蜘蛛

翌月の観世会定期能でとり上げられる演目を題材に、観世宗家と東京大学教授・松岡心平氏がさまざまな解説とワークショップを行う観世会能楽講座。平成24年度第1回は、3月の定期能にかかる「土蜘蛛」がテーマです。あいにく来月の定期能を観る予定はありませんが、2年前にこの観世能楽堂で「土蜘蛛」を観たことがありますから、話はだいたい通じます。

まず最初に宗家が出てきて挨拶の後、松岡心平氏と、妖怪研究でも知られる民俗学者・小松和彦氏が登場して、二人が舞台上の葛桶に腰掛けて講座が始まりました。「土蜘蛛」は、源頼光に呪いをかけた土蜘蛛の精を独武者が退治するという筋立てで、歌舞伎にも移植されていますが、その原典は平家物語の「剣巻」で、謡曲が大和の葛城山まで蜘蛛を追っているのに対し、平家物語の方では頼光を襲った法師が逃げた先は京の西山。そして蜘蛛を退治したことよりも、源氏の重宝・蜘蛛切の由来譚であることの方に力点があります。これは、安徳天皇が壇ノ浦で入水した際に三種の神器のうち宝剣を失ったことが背景にあり、源氏の軍事力がこれに代わるものとなることを強調する意図があったのではないか、という解説でした。なるほど、能が成立した室町時代に主たる観客だったのは足利氏=源氏の子孫ですから、その先祖を讃える話が喜ばれたのは道理。つまり、まずは剣の話が先にありきで、その退治される対象として土蜘蛛が選ばれたに過ぎないというわけです。

それにしても、なぜ謡曲では土蜘蛛は葛城山まで逃げたのか。

かつて大和政権の成立のとき、奈良盆地の南にあって今の葛城の地に拠っていた土着勢力は、大和政権に通じた葛城氏によって滅ぼされた。そしてその葛城氏も、やがて雄略天皇によって滅ぼされる。そうした滅ぼされた者たちの「怨」は悪霊となり、その伝説を掘り起こしていった修験の者たちと交流のあった大和猿楽が「土蜘蛛」として滅ぼされた者たちの記憶を呼び起こしたのではないか、というのが対談の論旨でした。奈良盆地というのは、ずいぶんとドロドロした場所なのだな……。

この後に休憩をはさんで、ワークショップ。装束を身につけない出立ちで宗家やワキ方の森常好師をはじめとする能楽師の皆さんが「土蜘蛛」の一部を演じます。まずは一畳台の上で病に臥せっている源頼光のもとを訪れた僧=実は土蜘蛛の精が、頼光に千筋の糸を投げかけ、舞台上で立ち回って深手を追って下がってゆく場面。小書《入違之伝》によって、幕前ですれ違うワキ・独武者に対しても糸を投げかけました。ここで跡見学園女子大学の横山准教授を司会役にして、宗家と森常好師がマイクを片手にあれやこれやを語ります。宗家は独特のとぼけた雰囲気を持った語り口で、千筋の糸を投げるのは面を掛けている方が気楽、素だと照れちゃいますと話しましたが、すかさず森常好師から「(ワキ方の)私はいつも素なんで」とツッコミ。また、橋掛リでのシテとワキのにらみ合いは歌舞伎のだんまりの逆輸入かもしれない、よくないですねそういうの、とか、歌舞伎では胡蝶は土蜘蛛の手下だっていうんでしょ、崩されると困るんですよ!などと熱く語りが止まらなくなる場面もあったりして、ご本人はウケを狙っているわけではないのに見所には笑い声が上がっていました。ちなみに、あのぱーっと見事に散る蜘蛛の糸は鉛の芯の上に和紙を巻いたもので一個1,500円。全国で二人しか作れる人がいないのだとか。そして、宗家が投げる糸はきれいに放物線を描いて広がっていたと見えたのですが、宗家が言うには稽古用の古い湿気ったものを使ったため、広がり方が不本意だった模様。「伸びがね〜、伸びが。ダメ、納得いかない」と後でさんざん悔やんでいました。ここで森常好師にマイクが渡り、ワキ方が刀を抜くのはほぼ鬼に対してのみ、それも人間の中の鬼的なものを切って、元の優しい人間に戻りなさいという気持ちで刀を振るっている、だからワキはいい人なんですネ、という自画自賛の解説がありました。あのいかつい風貌の森常好師が、こんなにユーモラスな人だとは知りませんでした。

さらに作リ物が出され、塚をあばかれた土蜘蛛が独武者たちと渡り合ってついに切られる場面を演じましたが、ここでもこれでもかと飛び交う千筋の糸。宗家は子供のときに、これをやたらたくさん投げて先代に怒られたことがあるそうです。それはさておき、解説の中で宗家は、観世流は代々鬼の能を大事にしてきた家であり、面箪笥の一番上にも鬼の面(赤鬼しゃっきと黒鬼こっき)が翁面と共にしまわれていることが語られました。そして、いろいろなものの魂魄が鬼というかたちに表象されてゆく過程において能の果たした役割が大きいこと、立ち回り=働きとは死霊が動く姿であり、それは猿楽の原点にも通じるという解説もなされました。ここで宗家曰く、観世の家では小さいときから働きの強いものを演じさせられたそうで、強い構え、強い運びができなければ、幽玄の能における不動の姿勢も成立しない、だから「土蜘蛛」は鬼の家である観世にとって必ず通らなければならない大事な曲なのだ、という説明がなされて、最後に3月の定期能において「土蜘蛛」が少年能として演じられることが告げられました。

18時半から始まって、途中休憩を入れて21時近くまで、興味深い対談とダイナミックなワークショップが繰り広げられてとても面白い講座でした。これは次回も出なくては。次は4月9日、とり上げられるのは私の好きな「善知鳥」の予定です。