発音

私が参加している業界横断のある研究会では、「環境会計」にならって「情報セキュリティ会計」なるものをモデル化できないかという検討をしています。CSR(Corporate Social Responsibility)の一環とされる環境会計の概念を企業内情報資産のCIA維持が主目的である情報セキュリティの世界にそのまま持ち込めるかどうかは議論の余地がありそうですが、それはともかく、これは先日その会合で公認会計士の方を呼んで企業会計の仕組みと動向について勉強会を行ったときの話。会計士の方は見目麗しい女性で、とてもよくまとまった資料をもとに主として会計の知識がない人向けの講義をして下さったのですが、正直に言えば職掌がら私には既知のことばかり。そんなわけで、企業の資金調達手段が間接金融中心から直接金融重視に向かうとともに国際会計基準との整合性が云々……といったあたりから思考はあらぬ方へ飛んでいってしまいました。

間接金融といえばもちろん主として銀行融資のこと。そう言えば私がとっている新聞は日本経済新聞なのですが、読んでいてどうにもしっくりこないのが「メーンバンク」という表記です。メーンバンク?メインバンクじゃないのか?長年使われ、確立された表記法なのだろうとは思うものの、なんだか生理的なレベルで気になってしかたありません。調べてみると同じような印象をもつ人はあちこちにいるようで、少なくとも私が見た限りでは全員が「×メーン / ○メイン」派でした。ちなみに同様の表記としては、メーンストリート、メーンイベント、なんていうのもあります。

しかし、では「電子メール」を「電子メイル」と書くかというとそうではないのですから、ことは単純ではありません。私の知人には「またメイルします♪」なんて書いてくれる人もいますが、この人は米国留学の経験があって、やはり「メール」という発音や表記になじまないものを覚えているのだと思います。しかし、日本社会ではメールはメール。メイルでは(たぶん)ないし、私も「メイルします」と書かれるとかえって奇妙に感じるのですから、まったくイイカゲンなもの。

イイカゲンといえば(と、ここで妄想はさらにあらぬ方向へ)、ミュージシャンの人名表記にもけっこう適当なものがあります。もっともこれは、最初に邦訳する際、本来の発音がわからないままアルファベットの表記から類推してカタカナをあてていることによるのだと思いますが、たとえば……。

Bill Bruford
プログレッシヴロック愛好家で知らぬ者はいない著名なドラマー(ex-Yes, King Crimson)ですが、これは「ビル・ブラッフォード」と書かれることになっており、略して「ビルブラ」などと言われたりもします。しかし、どうやら正しい発音は「ビル・ブルーフォード」。高校生の頃に渋谷陽一のラジオ番組でかかった通称「BBCライブ」をエア・チェック(死語)したとき、その中でアナウンサーがBill Bruford on drums and percussives.と紹介するところがあって、確かにそこは「ブルーフォード」と発音していたのを覚えています。
Peter Gabriel
これまたプログレ界の大物シンガー(ex-Genesis)。そして、表記は「ピーター・ガブリエル」。これまた「ピーガブ」と略されます。キリスト教では大天使ガブリエルだし、こういう中近東由来とおぼしき名前の本来の発音は英語のそれとは違うと思いますが、本人は英国人なので自分のことを「ゲイブリエル」と呼んでいることでしょう。
Keith Emerson
オルガンの鍵盤にナイフを突き立てることを得意技とする著名なキーボードプレイヤー。当然これは「キース・エマーソン」。バンド名も「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」。そして発音するときは「エーソン」と第2音節を高くしますが、彼らのライブを見聴きすれば、冒頭で必ず紹介されるバンド名での発音は明らかに「マスン」。頭の「エ」が高いし「son」も「ソン」よりは「スン」(発音記号は「sn」)に近いようです。

……だんだん疲れてきましたが、もうひとり。

Neil Peart
私の大好きなRushの哲人ドラマー。超絶ドラミングの間隙を縫ってスティックを空中高く投げ上げる(でもって時々キャッチし損ねる)のがかっこいい。この人はもう「ニール・パート」としか表記されませんが、本当は「ニール・ピアート」だそうです。それほど有名でなく文献情報しかないうちにレコード会社の判断でカタカナ表記が決まると、後から本当の発音がわかってもおいそれとは変更しにくいのでしょうかね。こうなってくると、最初の訳者(命名者?)は責任重大です。

あれこれあげつらねましたが、私自身も人の名前に関しては大きな勘違いをしたことがあります。米国人の客を日本のある偉い人のところへ案内したことがあるのですが、その方の姓が「安延」氏。耳からの情報をもっていなかった私は、これを「安中=あんなか」の類推で「これから会うのはミスター・アンノベだ」と自信たっぷりにその客に伝えて目指す打ち合わせ場所に連れて行ったのですが、名刺交換して裏を見るとそこに書いてあったのは「YASUNOBE」。漢字の音訓のシステムを知らない米国人の彼には、なぜ「ヤスノベ」が「アンノベ」に化けるのかさっぱり理解できなかったことでしょう。