隠里

先月に引き続き、またしても白洲正子さんの本を読了。今度は、近畿地方の山里の自然と伝承とを丹念に尋ね歩く紀行文集『かくれ里』です。

丹念に……とは言っても、本書の中で記されている通り、編集者さんや運転手さんを巻き込みながら道草したり行き当たりばったりになったり。「かくれ里」というのは、たとえば平家の落人部落のような人目を避けた山間の僻地という程の秘境ではなくほんのちょっと街道筋からそれた所ひっそりとした真空地帯で、自分はそういう所を歩くのが好きなのだという前置きをおいて、甲賀の油日から始まり、葛城から吉野で終わる24の紀行が紹介されていきます。そこには、それぞれの土地の歴史に根付いた風習があり、その風習に守られてきた社寺、絵、能面があって、確かに正史のエアポケットと呼んでもよさそうなどこにも綴られないエピソードが散りばめられ、近畿地方の決して高いとは言えない山地が織りなす無数の山ひだの数だけ人知れぬ伝承が残されているのではないかと思えてきます。

24の紀行のうち10が近江にまつわるもので、面白いなと思ったのは近江における帰化人の系譜への言及でした。たとえば金勝寺に関する記事では、良弁が青銅を業とする金勝族を統べる百済帰化人の子孫で、紫香楽宮造営(743年)とわずか三年での廃都は甲賀の帰化人集団と大和の勢力との綱引きの結果であろう、とか。白洲正子さんの文体は「ではないだろうか」「に違いない」などと推察と断定(思い込み?)とが入り交じって、読んでいてどこまで信じていいのかわからない雰囲気を醸し出すのですが、滋賀県に何年か勤務したことがある旧友A女史にこの話をしてみたところでは「近江に帰化人が多かったのは本当。若狭の方から入ってきていたから」とのこと。帰化人と言われて何となく明日香から北上したのかと思い込んでしまったのですが、北から来ていたとは盲点でした。

ともあれ、読み終えてここに描かれた「かくれ里」のいくつかをいずれ訪ね歩いてみたいものという気持ちにさせられたのですが、奥付を見るとこの本が発行されたのは昭和46年(その前2年間『藝術新潮』に連載されたもの)。既に40年以上が経過していました。どうやら「かくれ里」の風情は本書の中だけのものとして、そっとしておいた方がよさそうです。