入川真ノ沢

概要:初日は川又から川又十文字峠線を辿って柳小屋まで。二日目、柳小屋から真ノ沢に入り、荒川源流点標識に達して甲武信小屋前に幕営。最終日は千曲川源流遊歩道を経て、毛木平へ下る。

日程:2018/10/06-08

山頂:甲武信ヶ岳2,475m

分類:関東周辺 / 沢登り

同行:---

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真ノ沢最大の二段35m千丈ノ滝。上の画像をクリックすると、真ノ沢の遡行の概要が見られます。(2018/10/07撮影)
少々奮闘的になった不動ノ滝。癒し渓の中のよいスパイスになりました。(2018/10/07撮影)
荒川源流点標識。ここで沢から離れ、登山道を甲武信小屋へ。(2018/10/07撮影)

本稿での滝の同定は、主に『東京起点沢登りルート120』(山と渓谷社)の記述を参照しています。

体育の日の三連休は東北の沢で紅葉狩り……と考えていましたが、日本海を通過する台風25号の影響で北の方は雨模様。そこでプランを変更し、荒川源流の入川真ノ沢に入ることにしました。秩父湖で将監峠からの大洞川を、湖の西で水晶山からの滝川をそれぞれ分けてさらに西進し、豊かな原生林の中を甲武信ヶ岳へと詰め上がるこの沢は、東京新聞発行時代の『岳人』が最後に選定した「岳人100ルート」にも選ばれた名渓。急げば一泊二日行程ですが、奥秩父北面の穏やかな森林美と渓相を満喫するため、今回はあえての二泊三日行程です。

2018/10/06

■09:45 川又 ■10:15 入川渓流観光釣場 ■11:20-40 赤沢谷出合 ■14:45 柳小屋

公共交通機関でのアクセスが悪くないのも、この沢のうれしいところ。西武秩父駅でバス停に並んだ客の大半は三峯神社行きのバスに消え、中津川行きのバスに乗ったのは山装備の4組9人。うち4人は途中で降り、私を含む残りの全員が川又で降りました。

川又バス停から車道を少し進んで入川林道に入ると、道の左下に入川を見下ろすことができます。濁って水勢の強いその様子に少々びびりながら、夕暮キャンプ場や入川渓流観光釣場(駐車場あり)の前を通り、ゲートを過ぎてさらに進んだところで、今度は入川林道から左に分かれる「登山道 川又十文字峠線」に入りました。

ここは戦後〜昭和45年頃まで森林軌道が走っていたところで、つまりはこのあたりの広葉樹林は二次林ということになるのだと思いますが、残されているレールは赤沢谷出合の近くまで概ね往時の姿をとどめていました。時間にゆとりがあれば赤沢谷出合から入渓するのもよいプランだそうですが、今日はそのゆとりを生かして夕食のメニューを豊かにすべく荷物を重くしているため、おとなしく登山道を辿ることにしました。

赤沢谷出合から吊り橋を渡って尾根の上へぐっと高度を上げたあと、山腹を等高線に沿って水平に進むこの道は、一般的な登山道よりは狭いものの沢屋や釣り師には公道並みの整備具合。途中で一人だけ、反対方向から来たトレイルランナーとすれ違ったほかは、誰もいない静かな道でした。ただし、道筋が崩れたり倒木がかぶさっているところもあってところどころで足が止まります。特に倒木は青々とした葉がついた状態でしたから、おそらく一週間前に関東地方に強風をもたらした台風24号によるものでしょう。

やがて道が川筋に向かって降りてゆくと、その先に現れたのがきれいなログハウス風の柳小屋です。まだ早い時刻ですが、今日はここまで。

小屋の中は驚くほど綺麗で、しかもストーブや薪のありかには懇切丁寧なメッセージが残されており、こまめに管理されていることがわかります。柱に掛かっている時計が動いていて、完全に正しい時刻を示していたことにも感心しました。

明日の朝ここを出るときにはチリひとつ残してはいけないな、と思いながらザックを下ろして落ち着くと、小屋の前の丸太椅子に腰掛け、目の前の沢の音を聞きながら持参の日本酒でまずは乾杯。心が落ち着いて周囲の森と沢とに溶けてゆくような至福の時間を過ごしているうちに500ccのPETボトルに入れたお酒がなくなってしまい、しからば食事の支度でもと小屋に入ったところで、単独行の登山者が熊鈴の音をたてながら現れました。

この日、柳小屋に泊まったのは私と、私よりはそこそこ若いと思われるこの男性の二人だけ。彼は私と同じバスに乗っていたそうですが、ということは同じバス停で降りた他の人たちは別の沢に入ったのでしょうか?ともあれ、それぞれ土間で火を使って食事をすませ、18時過ぎには就寝しました。

2018/10/07

■06:15 柳小屋 ■06:35 真ノ沢入渓 ■07:20 通らず ■08:10 二段13m滝 ■09:20-30 千丈ノ滝

快適な夜を過ごして5時前に起床。股ノ沢林道を登って十文字峠を越えるという同宿者を見送ったあと、小屋の中を見回して原状回復がされていることを確認してから、こちらも出発しました。

柳小屋の目の前の吊り橋を渡って尾根をひとつ越え、下ったところが真ノ沢吊り橋。ここまでの途中に後述する真ノ沢林道の入り口があったはずですが、気がつきませんでした。そしてこの道をまっすぐ進めば十文字峠、一方、真ノ沢への入渓はこの吊り橋を渡ったところからとなります。

しばらくは普通の河原状ですが、やがて前方に狭隘部が現れました。滝と釜を連ねてぐらぐらと冷たく煮え繰り返っているここが「通らず」で、この水勢では近づくことも困難。しかし左岸に巻道があり、容易にかわすことができます。

楽しい小滝をいくつか越えた先に、滑り台状の滝が現れました。これ自体は右からでも左からでも越えられそうですが、奥に見えている二段13m滝を越えるラインがそこにあるかどうか確信が持てなかったので、滑り台状の滝の左からまとめて巻くことにしました(後で調べたところでは滑り台状の滝の上に出てからでも左に巻き上がれる模様)。高さを稼ぐにつれ二段13m滝の全貌が見えてきましたが、二段とはいっても上段はごく小さく、むしろその上に直角に入ってくる6m滝と一体の滝として見た方がよいようにも思えます。ともあれ、あまり追い上げられないよう二段滝の落ち口に向かって斜めに下ってみたところ、6m滝の右壁が登れそうですし、そこに取り付くために横断しなければならない二段滝の落ち口も水深がごく浅く、水流に足をとられる心配もなさそう。よって二段滝の上に降り立って沢筋に復帰し、6m滝を越えました。そこから1時間もかからずに武信白岩沢の出合に到着し、ここを左に進むとすぐに現れるのが千丈ノ滝です。

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二段35mで堂々たる水量を落とす豪爆!かなりの威圧感がありますが、右の壁に斜めのバンドが際どく続いていて、下段だけならこれを使って上へ抜けられるかもしれません。しかし、上段の方はほとんど垂直に水を落としていて取り付く島がなさそうですから、ここはセオリー通り高巻くしかありません。

いったん武信白岩沢の出合の少し下流に戻ってから右岸の斜面を登ってゆくと、ピンクテープを伴うはっきりした道に乗り上がることができました。これが真ノ沢林道で、柳小屋の近くから真ノ沢右岸の尾根を登ってきた後、千丈ノ滝の上で左岸に渡ってさらに高度を上げ、三宝沢の源流部を回り込んで甲武信ヶ岳直下に出る古道です。廃道となった今でも、この林道を歩くこと自体を目的とする登山者を少なからず迎えているようですが、少なくとも千丈ノ滝より下の部分は歩行に支障がありません。難なく千丈ノ滝の上に出て、やがて沢筋は開けたゴーロ状。行く手には稜線が見え、また右の樹林の中には幕営に適した苔と草の平坦地が広がっています。実はこのゴーロは、2012年の台風で木賊沢から押し出されてきたもので、そのまま不用意に進むと木賊沢に入ってしまうので要注意。右手の樹林帯の中に流れが見えたら、それが真ノ沢です。

■10:30 木賊沢出合 ■12:20 不動ノ滝 ■12:40 三宝沢出合 ■15:00-05 荒川源流点標識 ■15:35 甲武信小屋

木賊沢を左に分けて真ノ沢に入ると、しばらくは樹林の中の穏やかな清流という感じでしたが、やがて両岸が狭まり滝が連続するようになってきます。

次々に現れる滝はどれも存在感がありますが、必ず左右どちらかに登路があって容易。

標高1,750mの二俣を右に入ると綺麗なナメが登場しました。見た目はつるつるですがフリクションはよく効き、実に気持ちよく足を進めることができます。そして、そのナメの斜面のどんづまりに逆走の多段滝が登場しました。トポには単に「10mナメ滝」と記載されていますが、これがおそらく不動ノ滝でしょう。豊富な水量を落としていて一見直登は困難そうですが、見れば落ち口のすぐ左下に弱点がありそうです。

乱雑に石が積み重なったようなポイントを目指して数段登り、どうやら抜けられるラインがありそうだと見切ってから、この沢唯一の本気モード開始。まず最初の段差は右手のジャミングで身体を止めてボディフリクション全開でずり上がり、ついで顕著な四角い岩の上に足を飛ばして乗り上がると、その上のフレアしたクラックの上に出口が見つかりました。ただし重荷のままではダイナミックなムーブを起こせないので、先にザックを上に押し上げて空身になってから、ハイステップを駆使して大胆にゴールイン。終わってみればボルダーグレードでせいぜい7級くらいですが、この高さで失敗すればただではすまないところが本チャンならではで、少々アドレナリンの力を借りました。

地味な三宝沢出合と両門の二俣になっている駒鳥ノ滝とを過ぎると、素晴らしいナメの急斜面になりましたが、あいにくなことに倒木が重なって荒れた感じ。この後は厳しい倒木との戦いが繰り広げられることになります。

関門のような5m滝は右壁の薄いバンドを使って小さく巻くことができそうでしたが、荷物の重さを考慮して自重し、下流側に向かって斜上し大きく高巻くラインを選びました。最後に10m滝らしい滝が登場しましたが、倒木にすっかり覆われてもう何が何やら。仕方なく左壁から抜けて、これで滝場は終わりです。

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ほとんど唐突と言っていいタイミングで、奥の二俣に到着しました。荒川源流点はもっと標高が高いところにあるのだと思い込んでいたために少々混乱しましたが、立派な標識を見る限り、標高2,220mのこの場所がどうやら遡行終了点になるようです。水流はまだ上に続いていますが、覗いてみるとやはりこの奥にも倒木が複雑に積み重なっており、遡行を継続する意欲は湧きませんでした。

荒川源流点標識から登山道に導かれて着いた甲武信小屋は、30年前のゴールデンウイークに泊まったときとほとんど変わらない姿でそこに建っていました。14時までにここに着いていたらそのまま下山しようと思っていましたが、時刻は15時を回っており、倒木との奮闘で疲労していたこともあって、ためらわずに受付でテント泊を申し込みました。

先生らしき大人に引率された高校生の団体がいたためにテント場は満員御礼。それでも一角に狭いスペースを見つけてテントを張り、荷物を中に放り込むとこの日の仕事は終了です。小屋の裏手の夕日が見える場所まで上がって缶チューハイでしばしまったりしましたが、どうせまったりするなら山頂まで足を伸ばすか……と考えを改めました。

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おかげで素晴らしい夕景色に出会えてラッキー。金峰山の向こうに夕日が金色の光を振りまきながら沈もうとしており、視界の左端には雲に半ば姿を隠した富士山、右手の方には美しい雲海が広がり、絶景と言ってよいでしょう。やがて南の方から立ち昇ってきた雲が周囲を覆い隠したのですが、ぎりぎりのタイミングで最高の展望に恵まれたことに満足し、テントに戻りました。

2018/10/08

■05:00 甲武信小屋 ■05:20-45 甲武信ヶ岳

3時40分起床。そそくさとカップ焼きそばの朝食をとり、テントを畳んで出発です。この日はほぼ下り一方の登山道を下山するだけですが、その前に甲武信ヶ岳を越えなければなりません。

山頂標識の手前、初めて岩場が出てくるところが御来光を拝む展望ポイントになると昨日のうちに他の登山者から教えてもらっていたので、少々肌寒い空気の中そこに陣取って日の出を待ちましたが、残念ながらこの日は雲が一帯を覆い、展望は諦めざるを得ませんでした。

この日の下山ルートは、いったん国師ヶ岳方向に短く縦走してから北に下り、千曲川・信濃川水源地標を経て毛木平へと下る4時間行程です。

■06:05 分岐点 ■06:30 千曲川・信濃川水源地標 ■09:10 毛木平 ■10:00 梓山

甲武信ヶ岳からひとしきり下ってからほぼ水平な縦走路を進み、コメツガやトウヒに囲まれた広場に着けばそこが千曲川源流への分岐点。

わずかな下りで千曲川・信濃川水源地標に達しましたが、ここもさらに上流から水が流れてきているために、源頭という感じがあまりしません。

あとは沢沿いの登山道をひたすら下るだけ。下界に着くまでに30人くらいはすれ違いましたから、この道はずいぶんポピュラーなコースであるようです。秋の気配が漂う樹林の中を緩やかに高度を下げ続けて毛木平に到着しましたが、バス停のある梓山までは、収穫期を迎えた高原野菜の畑の中をさらに1時間弱歩かなければなりませんでした。

真ノ沢は多くの楽しめる滝を持ち、それでいて技術的な困難はほとんど伴わない、優しい沢でした。途中の幕営適地は、通らずを越えた少し先の右岸、木賊沢出合あたり、標高1,750mの二俣周辺などで、それらの場所で焚火を囲みながらキャンプをすればさらに充実した沢旅になりそうです。上流では倒木との際限ない格闘に消耗させられますが、これも奥秩父ならではの苔むす美しい林床に恵まれた豊かな森林のもたらす自然の相であると思えば、受け入れなければならないでしょう。日頃から荒川水系の恩恵を水道水というかたちで蒙っている東京都民としては、荒川源流に詣でられるというのもポイントが高いところ。正しくラインを読める自信があるならロープやハーネスも無用。積極的に水に入る場面もありませんから、11月までは十分に遡行可能です。わらじ納めにオススメの一本としておきます。

なお、三宝沢出合と駒鳥ノ滝の関係について一言。

両門姿のこの滝の左側は駒鳥ノ滝と呼ばれますが、ここを三宝沢出合とするネット上の記録が多く、その根拠になっているのは『日本登山体系』の概念図や『奥秩父・両神の谷100ルート』(山と渓谷社)の記述だと思われます。しかし、今回の遡行では二俣ごとにGPSで表示される現在位置をキャプチャしていたのですが、駒鳥ノ滝に達したときにGPSが示していたのは、標高1,930mの二俣でした。

よって本稿では、駒鳥ノ滝は三宝沢出合ではなく、その上の二俣にあるものとして記述しています。