尾白川〔敗退〕

概要:尾白川本谷の奥にある滑滝沢を登るべく尾白川を鞍掛沢出合まで遡行して、出合からわずかに鞍掛沢に入ったところにある右岸ルンゼから尾根を乗り越そうとしたが、ここでかっきーが滑落負傷。近くの高台にテントを設営してかっきーを収容し、電波が通じるところまで下って救助を要請した後、下山。

日程:2019/01/12

山頂:---

分類:南アルプス

同行:かっきー

事故現場となった右岸ルンゼ。氷を避けて右手の草付斜面を選んだかっきーは、この後左奥に見えている段差の上から写真中央の段まで落ちてくることになります。(2019/01/12撮影)

各地の山や沢に多くの足跡を残したmoto.p氏が、尾白川上流の滑滝沢でのソロ・アイスクライミング中に墜落死したのは2011年の末のこと。縁あってその残置物回収山行に同行した私は、moto.p氏の親友であったかっきーに連れられて2016年1月の黄蓮谷右俣で甲斐駒ヶ岳のアルパインアイスデビューを果たしたことを機に、いずれこの滑滝沢を登ろうと計画してきたのですが、かっきーとの都合が合わなかったり氷や雪の状態が悪かったりと条件に恵まれず、無為に年月を過ごしてきました。以来3年、この連休はそこそこいい天気が続く上に、ここまで南岸低気圧による降雪もなく、絶好のチャンス到来と思われました。ところが……。

2019/01/12

■07:15 日向山登山口 ■09:55 尾白川入渓点 ■11:00 鞍掛沢出合

未明に「道の駅はくしゅう」で短時間の仮眠をとってから、コンビニで温かい朝食をとった上で日向山へ。登山口となる矢立石の少し手前に設けられているゲートの手前に車を停めましたが、少し早過ぎたようであたりはまだまっ暗。よって明るくなるまで寝直すことにしたのですが、しばしまどろんでからふと気付くと周囲は明るく、そして他のパーティーが出発の準備を始めているところでした。しまった寝過ごした!とは思ったものの、この日はどうせアプローチだけだからと気を取り直して車の外に出ました。

身繕いをしながら会話したところでは、他パーティー二組はいずれも林道に面したルンゼを物色しながら氷を探す計画のようで、尾白川に降りる者は我々の他にはいない様子。やがて準備も整って歩き出したのは我々が最初でした。

矢立石の登山口を過ぎて平坦な林道を奥へと進んでいきましたが、ここにもやはり昨年の台風の爪痕と思われる崩壊地あり。普通ならなんということはないザレ斜面のトラバースですが、かっきーも私も25kg近くを背負っているので慎重に渡ります。

錦滝は凍ってはいるもののシャバシャバ、平田ルンゼや岩間ルンゼも貧相な状態。雪がなくて歩きやすいのはありがたいのですが、これでは氷も発達しないはずだと少し暗い気持ちになってきます。

林道の終点からは例によって悪い急斜面の下降になりますが、フィックスロープはあるというもののここも斜面が崩れて足元がスリップしやすい状態です。もともと釣り師で悪場に強いかっきーは先に下降していきましたが、下りが苦手な私は重荷にふらついていることもあってロープを出し懸垂下降を交えることにしました。ところが、この山行のために新調した7.9mm60mのロープを事前に捌いておくことを怠っていたため、絡まったロープの取回しに四苦八苦。かっきーを尾白川の河原でずいぶん待たせることになってしまいました(申し訳なし)。

ここから鞍掛沢にかけては二年半前に沢登りとして遡行していますが、今回はもちろん足回りがアイゼンです。川がしっかり凍っていてくれればさくさくと歩けるところですが、予想通り完全氷結はしておらず、アイゼンの歯が丸まってしまうことを気にしながら岩の上を歩いたり、踏み抜きに注意しながらそろそろと氷の上を歩いたりで、なかなか捗ってくれません。

それでもどうにか鞍掛沢の出合に着いて、ここから本谷を離れて鞍掛沢に入りました。目的地はもちろん尾白川本谷の上流なのですが、この出合から先も氷の状態が落ち着いていないと歩行に時間をとられることになるので、これを回避するためにいったん鞍掛沢に入り、これら二つの沢を分ける尾根を途中から乗り越して本谷上流へ出るというのが当初からの計画で、これは故moto.p氏も辿った道筋であると考えられています。

鞍掛沢の方が本谷よりも多少氷が発達していて歩きやすく、しばしの歩きで右岸に氷のルンゼを見出すことができました。ここを登って尾根の上に出て、しばらく平坦な尾根筋を歩いて距離を稼ごうという目論見ですが、寝坊のために出発が遅れたこと、私が懸垂下降で手間取ったこと、そして本谷の氷が十分には落ち着いていなかったことが重なり、既にそこそこいい時間。「15時には(予定していたテン場に)着かないな」と若干の焦燥感を見せながら、かっきーはフリーでルンゼに入りました。

■11:25-14:20 右岸ルンゼ出合 ■14:45 鞍掛沢出合 ■15:40 尾白川入渓点 ■18:20 日向山登山口

このルンゼ、見た目には傾斜もなく易しそうですが、実際に取り付いてみると段差になったところはそれなりに斜度と高さがあり、重荷を背負ったままでのフリーソロは少々リスキーな状態です。これはまずいと思ったらしいかっきーは、すぐにルンゼ右手の樹林の中の草付き斜面にラインを変更し、そちらを登っていきました。

後続の私も一段登ったところのテラス状の氷の上に達し、そこから右手の樹林にエスケープしようとしたのですが、そのとき上の方で木が折れる「バキッ!」という音がしたので仰ぎ見ると、かっきーがバランスを崩して草付き斜面からルンゼへと落ちてくるところでした。そのまま彼は氷のルンゼ内で段差に二度当たって私のいるテラスまで落ちてきましたが、そのときかっきーのアックスのひとつが氷の中に固定されていた枯れ枝に引っ掛かり、そこで止まってくれました。

墜落距離はざっと15メートル、それでもここで止まったのは奇跡的です。「あー、またやったか」と愕然としながらかっきーのもとに駆け寄り、横になってうめき声をあげているかっきーのザックを外させてまずは抜重。さらに引っ掛かってくれていたアックスを枯れ枝から外して行動の自由を確保しました。どうやらダメージを受けたのは右足だけの模様で、外傷も見当たりません。さすがに山行継続は直ちに断念しましたが、それでもこの時点では自力下山が可能だと二人とも思っていました。

ところが、まずこのテラスから河原まで懸垂下降(ロープ長でちょうど30メートル)をしようとしたところで、かっきーは右足に荷重をかけられず立てないことが判明。よってロワーダウンのセットをし、まずかっきーが前向きに座りこんだ姿勢のままじりじりと下り、次に私が懸垂下降で先にかっきーのザックを降ろし、いったん登り返してから自分のザックを背負ってかっきーのもとへ下りました。

まずはかっきーの荷物を軽くして(ギア類を私が引き取り、さらにアルコールもその場で処分)、それで立てるか確認→無理。次にザックを片方残置することにして、空荷で歩けるか確認→やはり無理。食料・燃料は三日分あるので、ちょっとずつでも歩けるなら時間をかけながら下ればよいのですが、この状態では岩と氷が混在した下降路の下山は不可能です。そうとなればとれる手段はひとつ、テントを張ってかっきーをその中に残置し、自分が電波の届くところまで出てレスキューを要請するしかありません。暗くなるとヘリが飛べなくなるので、急がなければ。

まずはルンゼの対岸の高台になったところにテントを張り、かっきーに肩を貸して時間をかけてここに収容。かっきーの装備一式に加え、下降スピードを確保するために自分の装備も大半をテント内に押し込んでから、かっきーと別れて下山を開始しました。

本谷まで出れば電波が通じるかと期待しながら下ったのですが、本谷に降り立つところで小さな段差を下ろうとしたときにプチ岩雪崩を起こし、あたりに焦げ臭い匂いが立ち込めました。危ない、ここで自分も行動不能になっては何にもなりません。気をつけよう。

本谷に降り立っても電波は通じず、さらに下降を続けることにしました。登りのときの記憶が残っているためにラインどりを迷わなかったことでそこそこスピーディーに下ることができ、林道終点の下に到着したのはまだ十分明るい時間帯。河原からではまだ電波が届きませんでしたが、斜面の途中まで上がってみるとかろうじてアンテナが立っており、ここで消防に第一報。まだ電波の状態が安定していないためにこの電話は途中で切れてしまったのですが、さらに少し登ったときに折り返しかかってきた消防防災航空隊からの電話は安定しており、かっきーの状況と位置を伝えることができました。

林道に上がって身につけている装備をザックにしまい、同時にかっきーと私の共通の知人であるエフさんに事後対応への協力依頼の電話をしているところへ、早くもヘリがやってきました。尾白川を下流から上流に向かって進入してきた防災ヘリは、何度か旋回したのちに谷の中へと高度を下げてゆき、その姿がすっぽり隠れて見えなくなってしばらくしてから、再び高度を上げて飛び去りました。

レスキュー隊員を下ろしたのかな?しかしヘリが一向に戻ってこないのは、この日の収容は諦めたのかな?と不思議に思いながら暗くなりつつある林道を歩いて下山を続けていると、今度は警察からの電話。消防に対して話した内容とほぼ同じことを伝えた後に「登山届は出していますか?」と聞かれましたが、谷川岳での痛い教訓があるので胸を張って「Compassで出してあります」と答えることができました。そして、この会話の中でかっきーが既に山梨県立中央病院に運ばれていることを知りました。なんという早業!消防防災航空隊の皆さま、ありがとうございました。

警察からの二度の電話聴取と、かっきーのスキー仲間であるケイ氏との連絡調整をこなし、おまけに錦滝の前にテントを張って(おそらく)宴会をしていたと思しきパーティーの方と話し込んだりしているうちにあたりはとっぷりと暮れ、ヘッ電下山となりました。

矢立石を過ぎてゲートまで下ると、そこにはかっきーの車がぽつんと主人を待っています。この車の回収は明日、かっきーのスキー仲間に任せることにして、自分は下山の途中で呼んであったタクシーに乗って、かっきーが運び込まれた病院へと向かいました。

その後の状況ですが、山梨県立中央病院で救急措置を受けたかっきーは、翌日にスキー仲間たちの尽力によって横浜市の自宅まで戻ったものの、身動きができないために地元の病院であらためて診察を受けたところ、右足の付け根(骨盤の寛骨臼)と腓骨の骨折に加えて足首の捻挫などもあり、退院まで四週間を要するとのこと。個室しか空いていないために立派な個室に入れられてしまい「このままでは破産だ」とかっきーは嘆いていましたが、冬季クライミングでの貴重な相方を失った私も半ば茫然自失です。頼むから来シーズンは復帰してくれ!と願うものの、家族や職場からは「もう山はやめろ」ときつい風当たりがあり、彼自身も今までになく落ち込んでいます。うーん。

滑落の原因は、今となってははっきりわかりません。上述の通り木の折れる音がしているので、登るために手をかけた木が折れてバランスを崩したか、バランスを崩したときに身体を支えようとした木が折れて止まらなかったかのいずれかですが、どちらにしても、この草付き斜面は重荷で登り切るには悪いところがあり、それなら最初からロープを出して氷のルンゼを直登した方が安全だったということになりそうです。

しかし、後から冷静になって考えてみると、幸運の神様は我々を見守ってくれていたようにも思います。かっきーのアックスが枯れ枝に引っ掛からず、そのまま河原まで落ちていたら、そこにごろごろしている岩に激突して重大な結果をもたらしたことでしょう。さらに悪いシナリオは、落ちてきたかっきーが私に当たり、二人もろとも落とされてしまうこと。こうなってはパーティー全滅必至です。事故の直後は「moto.p氏が『来るな』と言っているのか?」と話し合ったりもしたのですが、もしかすると彼が守護霊になって事故のダメージを最小限にしてくれたのかもしれません。

とは言っても、これでも十分に大きなダメージですが……。

消防防災航空隊にかっきーの位置を伝えるにあたっては、テントを離れる前にジオグラフィカで現在地を示してスクリーンショットを撮っておいたことが役立ちました。

鞍掛沢に入って20分ほどの標高1,410m

という登山者目線の情報ではなく

北緯xxxxxx東経xxxxxx

と伝えられたことで、ヘリがピンポイントでテントの上空に達することができたようです。

後日のかっきーの言によると、テントに入ってまどろんでいるとヘリのバリバリというローター音が聞こえだし、やがて樹木を突っ切ってレスキュー隊員が降りてきて、同じように枝をかき分けながら引き上げてくれたとのこと。冬枯れだったおかげでテントの黄色も上からよく見えていたそうですが、あと30分遅かったら暗さのためにこの日の収容は無理だったかもしれません。GPS様々です。

なお、残置したテントと装備類は、後日セキネくんの力を借りて無事に回収できました