逆説

土曜日の夕方、行きつけの喫茶店でハンバーグサンドを食す。『進撃の巨人』15巻を読みながらだと、なんだか味わいが違うような気がします……。

しかし、ここで読みたかったのはこれではなく、ルディー和子氏『合理的なのに愚かな戦略』でした。

著者は立命館大学大学院教授、セブン&アイ・ホールディングス社外監査役等の肩書きを持つビジネス評論家で、その著書をこれまで手にしたことはありませんでしたが、本書はタイトルの面白さに興味を持って購入したものです。その章立ては、次の通り。

  1. 顧客志向の逆説 – 「顧客志向」と「売上」との相関関係は低い
  2. プライシングの逆説 – 「勇気」がなければ価格は変えられない
  3. ブランドの逆説 – 過去の成功がもたらした「しがらみ」がブランドをつぶす
  4. コミュニケーションの逆説 – 日本企業がコミュニケーション下手な本当の理由
  5. 経営戦略の逆説 – 会社組織には「規模の経済」は通用しない
  6. イノベーションと幸福の逆説 – 幸せを感じるために敢えて小さな企業で働く

最終章は中小企業賛歌のようになってしまっていますが、そこに至るまでの各章で描かれる失敗事例はやはり興味深いものでした。

  • 長年苦労して獲得した「ちょっと贅沢」というブランドイメージを不景気の中で捨ててしまったヱビスビール
  • ファストフード市場の中での生き残りを賭けた松屋の値下げ路線に追随しながら米国産牛肉にこだわり続けるという二律背反を犯した吉野家
  • 商品ブランドではなく高級車販売チャネルとしてしか構想されていなかったレクサス
  • チェーンストア型流通チャネルの維持プレッシャーのために大量の商品ブランドと大量の広告宣伝費を市場に投入し続けた資生堂
  • 供給過多へと環境が変化したことを理解していながら液晶パネル工場の増設を止められなかったシャープ

そして本書がユニークなのは、これらの失敗が戦略のミスではなく、その実行面における経営者の非論理的思考に由来すると述べている点にあります。

データや資料に基づいて戦略を立てるまでは論理の世界です。でも、それを実行するかどうかの決断は理性だけでは決められません。過去の経験に基づくひらめきや、成功体験から生まれたしがらみ、プライドや功名心、執着心といったような要素が大きな影響力を行使します。優秀な経営者であるからこそ、自分が理性以外の要素で判断しているとは思ってもみない。これが、有名企業が経営ミスを犯す最大の理由です。

上述の事例の中で見れば、吉野家の矛盾した経営判断の背景として過去の拡大路線の中で品質を落としたことが吉野家を倒産の瀬戸際まで追い込んだという体験から生まれた経営者の「パターン認識」が、資生堂が消費者に評価される息の長い商品ブランドを作れないままに過剰流通在庫を積み上げた背景として資生堂の成長を草創期から支えてきた流通チャネルとの「しがらみ」の恐ろしさが、そしてシャープが液晶パネル増設にストップがかけられなかった背景として液晶畑出身だった歴代の社長のプロジェクトへの思い入れという「感情のタグ付け」が、それぞれに解説されていきます。

このように過去の成功体験が変化への適応力を損ね組織を破滅へと導くという解説は、例えば日本軍の戦略・組織上の失敗要因を抽出する『失敗の本質』の中で既に述べられていることですし、顧客志向の罠は『イノベーションのジレンマ』に余すところなく描かれているところですが、この二冊にも言及している本書の価値は、そうした先行する知見もまた経営判断の場面では活かされることが少ないという事実を明らかにした点にあるでしょう。