ウブド

2003/12/29

今日は一日フリーの日。ゆっくり起きてゆっくり朝食をとり、ホテルから1時間ごとに出ているウブド中心部へのシャトルバスに乗りました。バスは起伏の多い道を走ってサレン・アグン宮殿の目の前に停車。ここ数年でバリ島三回目のFさんは勝手をよく知っていて、まずは道を渡ったすぐのところにあるチケット売場で今夜のケチャダンスを予約し、それからすぐ近くの市場の中庭に入りました。市場には各種の食材、雑貨、土産物などがたくさん売られていて、こちらは民俗芸能っぽい仮面などにすぐに目がいきますが、Fさんは自宅の猫用グッズを収納するための目のつんだ籐の編み籠を探していて、早速2〜3軒はしごしてめぼしい物件を見つけ、店員と交渉に入っていました。う〜む、実に精力的だ。

買い物終了後は、てくてく歩いてウブドの西北にあるネカ美術館へ向かうことにしました。きれいに鋪装された道はまっすぐ西へ向かって高度を下げ橋を渡ります。橋の上から見るとずいぶん深い谷底に川が流れており、そこで水浴びをしている地元の若者が白い歯を見せてこちらに手を振ってくれました。後に気づくことになりますが、ウブド周辺を流れる川はどこもそこだけがぐっとえぐれて深くなっています。これは熱帯の水量のせいなのか、それとも土質のせいなのでしょうか。それはともかく、橋を渡ったあたりから道はぐっと右に曲がって北を目指します。道すがらにもたくさんのホテルやレストラン、スパが並んでいかにも観光地らしい佇まいですが、じっとりと暑い中を20分程も歩いてさすがに疲れてきた頃に、ようやくネカ美術館に到着しました。

ネカ美術館はバリ絵画のコレクターであるステジャ・ネカ氏が1976年に創設した美術館で、展示館は全部で六つ。伝統的なバリ絵画の様式の変遷を示す展示館やバリ島在住のオランダ人アリー・スミットの作品を集めた展示館、現代インドネシア絵画を集めた展示館などが中庭の休憩所を取り囲むように配置されています。バリ絵画の伝統的なスタイルはカマサン・スタイル(ワヤン・スタイル)で、ネカ美術館では第一展示館の最初の部屋で見ることができます。赤・青・茶・白・黒の五色のみを使い平面的な構図で、この部屋では「マハーバーラタ」のバラタユダの戦いのクライマックスで四方八方から矢を射かけられる戦士の姿を描いた「アビマンユの死」が迫力満点です。ついで1930年頃から西洋絵画の影響を受けて遠近法や光の陰影を用い、日常生活の光景や踊り子の姿などをとりあげるウブド・スタイルが生まれ、さらに同時期に暗い色彩、多遠近法、画面を様々なモチーフで埋め尽くすバトゥアン・スタイルも生まれています。第一展示館ではこうしたスタイルのそれぞれに一室が与えられており、体系的な鑑賞を助けていました。また、第三展示館ではアメリカ人ロバート・コークが撮影した1930〜40年代の興味深いモノクロ写真が展示されていて、当時のバリ島の舞踊や儀式の模様がわかります。

美術館を出れば、そろそろ昼食の時間。ウブドの中心部まで戻ろうと思いましたが、もう歩いていくのは面倒なのでタクシーを頼むことにしました。こういう観光名所ではどこでもタクシーの運転手が道にたむろしていて、こちらから聞かなくても向こうから「TAXI?」と声を掛けてくるので便利です。ただし、相場の10倍以上にふっかけてくることもあるので注意が必要。我々に声を掛けてきた運転手も最初はここからウブド中心部まで「一人3万ルピア」と言ってきたので「ふざけんな!」と交渉して「二人で2万ルピア」と適正価格(?)に下げさせました。インドネシアは産油国なので、ガソリン代はとても安いのです。

Fさんのお勧めで入ったのはカフェ・ロータス。敷地の中に広い蓮池があって、その奥にはバリ風の寺院が建っていました。客席はこの蓮池に面してしつらえられており、ゆったりした雰囲気の中で食事ができます。いろいろな国の客が思い思いに食事を楽しんでいる中、我々も案内されたテーブルに落ち着いて、ビンタンビールとナシ・チャンプル、ミー・ゴレンを注文しました。

食事をしながらガイドブックで次の行き先を物色した結果、再び西の方へ歩いて行って道が北へと向きを変える手前にあるグヌン・ルバ寺院を覗いてみることにしました。ガイドブックによれば、この寺院があるところはウブド発祥の地で、8世紀にジャワ島の高僧がアグン山へ詣でるため数百人の信徒を連れて旅を続けている途中、この渓谷に魅了されて寺院を建てたところだとのこと。「ウブド」の地名は、この渓谷が薬草(ウバド)の宝庫であったからだとか。

再び暑い道を歩いて、地図で検討をつけて右の路地に入り、そこにいたお巡りさん(?)に「グヌン・ルバ寺院はどこ?」と尋ねるとすぐ左手の坂を指差して「この道を下ったところだ」と親切に教えてくれました。そこから階段をぐんぐん下ると渓谷のひんやりした空気の中にバンヤンの巨木があって、石の橋を渡ったところに小さな寺院がひっそりと建っていました。

割れ門を抜けて入った寺院の中には、小振りなお堂や多重の塔(メル)がいくつも並んでおり、市街地の喧噪から隔絶された雰囲気で実に神秘的です。私もFさんも、ここがすっかり気に入ってしまいました。

グヌン・ルバ寺院で静かなひとときを過ごした後、再びウブド中心部に戻ります。歩いているといやでも目につくのが、それぞれの家や店の前に置かれている供え物(スサジェン)。バナナの葉を四角に編んで花を入れたものが目立ちますが、二日後にガイドのグン氏に聞いたところでは、各家庭には祠のようなもの(これをグン氏は「お寺」と呼んでいたのでこちらはしばらく混乱してしまいました)があり、神様と先祖のためには祠に、悪霊を鎮めるためには家の前の地面に供え物を置くのだそうです。

ホテル行きのシャトルバスの発着所に着いてみると、出発時刻までまだ少し間があったので、サレン・アグン宮殿の中を駆け足で覗いてみることにしました。

この宮殿は16世紀にウブドの王朝が建てたもので、赤レンガの大きな門の横から中に入ると、敷地内には壁のない平屋の建物がいくつか並んでおり、いずれにも豪華な装飾が施されていました。

それぞれの建物には異なる用途があるらしく、ある建物には会議用のテーブルと椅子がしつらえられ、また別の建物にはバロンが鎮座している、といった具合でバリエーションに富んでいます。ここは今も王家の人が暮らしているそうで、実は朝最初に市場に行く前にも覗いてみたのですが、そのときは中で舞踊の練習をしている人たちがいて門の向こうは「関係者以外立入禁止」になっていたのでした。

いったんホテルに戻り、部屋に届けられていた盛り合わせのフルーツで軽い夕食。その後、暗くなってからあらかじめ手配してあったタクシーの運転手とホテルの前で待ち合わせて、ウブド中心部のちょっと西寄りにある舞踊会場へ向かいました。会場は屋外で、雨で濡れた簡易椅子を拭きながら座ると、売り子のおばさんがコーラなどを売りにきました。森の中から大とかげの「ゲッコ〜」という鳴き声も聞こえる中、割れ門の向こうには踊り手たちがうろうろしているのが見えるおおらかな雰囲気で、やがて会場の中央に立つ複雑な形状のオブジェのあちこちに火がつけられると、踊り手たちがわらわらと登場してケチャダンスが始まりました。以前見たときははっきりそれとはわかりませんでしたのですが、今日見るケチャダンスはラーマーヤナのストーリーを忠実に再現しているようで、ラーマやシータが美しい衣裳を身に付けて現われ、踊り手たちの手と口によるリズムの中で踊っています。ところが、開始後30分程たったところで雨が降ってきてしまい、ダンスはいったん中断。すぐ横の屋根のある会場に場所を移して続きが進められました。やがて登場した猿のハヌマンは客席のすぐ近くをぐるりと回って観客の子供達にちょっかいを出し子供達は大喜び。最後は魔王ラーヴァナが倒されるところで終わりです。

ケチャダンスが終わった後に、会場の真ん中に椰子の実の殻がうずたかく集められ、油がそそがれて火がつけられると、馬の姿を模した衣裳を身にまとった男性が現われて、素足のまま燃え尽きた燠を蹴散らし始めました(サンヒャン・ジャラン)。

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燠になった椰子の実は派手に火花を散らしながらころころと客の足元まで転がりそのたびに客席から悲鳴があがりましたが、うまい具合に客のわずかに手前で止まるように力がセーブされており、箒をもった別の男性がすぐに中央へ掃き戻してしまうので大丈夫。そうやって火花のショーが10分程も続いて椰子の実が燃え尽きると、会場は明るくなり、脱力し座り込んだ火消し役の男性に聖水がふりかけられて正気に返りました。火消しの男性は素足で、足は黒く煤けていますが不思議に火傷はしていない模様です。それでも、大迫力のパフォーマンスに次々に客が彼のもとへ歩み寄って紙幣を置いて行きました。

ウブド観光の一日は、こうして終わりました。明日はいよいよプランバナン、そしてボロブドゥールです。