七滝

遠出と言えば山登りと社寺巡りが中心の私でも、たまには普通に観光に行くこともございます。今回は伊豆で金目鯛を食べて、河津七滝を見て回るのんびりした二日間。

2018/10/27

まずは熱海に降り立って、この日が誕生日である母のために実家に干物詰合せの贈り物を届ける手配をしてから、バスで來宮(きのみや)神社に向かうことにしました。

來宮神社はもとは「木の宮」で、祭神は大己貴命、五十猛命、日本武命。神奈川県西部から静岡県伊豆半島にかけての相模灘沿岸部に分布し鹿島神宮との海運を通じた関係が推定されるキノミヤ信仰に根ざす神社とされています。

五十猛命は素戔嗚命の御子で、大陸より樹種を持ち帰り日本国土に播種した神であります。当社へは和銅三年(710年)に合わせ祀られました。おおよそ、今から1,300年前の旧暦6月15日に熱海湾で漁夫が網をおろしていたとき、御木像らしき物がこれに入ったので、不思議に思っていると、童子が現れ『我こそは五十猛命である。この里に波の音の聞こえない七本の楠に囲まれた祠があるから、そこに私を祀りなさい。しからば村人はもちろん、里に入り来るものも守護しよう。』と告げられ、村人達が探し当てたのが此の熱海の西山の地でした。

鳥居をくぐってすぐ右手にあるのは、樹齢1,300年超の第二大楠。300年前に雷にあって幹の大半が失われていますが、それでも青々と葉を繁らせています。

階段を昇って本殿へ。こじんまりしてとても綺麗で、人々の崇敬を集めているらしいことがわかります。

本殿の左奥に聳えているのが御神木の大楠で、幹周23.9m、高さ約26m。この幹の周りを一周回ると寿命が一年延び、心に願いを秘めながら一周すれば願いごとがかなうとされています。願いがかなったら、ぜひその年の内にお礼参りを。

坂上田村麻呂が戦勝祈願に訪れたという伝承もあるほど由緒正しい神社ですが、撮影スポットにはスマホ立ての台がしつらえられていたり、こうして落ち葉でハートがかたどられていたりとモダンなサービスもあって、少々不謹慎ですが、面白い神社でした。

参詣を終えたら熱海に戻って、この日の宿がある片瀬白田へ。おなじみの城ヶ崎海岸や伊豆高原よりさらに南に下ったところです。

荒々しさを感じる相模灘の波。この程度でも少し怖さを感じるのですから、津波がきたらどれほどの恐怖なのか……と考えこんでしまいました。

しかし、この美味しい夕食を目の前にすればこの日の日中に感じたさまざまな感慨はすべて吹き飛んでしまいます。豊かな海の幸と味わい深いお酒を堪能し、締めは控えめサイズながら金目鯛の煮付けと、美味しいご飯に海老の頭が入った味噌汁。満ち足りた気持ちになりました。

2018/10/28

のんびり朝風呂につかってからいただいた朝食も、彩り豊か。

この宿=大観荘は、こじんまりした宿ですが、雰囲気も接客も風呂も気持ちよく、もちろん料理もすばらしく、これからも折々に泊まりにいきたいところです。実は今年の3月にも一度泊まっているのですが、そのときは宿に着いたとたんに発熱でダウンしてしまい、部屋にこもってひたすら寝ていたために自慢の料理をほとんど食べることができなかったので、今回はいわばリベンジというわけでした。

さて、今回の旅の目的は、河津七滝(ななだる)を見て歩くことです。片瀬白田から河津へ、そしてバスに乗って七滝の上にあたる水垂へ。

このあたりは、天城峠の向こうから旧天城トンネルを経て湯ヶ野まで通じる「踊り子歩道」(18.5km)の一部になっています。全部歩き通すと6〜7時間かかりそうですが、いつか歩いてみたい。

七滝を巡る前に、少し上流にある猿田淵を覗いてみました。猿田彦にまつわる伝承があるこの淵、エメラルドグリーンの釜の中に小滝からの水流が白い気泡の渦を作って実に美しい景観を作っています。夏だったらウォータースライダーに挑戦したくなるかも知れません。

ここから来た道を戻って、七滝を上流から順番に見ていきます。

一番上流にある「釜滝」。ここでは滝を「たる」と呼ぶので、「釜滝」は「かまだる」です。滝壺の大きさが立派ですが、滝そのものよりも、周囲の岩壁に目を奪われました。

この七滝は、25,000年前に近くにある登り尾南火山からの溶岩が谷を埋めた後に川が溶岩を削って作った地形で、随所に溶岩の内部にあった柱状節理とその下の伊豆が海底火山だった頃の岩盤が顔を見せています。特にこの釜滝は、柱状節理が顕著に見られて興味津々。この眺めだけでご飯を三杯食べられそうです。

また、七つの滝にはそれぞれ七福神が当てられており、この釜滝は毘沙門天でした。

続いて「エビ滝」。滝の流れが海老の尾びれに似ている……ということですが、ちょっと無理があるような。この滝は侵食が進んでおり、落ち口のところは溶岩がすべて削られて古い地盤の上を水が流れています。

この滝の釜の横にも顕著な柱状節理がありますが、これは溶岩の底面ということになるのでしょうか。七福神はもちろん恵比寿様。

次が「蛇滝」。落ち口の周囲にある柱状節理の上面が、蛇の鱗を思わせます。

七福神は福禄寿。この滝の釜の側面では柱状節理がねじれたように形成されていて、溶岩の底面から溶岩が流れた当時の谷の地形を推測することができます。

この地形、柱状節理フリークにはたまりません。そして相変わらず水の色がきれい。

4番目の滝は「初景滝」。ここで修行をしていて悪人に殺されてしまった行者の名前をとったものだそう。落差は小さいですが、柱を並べ立てたような玄武岩の上からどうどうと水を落としています。

滝を眺めるポイントには、寿老人と共に『伊豆の踊り子』の像がありました。川端康成の『伊豆の踊り子』の中で、主人公は天城峠から河津を経て下田へと踊り子たちと旅を共にするのですが、この七滝らしい記述は、次の一文だけです。

湯ヶ野までは河津川の渓谷に沿うて三里余りの下りだった。

湯ヶ野はここから下流にあたるので、この河津川の渓谷に七滝も含まれるのだと思いますが、これでは七滝と『伊豆の踊り子』を結びつけるのは苦しいような気がします。

ともあれ、ここまでは両岸が迫った渓谷風でしたが、この滝から流域が開けてきて、遊歩道も舗装されたものになります。

「カニ滝」。対岸のボコボコがカニの甲羅に見えるから?七福神は布袋様。

本谷と支流の荻ノ入川が出合うところにある「出合滝」。こちらは本流側で、侵食によって顕著なゴルジュ状になっている様子を上から眺めることができます。

これは荻ノ入川の方。ここでも柱状節理が複雑に積み重なっていますが、これは溶岩が冷えたところから温度が高い溶岩の内側に向かって割れ目ができてゆくからだそうです。小さな弁財天が滝の音を聞いていました。

出合滝の下流に、最後の「大滝」の落ち口がありました。さすがにここでウォータースライダーをしたら、気分よくあの世へ行けそうです。いったん遊歩道に戻って下流へしばらく歩いてから、大黒天の像を横目に大滝の滝壺へと続く下降路を下りました。ここは大滝温泉天城荘の施設の一部になっており、一時期は料金を払わなければ滝を見ることができなかったそうですが、現在では時間帯の制限はあるものの無料で滝見に降りられます。

もっとも、滝壺の際まで近づけるのは温泉を使う客だけ。その他の一般観光客は少し手前の展望台から滝を眺めなければなりません。

それでもこの迫力。高さは30メートルはありそうですが、河津七滝の盟主と言っても良さそうな堂々たる滝です。

河津七滝、楽しいところでした。さすがに温暖な伊豆半島にあるだけあって紅葉の「こ」の字もありませんでしたが、季節がさらに進んだ紅葉の時期にまた来てもいいし、河津桜の時期でも良さそうです。ただし、次に来るなら「踊り子歩道」のロングウォーキングの一部としてここを歩きたいもの。もちろんそのときにも、片瀬白田での美味しい料理と宿泊はマストです。