告白

井口俊英『告白』を読了。コンプライアンスやJ-SOXに関わる仕事をしている者なら間違いなく誰でも知っている、大和銀行NY支店の巨額損失事件の当事者による手記です。

この事件は、同支店のトレーダーであった著者が変動金利債取引による当初7万ドルの損失をカバーするために権限外の米国債取引に手を染め、その後12年間でなんと11億ドルまで損失を膨らませて1995年に自ら告白状を頭取に提出したというもの。ところが、この告白を受けた大和銀行が損失隠蔽を図って報告を遅らせたことや、さらに過去の銀行検査時に偽装工作を行っていたことまでが後に米国金融当局の知るところとなったために、同行は3億4千万ドルの罰金を支払った上で米国での営業権を失うことになりました。しかも、この巨額損失が12年間も発見されなかったのは著者に米国債のトレーダーと有価証券管理(カストディ)業務を兼務させていたという体制上の欠陥に由来していたため、同行の取締役陣の経営責任を問う株主代表訴訟において損害賠償責任が認められ、2000年の第一審判決では11名の取締役に対し829億円という巨額の損害賠償が命じられました。最終的には諸般の事情から大幅減額されて和解に至ったものの、本件は委任契約に基づく善管注意義務の重さや内部統制システム構築義務の存在を判決という形で裁判所が明示した点が画期的で、世の経営陣を震撼させた事件として歴史に名を残しています。

我々法務担当者にとっては、この事件は上記のように内部統制システムの構築・運用責任という文脈から振り返られることが多いのですが、本書はそこまでのスコープは有しておらず、もっぱら著者が損失を積み上げていった過程から告白に至った経緯、そしてその後収監されて過ごした日々を振り返る内容となっています。

しかし、これが読み物として極めつけに面白い。

本書はまず、著者が大和銀行頭取に提出した告白状をそのまま披露するところから始まり、同行の隠蔽工作と検証作業、FBIによる逮捕、著者への取調べから裁判へと進んだところで、いったん時間を遡って著者が高校卒業後浪人時代に父親に呼ばれて渡米した青春時代に立ち返ります。ついで、大和銀行への入行から証券担当者として徐々に頭角を現す過程、思わぬ損失発生と焦り、そして簿外取引の泥沼にはまってゆく経緯を丹念に描写していきます。その後に裁判の場面に戻って、判決を待つところで一応の終結を見るのですが、この間に、まさに生き馬の目を抜くようなトレーディング業務の真髄や、損失と偽装を重ね続ける日々の心理的な重圧、さらには私生活における苦悩(米国人の妻との離婚と二人の息子の非行)や拘置所内での奇想天外な生活までも余さず記されていて、弛むところがありません。

大学以降の人生を英語を母語とする米国人として過ごした著者がこれだけ巧みな文体を駆使できるものか?とゴーストライティングを疑いたくなるほど堅牢かつ流暢な文章で綴られた本書は経済エンターテインメントとしても秀逸ですが、これは収監中に当事者の手によって記録されたノンフィクション。生身の人物の葛藤の記録として感情移入しつつ、一気呵成に読むことができました。しばしば出てくる銀行や日本の金融行政に対する批判の中に露わになる自己中心的な被害者意識や、「7万ドルから11億ドルへ」と深みにはまってゆく投機的心理は、誰にでも=自分にも起こりうることだなと背筋に冷たいものも感じながら。