夫婦

東陽町の江東区文化センターの講座『初めての能の世界』の第二回目「平家物語の能と【清経】・【井筒】世阿弥の夢幻」。講師は前回と同じく、観世流能楽師・桑田貴志師です。二週間前に開催された第一回では能のあらましと「翁」の解説をいただきましたが、今回は(脇能を飛ばし)二番目物(修羅物)と三番目物(鬘物)の代表的な曲をとりあげ、あらすじの説明に続いて「鑑賞のツボ」が桑田師の実演を交えて説明され、DVDでポイントを鑑賞するという構成です。

平家物語に取材した修羅物「清経」は2年前に観ており、若い夫婦が亡霊と未亡人として再会したと思ったらいきなり夫婦喧嘩を始めるという驚きのストーリーと、クセやキリの舞の激しさに面白く観た記憶があります。桑田師の解説による鑑賞のツボによれば、平家嫡流の草食系男子である清経の妻への未練がシテを幽霊にするが、夫婦喧嘩が出てくる曲は「清経」だけ、そしてクセの謡と舞の美しさは数ある能の曲の中でも屈指のものであるとのこと。そして、腰から笛を取り出して吹く場面、西の海に沈んで行く月を見込んで十念仏を唱える場面、意を決して海に入水する場面、さらには修羅道での戦いの場面といった写実的な型が実演されました。DVDは桑田師ご自身によるシテで、クセからキリにかけて。

次にとりあげられた鬘物「井筒」も、言ってみれば夫婦の話ですが、舞台に登場するのは妻の霊だけ。伊勢物語に題材をとった複式夢幻能で、これまた1年前に観ています。数々の和歌が織り込まれていますが、幼なじみの二人(在原業平と有常娘)が愛を確かめ合う場面はとりわけ印象的です。

筒井筒井筒にかけしまろがたけ 生ひにけらしな妹見ざる間に と詠みて贈りける程に、その時女も 比べ来し振分髪も肩過ぎぬ 君ならずして誰かあぐべき と互に詠みし故なれや、筒井筒の女とも聞こえしは有常が娘の古き名なるべし

桑田師の謡は、舞台上でのことではないので多少リラックスした謡なのでしょうが、それでもうっとり聞き惚れてしまいます。ただし、実際に能楽堂でこの曲を観たときは、そのあまりに幽玄な雰囲気に私自身の意識が幽明の境を彷徨ったのですが、なにしろこの曲では上記の詞章を含む長いクセが居クセ。シテは、クリ・サシ・クセがじっくり謡われる間、舞台中央に着座して約15分間も微動だにせずにいなければならず、これがどれだけ辛いか!と桑田師は慨嘆しておられました。そして、この曲では男性である能楽師が女性を演じ、その女性が男装して舞を舞うという複雑な設定になっていることが特徴(同様の特徴をもつものに「松風」などがあります)ですが、最後に鑑賞したDVDは、早世の名優・観世寿夫師がその男装した女性の姿(長絹に烏帽子姿)で井筒を見込み、そこに映った自分の姿に夫の面影を見ると、大鼓の長く尾を引く掛け声を受けて見ればなつかしやとしみじみと謡う場面。そのまま桑田師も受講生たちも画面に見入ってしまい、キリの最後夢も破れて覚めにけり 夢は破れ明けにけりを聞いて、やっと現に戻るという風でした。