本当に先頭に立ったかどうかは不明ですが、見上げる壁には人の姿は見当たりません。

右手の取付はおそらく本来はコンタミヌ・ルートVoie Contamineのスタート地点ですが、こちらからレビュファ・ルートの特徴の一つである顕著なハングの下に出るのが普通であるようです。ここで登山靴を脱いでリュックサックの中に収め、クライミングシューズに履き替えていよいよ離陸。出だしから足は微細な凹凸を拾ってのフリクション頼みの登りとなり、これはなかなか厳しいぞと思ったのですが、細い水平バンドからハング下の広い外傾バンドに1段上がるところ(5c+)が完全にフリクション登りとなり泣きを入れました。ロメインは盛んに「シューズを信じて登ってこい」と言うのですが、ランナーの位置の関係で振られ落ちが怖い私はどうしても踏ん切りがつかず、水平バンドの先端まで進んでからほとんど引きずり上げられるようにしてロメインのビレイ位置まで上がりました。出だしからこんな状態では先が思いやられる……と思ったのはロメインも同じだったようで「この先の方がグレードは高いんだぜ。ここは花崗岩だから足の裏をべったりつければ絶対止まるんだ」と即席の花崗岩登攀講座を開いてくれました。

グレードが高いという「この先」とは2ピッチ目、ハングの左に広がるスラブの中をくねくねと走るS字クラック(6a)でした。出だしこそバンド状で歩けるものの、角度が変わってルートが立ち始めるとクラックも細くなってきます。

しかし、ここはクラックの左右の壁にホールドを求めるのが正解で、落ち着いて探せば指先を掛けられるカチや足を置ける凹凸が見つかり、先ほどのロメインのアドバイスもあって落ち着いて登ることができました。

続いて3ピッチ目は、フレークを使っていったん右上してから左へ1手、微妙に届かない距離を覚悟を決めて「よいしょ!」とガバに飛びつき(6a)、そこから左上にクラックを辿る(5c)ライン。届きそうで届かないところが面白くもありスリリングでもあり。

4ピッチ目(5b)は、バンドを下降気味にじわじわと左へ渡ってから凹角を登ります。この辺りでコンタミヌルートを登るクライマーや、レビュファ・ルートの後続パーティーの姿が視界に入り始めました。

クラックに沿って左上する5ピッチ目(5c)はレイバックを多用して強引に登りましたが、クラックに慣れていればもっと省力的な登り方ができたのかもしれません。

6ピッチ目は、テラスから少し登ってから水平の細いバンドに手をかけ足は壁にスメアリングで数m右へトラバースした後に、顕著なチムニーの中をバックアンドフットでずり上がりました。このとき、上から懸垂下降で降りてきていた男女ペアがテラスを共用していて、4cというグレードの割に奮闘的なチムニー登りをしている私に向かって「Allez!!」と盛んに声を掛けてくれていましたが、おそらく彼らはミディの上から懸垂下降を繰り返して取付に降りてから登り返すのだと思われます(そのやり方なら雪山装備が一切不要)。

7ピッチ目、安定したバンドを左にトラバースしてからクラックの走るフェースを登り、雪が詰まった凹角を横断するピッチ。既に一昨日登ったエプロンの高さを超えていることがわかります。

この辺りになってくると、5bや5cでは驚かなくなってきました。この日のわずか数ピッチのうちに、自分のクライミング能力が花崗岩の岩塔に引かれたこのルートにどんどん順応していっているのが感じられ、我ながら感心してしまいます。

8ピッチ目は雪のクーロアールの中を歩くことを避けて右のリッジを登り、上部で雪の上を横断してテラスへ。

そして最終ピッチ(6b)はこのルートの核心部です。つるりとした急な岩壁のかすかな凹凸を拾って登るピッチは純粋なフリークライミング能力の有無をクライマーに問うところで、さすがにロメインはきっちりフリーで抜けていきましたが、私のためにA0用のスリングを垂らしていってくれていました。

真横から見ると壁の角度はこんな感じ。途中にはそれなりに使えるカチホールドもありますが、出だしの数手が相当に厳しく、ここは遠慮なくクイックドローとスリングを掴むことにしました。

南峰のピーク(3800m)に抜けると眼下に展望台のテラスがあって、観光客がこちらを指差して驚いたような表情をしているのが目に入りました。

ロワーダウンで降ろしてもらい、テラスでクライミングシューズを脱いで登攀終了です。いやあ、楽しかった!自力で登るには自分の力量が不足していることをはっきりと感じましたが、それでもあの美しい壁を登りきったことに満足しました。ロメイン、ありがとう。登攀開始が9時すぎで、テラスに着いたのが12時40分でしたから、およそ3時間半のクライミング。コースタイム「3-5hr」からすれば、まあまあ速い方だったでしょう。

さてこの後、帰りのロープウェイの中からロメインはパピヨン稜をじっと観察していましたが、下降路となるクーロアールに付いた雪がどうにも気になる様子です。下界でいったん別れて、夕方に改めてガイドオフィスで落ち合って打合せをしたのですが、もう1日かけてロメインがガイド仲間から情報収集をして明日の夕方に最終決定することになりました。こちらの方はなかなかすんなりとはいかないようです。

▲この日の行程。