出発

2015/07/31-08/01

前夜、いかにもJAPANな少女に見送られてトルコ航空機に搭乗。今回は旅の手配をすべて現場監督氏がやってくれたので、私はただついていくだけと気楽な旅です。

飛び立つ前は、泣き声が止まらない赤ちゃんや妙にハイになっている3歳くらいの女児の甲高い声が機内にこだましてどうなることかと思いましたが、飛び立ってしまえばどちらも疲れたらしくおとなしくなってくれて、こちらはゆっくり映画『ゴジラ』を鑑賞することができました。あの名高い第1作ではなく米国製作で渡辺謙が出演した最新作ですが、テンポよく見せ場が続き、ゴジラはちゃんとゴジラになっているし相手の怪獣の造形も迫力あり。そこはアメリカ映画なので主人公(軍の爆弾処理のエキスパート)の家族愛も見せますが、かといってハリウッドお決まりの家族第一主義に堕することもなくしっかり任務を果たそうとしていて共感できます。劇場公開時に見たいと思っていたものの見逃した作品でしたが、これはかなりいい出来でした。

やがて飛行機は高度を下げて黒海の上を飛び、オレンジの柔らかい光が網の目のように広がるイスタンブールの沖を滑空して、アタチュルク国際空港に着陸しました。ここで約4時間の乗継ぎ待ちとなったものの、乗継便のゲートがまだ表示されていなかったので座るところを探したのですが、明るく賑やかなショッピングスペースには座るところがありません。仕方なく適当なゲートに移動して座る場所をどうにか確保しましたが、周囲を見れば我々と同じように時間潰しをしている乗客たちがソファや床の上に思い思いに寝そべっていて、その姿はイスタンブールの怪しげな路地裏に入ったような趣きがありました。

フライトまでの間、現場監督氏と交代で空港内を探検してみました。せっかくトルコなのだからフードコートに行けばケバブがあるかと思えば意外にも寿司コーナーがあってちょっとがっかりしましたが、その代わりターキッシュ・ディライトが山ほど売られているのを見つけて少し興奮しました。これはC.S.ルイスの『ナルニア国物語』で魔女がエドマンドを籠絡するのに使ったお菓子で、瀬田貞二訳では「プリン」とされていたものです。

イスタンブールからさらに4時間ほどでジュネーヴの空港に到着し、ここからシャモニーまでは昨年と同じAlpyBusを使います。どんより曇った空の下、渋滞とは無縁そうな快適な道をぐんぐん走ってシャモニーに入り、途中で何人かの客を降ろした後に、我々は観光案内所の近くで降ろされました。ちょうど雨が降り始めたところでしたが、自分でも驚くくらい町の地理を完璧に覚えていて、目指すホテル=「La Croix Blanche」にすぐに辿り着くことができました。

ここはシャモニー市街のほぼど真ん中で、昨年もよく足を運んだSUPER Uへ徒歩30秒という便利な場所。入口のドアノブは鹿の角でできている由緒ありげなホテルです。ただ、あいにくチェックインが始まる15時までまだ3時間も早い時刻に着いてしまったので、とりあえず荷物を預かってもらって町を歩くことにしました。

この日のうちにしておきたいことは、保険目当てでフランス山岳会の会員になること(私は更新、現場監督氏は新規)とロープウェイ等のマルチパスを購入することですが、最初に足を運んだフランス山岳会のオフィスは昼休みで、16時にならないと開かないとのこと。それならチェックインしてから出直すことにしようと決めて、本降りになってきた雨の中を次に向かった先はスネルスポーツの向かいの書店です。ここでトポ集のコーナーを覗いてみると昨年はなかったトポ集の本が何種類かあり、私は昨年買った『Mountaineering in the Mont Blanc Range』の姉妹本である『Selected Climbs: Mont Blanc & The Aiguilles Rouges』を購入し、現場監督氏はこれら2冊を足し合わせた上に極めてルートが分かりやすい写真を多数掲載した分厚い『Mont Blanc classic & plaisir』を買い求めました。

続いてスネルスポーツに入って、品揃えと価格をあれやこれやと見て回りました。さすがに豊富な品揃えではありますが、売られているブランドはおおむね日本の登山用品店と変わりなく、しかも物によっては割高感があります。ただ、さすがにクライミングシューズは関税がかかっていない分かなり安く、物とサイズが合うなら買ってもいいかなと思わせるものがありましたが、なぜかミウラ(レースアップ)がない上に、サイズもでかいものばかり。「46」って、どんな大足の人が履くんでしょうか?

こうしてスネルスポーツでの雨宿り……ではなくて買い物の下見が終わったところでホテルに戻り、今度こそチェックインしました。現場監督氏と2週間を共に過ごすことになるツインルームは、いかにも古めかしい作りで床は歩けばギシギシ。しかし、狭いバルコニーからは表通りが見下ろせて古き良きシャモニーの風情が伝わってきます。

部屋の棚に荷物の中身を収納して落ち着いたところで再び外出し、まずミディのロープウェイ駅で翌日から(昨年は窓口によって「当日からでなければダメだ」と言われたのですが、今回は問題なし)6日間有効のマルチパスを€123で購入して、続いてフランス山岳会のオフィスに向かいました。今年も昨年と同じ綺麗なお姉さんが受付に座っていて、先客2人の相手をしながら合間を縫って我々の用件も聞いてくれたのですが、お姉さんがコンピュータを操作して打ち出してきた説明書に書かれた値段は€182!昨年の2倍近くです。なんで?と愕然としたものの、お姉さんに聞いてみると外国人オプション€87が乗ってこのお値段とのことで、思わぬ出費となってしまいました(が、実は後で調べたところ、この€87は外国人オプションではなくヨーロッパ以外での活動でも保険の対象になるWorldwide extensionだった模様。それなら不要だったのに……)。クレジットカードのキャッシング設定を忘れていてユーロの現金を手に入れることができない現場監督氏は「カードで払えますか?」とお姉さんに聞いてみたものの、お姉さんはにっこり笑って「現金だけ」とにべもないお返事。このため私が慌てて近所のキャッシングコーナーへ走る一幕もありました。

最後にSUPER Uでこの日の夕食、翌日の朝食、そして行動食を買い込み、部屋に戻って翌日のルートを確認しながら食事を済ませる頃にはあまりにも盛りだくさんだった一日の疲れがどっと出て、抗う術もなく睡魔に身を委ねることになりました。