十講

Facebookで繋がらせていただいている高校時代の恩師・加藤先生が紹介されていた『憲法と戦争を考える10講』(麻布文庫)を読了。実際にはしばらく前に読み終えていたのですが、少し間を空けて周辺図書のいくつかを斜め読みしてから、改めてラインマーカーを引きながらの再読を終えたところです。

本書は母校・麻布学園で2015年と2017年に行われた課外講座「気分はもう戦争?!」「憲法と私」での講師による講義内容と生徒たちとの質疑応答を収録したもので、講師陣は憲法学者・人文学者・弁護士・文筆家・ジャーナリストと多士済々です。

10講の内容は次の通り。1〜6は「憲法を考える」、7〜10は「戦争を考える」と大括りにされています。

  1. 憲法を学問する
  2. ハンセン病と憲法
  3. 改憲・護憲の議論の前に
  4. 憲法があぶない!
  5. 新聞記者から見た憲法改正論議
  6. 憲法議論の視点をずらしてみる
  7. 沖縄と戦争
  8. 新しい日米外交を切り拓く
  9. 中東の戦争をどうみるか
  10. これからの日本はどこへ向かうのか〜正気を取り戻すための問題提起〜

巻頭に置かれた第一講「憲法を学問する」で立憲主義と軍国主義を両立させようとして失敗した日本が戦時体制を支えた思想や言説を「公」の領域から排除するために憲法9条を持つに至った歴史を振り返った上で、近年の改憲論議に対する複数の講師からの問題提起、違憲状態の是正が図られた数少ない事例としてのハンセン病訴訟の検討、憲法9条に期待しつつ復帰したのに本土から基地を押し付けられた沖縄の現実の紹介、米国が起こし日本が協力を強いられた湾岸戦争・イラク戦争に正義はあったのかという問いかけ、そして今の時代に蔓延する思考停止と多数決依存の空気に対する警鐘、といった具合に様々な視座・視点からの論考が並びます。

10の講座はいずれも講師の語り口が生かされていてそれぞれに面白いのですが、特に興味深かったのは元(?)右翼活動家という変わった経歴の持ち主である鈴木邦男氏の講義でした。そのアバンギャルドな経歴とは裏腹に、生徒たちに伝えている内容はリベラルと言ってもいいもの。同氏の言葉の中には、インスピレーションの素材となるさまざまな言葉が盛り込まれていました。

  • 主語が複数になると述語が暴走する(森達也(映画監督)の言葉の引用)→アイン・ランド『アンセム』を連想
  • 憲法は、弱い個人が強いと錯覚するための道具ではない
  • 日の丸・君が代は好きだが、強制は嫌いだ
  • 政治家は国民に愛される国を作ることが仕事なのに、それをせずに愛国心を持てと強制するのが許せない(小林節(法学者)の言葉の引用)
  • 現代の人たちは自由を持て余し、むしろ強い共同体に縛られたいと思ってしまうように見える→エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』そのもの

質疑応答での生徒たちの発言にも十代後半の若者にありがちな浮わついたところがない一方で、沖縄の基地問題については実感として共鳴できないという率直な感想も聞かれましたが、講師陣はそうした声に正面から向き合いつつ「きちんと見極めることが大切」「知ること・考えること・想像力を持つこと」「常に批判精神をもって受け止めてください」「精神の不服従ということを忘れないでほしい」と異口同音に語りかけていました。また、各講義の終わりには「第○講をもっと深く知る 〜読書案内〜」として参考図書が三冊ずつ紹介されていてそれぞれの主題の深掘りが可能ですが、最終講の参考図書にハンナ・アーレントの「エルサレムのアイヒマン」が挙げられていることには選者の危機感が窺えました。

はたして高校生たちは、この10講を自分の血肉にすることができたでしょうか?少なくとも高校生時代の自分には咀嚼しきれなかっただろうなと思える濃密な議論の展開でしたが、しかし大丈夫。本書の後書きの中で編集委員の一人・前校長の氷上先生は、マザー・テレサの次の言葉を引用し、まず関心をもつことから始めよと優しくハードルを下げてくださっています。

愛情の反対は憎悪ではない、無関心である。