足音

夕方から、飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントで大学時代の恩師(ゼミの指導教官)=菅野和夫先生を囲む会。前回は2013年6月開催ですから、ほぼ6年ぶりです。私が学生時代にあまり勉強していなかったことや、にもかかわらず一念発起して先生のゼミに入り(自分なりに)猛勉強した顛末については前回の記事で詳述してありますので、ここでは省略します。

幹事ほかの方々からの挨拶の後、しばしご歓談くださいということになったのですが、どうせすぐに先生の前に長蛇の列ができるに違いないと踏んだ私は、目の前にずらりと並ぶ美味しそうな料理には目もくれず(チラ見程度はしたかもしれませんが)先生にご挨拶。先生の記憶力は相変わらず抜群で、私の今年の年賀状をネタにエベレストの話を持ち出して下さったり、私の最初の職場であった旧・労働省の同期たちが昨年度相次いで退官したことを踏まえて「人間、何が幸せか最後までわからないものだ」と言って下さったり。

ちなみにこちらが、昨年4月のエベレスト街道トレッキングの写真を用いた私の今年の年賀状の図柄です。

その後、ゼミの同期生や後輩らと旧交を温め、あっという間に時間がたって記念撮影タイム。今回、ほぼ100人のゼミ生が集まったので集合写真も4回に分けて撮ることになりました。さらに花束贈呈、そして先生のお話。こうして舞台上に立つ先生のお姿は、普通このご年齢なら「矍鑠」という形容を用いるところ、今でも「颯爽」と言う言葉がぴったりきます。

  • 毎年ゼミ生からもらう年賀状で、そのゼミ生たちの状況がそれぞれに変わってゆく様子を見ていると、人生のマラソンレースを一緒に走っているような気持ちになる。
  • 今日の総会で、ある参加者がスピーチの中で「どうして自分なんかがゼミに入れてもらえたんでしょうか?」と質問していたが、普通のゼミは成績優秀者からセレクトするのに対し、その頃は上からと下からとってみた(場内爆笑)。ところが、その話が広まると成績が下の方のやつばかり応募するようになったのでやめた。←くだんの質問者は私のゼミ同期。ということは私も……。
  • 昨年3月で公職を退いて今は自由の身だが、それでも研究はまだ続けている。月に一度は日本学士院の例会にも出ており、これを80半ばまでは続けなければならないのでボケるわけにはいかないと思いながら、学者として著作『労働法』の改訂作業も続けてゆく。そういう老学者を相手にしてもいいと思うなら、皆さんのために勉強会をやってもいい(拍手)。
  • 昨今、皆さんでもどうして自分はこのような目に合わなければならないのかと思うことがあるだろう。そういうときでも、艱難汝を玉にすではないけれど、それも自分のためだと思うこと。それでどうしてもだめなときは『寅さん』を見なさい。自分は全48作を持っているが、本当の名作はその中の10作。これを見ると、なるほど違ったものの見方もあるのだということがわかる。

最後に全員で、学生歌「足音を高めよ」を歌いました。これは卒業以来歌っていませんから40年近くぶりなのに、歌詞はともかくメロディーが自然に出てくるのは不思議です。この曲は先生のリクエストだったそうですが、先生がこの歌のどこに惹かれたのか、今度お会いする機会が得られたらお聞きしてみたいものです。