叉骨

今年8月に日比谷野音で開催された「PROGRESSIVE ROCK FES 2011」。私はこのフェスティバルには行かず、参加バンドのひとつであるKansasの単独ライブを観に行ったのですが、フェスティバルに参加したのはKansasの他にPFMと、そしてWishbone Ashでした。

Wishbone Ashがプログレ?という疑問の声はそこかしこで聞かれたのですが、そうは言うものの私はWishbone Ashを聴いたことがありません。この機会に、先入観は抜きにして音を聴いてみるかと次の2枚を購入しました。左はバンドの3作目にして最高傑作の呼び声も高い『Argus』(1972年)、右は11作目であのJohn Wettonが参加したことで知られる『Number The Brave』(1981年)です。

まずは『Argus』から。おっ、この作品いいんじゃない?1曲目「Time Was」で聞かれるアコースティック楽器によるブリティッシュ・トラッド風のアルペジオからノリの良いロックへの展開、2曲目「Sometime World」でもスローな曲調から途中でアップテンポになりベースが暴れ出す意外性。こんな具合に、ひとつひとつの曲の中に静と動が同居していてどれも一筋縄ではなく、しかもギターのリフには随所にセンスとアイデアが織り込まれ、マイナースケールのソロは哀愁を漂わせながらもべたべたに泣いてはいない上品さがあります。コーラスが多用されていますが、曲によってはベーシストであるMartin Turnerのヴォーカルが切々と歌い上げて、これまた説得力あり。最後の曲「Throw Down The Sword」終盤で2本のギターがどこまでも複雑に絡み合う展開は、バックのオルガンの荘厳さと相俟って鳥肌もの。コンセプトアルバムとして制作されたわけではないそうですが、Hipgnosisによるジャケットのギリシア神話の巨人(アーガス)の姿が、多彩な曲を包含するこのアルバムにひとつの方向感を与えているようですし、比較的長くて複雑な構成を持つ曲が多く、そこがプログレ愛好家の琴線に触れたのかも(「静と動」と言えばKing Crimsonのトレードマークですし)。

続いて『Number The Brave』。これはバンドの中心人物であったMartin Turnerを「ヒットシングルを狙えるリードシンガーを入れるから」という理由で解雇(?)した後にJohn Wettonを入れたのに、なぜかJohn Wettonには1曲しか歌わせていないというよくわからないアルバムなのですが、時代を反映して『Argus』で聞かれた哀愁と複雑さとは影を潜め、基本的に1曲1アイデアでエッジの効いたシングルカット向きの曲が並んでいる印象です。それでも、切れ味のいいカッティングリフやカントリーっぽい細かいバッキングにはっとさせられる場面がいくつかあって、そこはさすがにキャリアを重ねたベテランの味。アルバムの最後を飾るタイトル曲「Number The Brave」は、ギターのリズムにJohn Wettonが弾く存在感のあるオルガンが重なり、疾走感満載のリズム隊が曲をぐいぐいと引っ張って聞き応えがあります。ただ、『Argus』とはまるで別物と思えるこのアルバムを聴く限りは、Wishbone Ashをプログレの範疇に含めるのはかなり無理がある感じ(←音楽の良し悪しとは別次元の話です)。

なお、John Wettonのキャリアにおいてこの作品は「U.K.後 / Asia前」となりますが、彼の貢献度に注目してみると、シュアで硬質なベースプレイでアルバムを支えてはいるものの、比較的控えめなプレイに終始している感があります。自分が提供した「That’s That」という曲ではリードヴォーカルもとっていますが、こちらは逆に彼のヴォーカルが圧倒的に力強いものであるために、アルバム全体の中で浮いているのは間違いありません。

結局、このバンドでは雇われベーシストに過ぎず、ヴォーカリストとしてもコンポーザーとしても自分の力量を発揮できないと考えたJohn Wettonは本作のレコーディングに参加しただけでWishbone Ashを脱退してしまい、ここで受け入れられなかった彼のマテリアルは次のAsiaで「Heat Of The Moment」「Here Comes The Feeling」などとして活かされることになるわけですが、これらの曲がWishbone Ashのアルバムに収録されていたとしたら、さらに言えば「PROGRESSIVE ROCK FES 2011」でWishbone Ash版の「Heat Of The Moment」が聴けたとしたら、これはこれでエラいことだったかもしれません。