老木

謡曲「西行桜」では、京都西山で静謐な生活を送ろうとしている西行が、桜の花を愛でるために押し寄せる人々を無碍に扱うこともできず庭に通すものの、つい次のように愚痴る場面が出てきます。

花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける

するとその夜の夢に桜の精が現れて「桜自身には咎はないはず」と西行にクレーム(?)をつける……という展開になるのですが、その点、道玄坂の上に一本だけで毎年花を咲かせ続けるこの道玄桜は、忙しく行き交う人々の足をほんの暫し止めるだけで、実に謙虚です。

今年は3月28日に満開になり、その後一週間程は勢いを保ってくれましたが、やがて4月にしては冷たい雨と風に打たれて徐々に力を失っていきました。

お疲れ様でした。また来年、会いましょう。