環境

郷原信郎『企業はなぜ危機対応に失敗するのか』を読了。仕事の延長線上にある本ではありますが、この手の「危機管理モノ」はけっこう好きです。ただ、そうした関心の中には「他人の不幸は蜜の味」的な興味が潜んでいることも完全に否定することはできないのですが、ヤメ検弁護士でコンプライアンス問題の第一人者である筆者が設定した主題はもちろんそこにはなく、環境変化に対応して適切な危機対応を行いましょうという王道ど真ん中でした。

それでも期待に応えて(?)第一章で筆者が取り上げてくれた2013年の三大不祥事は、次のとおりです。

  • 阪急阪神ホテルズ「食材偽装」問題
  • みずほ銀行「暴力団員向け融資」問題
  • カネボウ化粧品「白班被害」問題

いずれも記憶に新しい不祥事でしたが、一例として阪急阪神ホテルズの「食材偽装」問題についてみると、同年6月にプリンスホテルが「食材とメニュー表示の違い」があったことを公表した(しかしマスコミの注目はさほど集めなかった)ことを受けて阪急阪神ホテルズでも内部調査を行った結果をプリンスホテルと同じ方法で10月に公表したところ炎上してしまったというもので、実はこの4ヶ月の間にカネボウ化粧品の問題やJR北海道の問題、さらにはみずほ銀行の問題が起こってマスコミが完全に「企業不祥事バッシングモード」に切り替わっていたという環境変化がありました。しかもこの「食材偽装」は高級ホテルの高級レストランでの食材偽装であり、利用者に(景品表示法の用語を使えば)優良誤認を生じさせていたかのような印象を与えてしまったのですが、実際にはホテル内の宴会場やバイキング・レストランなど比較的低価格のレストランが中心でしたし、たとえば冷凍魚を「鮮魚」と表示したとしても冷凍技術によって鮮度を維持した魚と生で運搬・保存された魚のどちらが鮮魚の名にふさわしいかを考えてみると、果して消費者に不利益を与えたかどうかもあやしくなってきます。

ではどうすれば良かったのか。筆者はここで、ミクロの環境分析を行うための「フォーメーション分析」とマクロの環境変化の状況をとらえる「環境マップ」という二つのフレームワークを提示していますが、私の関心を引いたのは前者の「フォーメーション分析」の方でした。これは要するに、不祥事が生じたときにその企業を批判・非難しようとする攻撃側(マスコミ、消費者、被害者等)の配置とこれを防御しようとする企業側(広報部門、担当部門、経営者)の配置をサッカーフィールドに当てはめて分析し、危機対応のあり方を検討しようとするものです。そして阪急阪神ホテルズのケースでは、記者会見が紛糾したのは「メニュー表示の違い」をマスコミに「偽装」と決めつけられ、これを会社側が否定したことで反発を浴びたせいですが、「メニュー表示の違い」が「違法」「不当利益を得た」のではない以上「偽装」ではないということを客観的立場で説明できる外部の専門家をディフェンス側に置かなかったことが、阪急阪神ホテルズの失敗であったと分析しています。

さらに興味深かったのはカネボウ化粧品の「白班被害」問題に関するフォーメーション分析で、製品と被害との科学的因果関係が明確になっていない中で自主回収に踏み切ったカネボウ化粧品は「美白成分ロドデノールの安全性に問題があったことを認めた」→「自主回収が遅きに失した」と非難を受けましたが、この問題に関して本書では次のような複雑なフォーメーション解説が披露されます。

  • ロドデノールを医薬部外品として承認しているために本件に巻き込まれたくない厚生労働省
  • 広告スポンサーである化粧品業界全体を敵には回したくないマスコミ
  • カネボウ化粧品と同様に化粧品事業を展開している親会社・花王

こうした構図の中でカネボウ化粧品「だけ」が悪役を引き受ける羽目に陥ったというのが筆者の解説で、これに対しては厚生労働省をディフェンス側に巻き込み、さらに化粧品業界全体へと問題の幅を広げればマスコミの攻撃は二の足を踏むことになっただろうと指南しています。これを「鶴翼の陣」と本書が呼ぶことには何やら滑稽さも漂いますが、店頭のビューティー・アドバイザーが顧客に個別対応する販売方法に由来するカネボウ化粧品の緩慢な対応と大量流通販売の中でマスとしての消費者に対する品質保証ポリシーを持っている花王の性急な対応(因果関係不明でも自主回収)との不連続性が混乱に輪をかけたという筆者の指摘には、研ぎすまされたナイフのようなキレ味を感じました。

その他、「半沢直樹」もみずほ銀行問題混乱の原因であるとか、保身のために攻撃側に回った金融庁(みずほ銀行事案)や経産省(パロマ事案)など週刊誌的興味も満たしつつ実践的な教訓を提供してくれる本書は、コンプライアンス担当者や広報担当者に限らず組織運営に関わるすべての人にお勧めできそうです。