角田

この日は金春流能楽師・中村昌弘師の企画による「『角田川(隅田川)』特別講座」。昨年の「修羅物」まで五回を数えるこの講座はこれまで金剛流を除く四流の能楽師のトークセッションでしたが、今回は京都から宇髙竜成師が加わって五流勢揃いとなりました。

この講座はこれまでに開催された何度かの講座がそうであったように国立能楽堂の講義室で行われる予定だったのですが、COVID-19対応のためにオンライン会議サービスZOOMを用いて行われるという画期的なイベントとなりました。とは言っても運営側も観る側もZOOMに慣れていない可能性があるからというわけで、まず5月10日に短時間のプレイベントあり。ここでは講師陣も全員がそれぞれの環境からZOOMに入ってトークを繰り広げたのですが、これだけでも十分面白いものでした。コロナ休業中何をしているか、というお題に対して大島輝久師(喜多流)は「これからは経済が大事だということで『資本論』を読んでいる」、武田宗典師(観世流)は「CofeeJoyというお菓子にハマっています」、高橋憲正師(宝生流)は「世界平和を祈ってました」……。さらに五流それぞれの仕舞扇の文様(金春・金剛・喜多・宝生・観世→五星・金剛雲+九曜星・三雲・五雲・観世水)や形の違いを紹介しあった上で、話の流れでいかに速く袴を履くことができるかを競う「袴チャレンジ」になりました。これは32秒で仕上げた宇高竜成師(金剛流)の圧勝で、始まる前は「流儀を背負っての勝負だ」と息巻いていた高橋憲正師が予想通り最下位となって「速さじゃないからね!」と負け惜しみ。

そんなプレイベントを経ての本番ではいつもの四人が国立能楽堂に集結し、京都在住の宇高竜成師はテレビ画面越しでの参加となりました。ZOOMには画面の右にはログインしてくる参加者(客)の顔が次々に映るのですが、私がログインしたときに同じタイミングで画面に出てきたのはなんと旧友A女史。前にも中村師の「二人静」を国立能楽堂で観たときに偶然に隣り合わせになったことがありましたが、偶然というのは重なるものです。

さて、講座は「角田川」のあらすじをなぞることなく、五流の比較を中心に解説が進められました。

  • 曲名の表記
    • 金春流は「角田川」、他流は「隅田川」。ただし金剛流は昭和の初め頃は「角田川」だった模様。
  • 演じる時期
    • 五流とも重い扱いで「道成寺」より後。五人の中でシテを勤めたことがあるのは武田師だけ。
  • 子方の経験と適齢期
    • 武田師と宇高師は子方経験あり。武田師は塚の中で謡を聴きながら子供ながらに「悲しい曲なんだな」と思った由。
    • 詞章には十二才とあるが、実際にその年齢になるとリアル過ぎるので、小学校低学年がよいだろうというのが共通見解。
  • 子方を出す / 塚に入ったまま / 出さない
    • 金春流・喜多流・観世流は三種類ともあるが、金剛流は子方を出さないのはレア、宝生流は子方を出すのが基本。出さない場合も、演出意図というより適当な子方がいないために出さないということがある模様。
    • 金春流は曲見、金剛流・喜多流も曲見だが替として深井にも、宝生流は曲見・深井いずれも、観世流は深井(曲見がないわけではないが面自体少ない)。
    • おおよそ上掛(観世・宝生)は深井、下掛(金剛・金春・喜多)は曲見という分類。
    • 大島師曰く、曲見は38歳・深井は35歳(??)
  • 笠・笹
    • 頂点が尖ったもの・平らなもの(女笠)、浅いもの・深いものと流儀により用いる笠の形が異なる。笠をどこまで持ち、どこで放すかも各流で大きな違いあり。
    • 笹は傷みやすく調達しにくいものなので造花を使う場合があるが、金剛能楽堂はそばに笹が生えているそう。
    • 金春流と喜多流では笹に紙垂がついているが、これは狂女の神懸かりを示すもので、狂い笹を持って岩戸の前で舞った天鈿女に由来する。喜多流では紙垂の大きさを下に行くほど大きくするという特徴がある。
    • 金剛流は「班女」に小書《笹之伝》がつくと笹に短冊が付けられるが、そこに何が書いてあるかは企業秘密。観世流も「放下僧」ではツレの腰に挿す笹に短冊を付ける。放下=大道芸人なので。
  • 鉦鼓
    • 首に掛けるか掛けないか、紐があるかないか、ワキが掛けてくれるか自分で掛けるか、さらに持ち方・打ち方にも流儀によりさまざま。
    • 金剛流は首に掛けた紐をぶちっと切る所作があるが、そのためにどのような細工が紐に施されているかはやはり企業秘密。

毎度のことですが、それぞれ個性的な能楽師たちがお互いに流儀のやり方を披露してその違いに素で驚いたり感心したりツッコミを入れたりするのが面白く、前半の1時間があっという間でした。しかし、この解説を聞いてしまうと「角田川」「隅田川」をこれから最低五回は観なければならないな。

後半は謡い比べがメインとなりますが、その前にまず、ワキ(船頭)の語リによって我が子の死を知ったシテ(母)が船頭にのう船頭殿(流儀により異同あり)と呼び掛ける場面の声の出し方についての語らい合いが行われました。中村師は「見所の一番前と一番後ろに同じように小さい声だと伝わるように」と指導されたそうで、この話を受けてシテを勤めたことがある武田師は「この言葉を発するときには我が子は死んでいることがわかっており、その後の問答で一つ一つ可能性をつぶしてゆくので、最初の瞬間に絶望していることが伝わらなければならないと教わった」と語れば、大島師は「強い発声を叩き込まれて基礎が出来上がった上で、どう自然に悲しみの声を出すか。ある程度の年齢にならないと許されない理由がそこにある」。そして宇高師からは「クドキのところはわざと胸式呼吸で謡う」という説明がなされました。

謡い比べはまずクドキ今まではさりとも逢わんの頼みにこそ……今一度、この世の姿を母に見せさせたまえや(同上)。これまで何度か「隅田川」を観ていてそのたびに胸をつかれる悲痛な謡ですが、金剛流はじわじわと無念が募り、金春流・宝生流は悲しみに沈み込んでいくような謡であったのに対し、喜多流と観世流は激情が迸るようなタイプで、驚くほどに味わいが違いました。

ここで悲しみの所作であるシオリについて「心掛けていること」というお題が出されましたが、これもそれぞれに深い話を伺えました。

  • 大島師:シテが本当に悲しんではダメ。シオっている面の下でアカンベーをするくらい、離見を守る。自分の感情を発露し過ぎたら能ではなくなる。
  • 武田師:「隅田川」はシオリがいくつも出てくるので、全部同じに見えないように変化をつける。
  • 高橋師:(武田師の話を受けて)シオリの手の軌道や速さを変えると印象が変わる。狙い過ぎるとギクシャクするので難しいが。
  • 宇高師:(狂言方のツイートを引用して)一人称として泣くより三人称として泣くことで、観る人が自分を重ねられる。

さらに大島師から「『隅田川』のシテは自分から動いてゆくのではなくワキの語り等を身体に蓄積させてゆく。そういう受けの強みがないと成り立たないのではないか」といった話が語られて、中村師はしみじみ「これは一年かけてやることはまだまだたくさんあるな……」。

そして詞章の中での同号同名阿弥陀仏に続く「南無阿弥陀仏」の箇所を確認し合い(これも流儀により繰返しの回数やシテと地謡の役割分担に違いあり)、その後に名にしおわば、都鳥も音をそえてに続く地謡と子方の連吟による南無阿弥陀仏の場面を謡い比べましたが、やはり抑揚の付け方の違いが著しく、ことに宝生流の甲グリの高さが際立ちました。これを五人が謡い終えたところで、大島師から「すっかりしんみりしちゃいましたね」と一言。

最後に質疑応答コーナーを置いて、講座が終了しました。

ITリテラシーがばらばらの百数十人の参加者を集めての講座をオンラインで開催するというのは大胆なことと思えましたが、確かに操作に苦労する参加者が出たり、画質や音質に問題がなくもなかったりはしたものの、その取組みの意欲の貴重さがあらゆる難点を上回っていたと思います。そして何よりも、本当に久しぶりに謡を聴くことができたことが嬉しく、このコロナ禍の中で講座を中止にせずに代替手段を見出した中村師とこれに協力した各流儀の能楽師の皆さん、そしてスタッフの尽力に、観る者の側から御礼を申し述べたいと思います。

とは言ってもやはり、能は能楽堂という舞台装置の中で、地謡・囃子方を伴った「フルオーケストラ」の姿で聴きたいもの。プレイベントのときに大島師が「(自粛期間が長引いて)声が痩せますよ。自分でわかる」と語っていましたが、これまで皆が積み重ねてきたことをこれからに引き継ぎ発展させていくためにも、現在の自粛状態が一日も早く解除されることを願ってやみません。

ところで、この講座は今年6月14日に予定されていた「中村昌弘の会」に向けたプレイベントだったのですが、残念ながらこの会も来年7月31日へと一年以上の延期を余儀なくされてしまいました。7月末という時期は、私にとってはヨーロッパでのクライミングのために国内にいない可能性もあって微妙な日程ですが、もし参加できるようであれば一年かけてさらに熟成された「角田川」を鑑賞できますので喜ばしいことです。ただ、講座終了後に上述の旧友A女史とメールで感想を交換したところ、彼女は「坊やちゃんが育ちすぎたらどうするのかしらとちと心配」と懸念を表明していました。

うーん、言われてみれば確かに……。