能取岬の氷瀑群

概要:アルパインガイド保科雅則氏の保科クライミングスクールのツアーで、能取岬の氷瀑群でアイスクライミング。

日程:2018/02/09-13

山頂:---

分類:北海道 / 保科雅則ガイド

同行:---

実質初日、オオワシの滝とハヤブサの滝。(2018/02/10撮影)
二日目、クジラの滝とオジロの滝。(2018/02/11撮影)
三日目、オノコ。(2018/02/12撮影)
四日目、メノコ。(2018/02/13撮影)

2018/02/09

フリークライミングをしていれば「いつかはヨセミテ」、そしてアイスクライミングをしていれば「いつかはバンフ」……と誰しも思うものですが、カナダまで行かずともまずは北海道が控えています。そんなわけで、昨年の夏にヨセミテでお世話になった保科雅則ガイドのツアーで、建国記念日の三連休に前後一日ずつの休みをつけた豪華五連休を使い、網走の西にある能取岬のとろみさきの氷瀑群を登ることになりました。

出発は金曜日の午後、羽田空港発のエア・ドゥ機で女満別空港へ。さらにレンタカーで網走市内に入り、網走ロイヤルホテルに投宿しました。

2018/02/10

■09:00-16:30 能取岬の氷瀑群

能取岬は網走市内からオホーツク海の海岸沿いに北北西へ車で20分ほどの位置にあり、その突端には灯台もありますが、アイスクライミングの対象となる氷瀑はその1km手前の東側の海に面した崖に平行して何本も落ちている水流(沢または浸み出し)が凍ったものです。

美岬キャンプ場の手前の路肩(といっても、除雪された道の脇が部分的に雪かきされて広がった場所)に車を駐めて装備一式を背負い、スノーシューツアーのおかげで踏み固められているトレースを辿って樹林の台地の中を海岸方面へ。

鞍部から海岸に向かって緩やかに下る斜めのトレースを下ってゆくと、オホーツク海に面した海岸に出ました。氷瀑はこの南にも北にも存在しますが、この日はまず北に向かうこととなりました。

最初に出会うのが「クジラの滝」ですが、こちらは先客あり。さらに海岸を進んで小さな突端状を回り込むと「オジロの滝」ですが、こちらも団体がこれから登ろうとしているところだったので、もっと北へ向かうことにしました。

オオワシの滝
ようやく見つけた安住の地は、この「オオワシの滝」です。その名は科学忍者隊に由来があるわけではなく(古い……)、隣の「オジロの滝」と同様に、この辺りに生息し盛んに上空を飛ぶワシの姿から連想されたもののようです。実際、この日から帰る日までの間、クライミング中の我々を見下ろしつつ風切羽の音をたてながら空を横切るワシの姿を何度も見かけることになりました。
ガイドツアーなので安全最優先ですから、ここは保科ガイドがTRを張って下さって、右側の緩やかなラインと左側のやや立ったラインを登りました。高さはトポによれば35mですが、下部は雪に埋まっていたのでそこまではなさそう。驚いたことに氷は柔らかく、アックスが実によく決まります。
北海道と言えば極寒で氷もガチガチに硬いのだろうと思い込んでいたのですが、考えてみればここは海抜ゼロメートルで日当たりも良好です。このツアー最初の滝を気分よく上まで抜けてから、次の滝に移りました。
ハヤブサの滝
一連の氷瀑群の北端にあるのが、この「ハヤブサの滝」です。台座部分を含めて高さ20mの氷柱状で、どこのマンホール?と思うくらいザーザーと水が流れる音が滝の裏や氷の下から響いていましたが、氷自体はしっかりしていました。
ここは右から正面に回り込むライン、左端を登るライン、正面の浅い凹角を登るラインと三本のラインをTRで登りました。こちらも快適そのもの、自分の腕が上がったのではないかと錯覚しそうです。

いつの間にかいい時間になっており、他のクライマーたちも皆引き上げた様子です。この日は以上の二本で終了とし、元来た道を帰路につきました。

2018/02/11

■08:15-16:10 能取岬の氷瀑群

二日目、昨日出遅れたためにタッチの差で「クジラの滝」や「オジロの滝」に登れなかったので、今日は30分早くホテルを出ました。

予報によれば、この日の天気は「雪」。本格的に降り出す前に登ってしまいたいところです。

クジラの滝
早出した甲斐があって、「クジラの滝」が空いていました。もっとも、保科ガイドが登っている間に上から別のパーティーの声が聞こえてきて、そのパーティーは落ち口から懸垂下降で下ってきたのですが、滝は二パーティーがラインを分け合うのに十分な大きさがありますので、問題ありません。1997年にクジラが打ち上げられて目印となったのでその名がついたというこの滝は、高さはおそらく30m弱。後から来たパーティーは50mロープの折り返しでは届かず、二本のロープをつないでTRとしていましたが、支点となる立木からスリングを伸ばせば一本でもいけそうです。
トポに下部10mはカリフラワー状のでこぼことあり、その「カリフラワー状」というのがどんなものなのか事前には想像がつかなかったのですが、実物を見てみれば確かにこれは納得、あるいは菊の花を連想してもいいかもしれません。しかし私は、その形状もさることながら、美しい半透明の白さに小谷元彦の《Hollow》シリーズを思い出していました。
cf.《Hollow》シリーズ
それはさておき、この滝では右からアプローチしてカリフラワーのハングを弱点を突いてかわしてから斜度のきつい正面を登るラインと、左サイドの緩やかな下部からつららの壁を突破するラインの二本を登りました。これまたどちらも面白い!この滝はぜひとも再訪問して、自力で登りたいと強く思いました。
楽しく二本登り終えたら、次なる滝を求めて北へ向かいます。
「三本柱の滝」はこのあたりでは例外的に発達が悪く氷柱が一本になっていましたが、それでもちょうど二人組が取り付こうとしているところでした。その姿を横目に見つつ海岸沿いを進みましたが、どうやら満潮時らしく、海水が崖ぎりぎりまで迫っている箇所を際どく通過しました。
オジロの滝
昨日は団体が占有していた「オジロの滝」も、今日はひとパーティーがTRを張っているだけでした。とりあえず左脇にある小さな滝で各自リード練習を二本。ここで自慢のPETZLレーザースピードライトを使用しようとしたのですが、この氷にはまるで歯が立ちませんでした。水氷ではレーザースピードライトが効かないということを話には聞いていたのですが、実際にねじ込もうとしてみると、そのコーティングのせいなのか渾身の力をこめて押し込んでもびくともしません。一方、BDのターボエクスプレスは何の問題もなく刺さってくれるのですから難しいものです。アイススクリューにもTPOがあるのだということをここで学習しました。
TRを張っていた先行パーティーと交代して「オジロの滝」のメインエリアに取り付いたときには、はっきり吹雪模様となっていました。順番を待っている間にも、岩壁の際に置いたザックがどんどん雪に埋もれてゆきます。早く登って、早く帰ろう!
ここはTRで確保されながらの擬似リードとしましたが、高さ30mはあるものの途中ところどころに小さなテラスがあり、適度にレストしながら登ることができます。しかも、やはり氷が柔らかくてアックスがよく決まるので、パンプを感じることはありませんでした。ここも、天気の良いときに背後の海を感じながらもう一度登りたいところです。

どうやらこの日の最終パーティーとなった我々は、そそくさと道路を目指しました。車を駐めてあった場所に戻ってみると、車は真っ白。待たせてすまなかったね。

ところで、この海岸でアイスクライミングをしようとすると、車の置き場に困ります。他の車が何台か路上駐車していたので我々もその間に縦列駐車したのですが、初日の滝を登り終えて車に戻ってみると「路上駐車はやめましょう」と印刷されたステッカーが残されていて、思わず顔を見合わせました。最寄りの整備された駐車場となると灯台周辺になりますが、そこまでは1kmくらいはありますので二の足を踏みます。結局今回のツアーではこの海岸への降り口近くに駐車し続けることになったのですが、ステッカーが残されたのは初日だけでした。

とはいえ、地元に迷惑をかけてはまずいので帰京してからもこれはどうしたものかと思っていたのですが、Facebook上でちょうど持ち上がったこの話題に加わってみたところ、昨年能取岬に来たクライマーは、ここから少し先(灯台寄り)にある美岬キャンプ場入り口の脇をスコップで除雪して駐車スペースを作って駐車したと教えてくれました。なるほど。

2018/02/12

■08:10-12:45 能取岬の氷瀑群

明けて三日目は、気温は低いもののこれ以上ない快晴に恵まれました。雪に覆われた白一色の海岸というのも、不思議な風情があって素敵です。今日は海岸を南に進むことになりました。

オノコ
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こちらはおそらく浸み出しが凍ってできたと思われる「オノコ」。保科ガイドが数年前に来たときはガリーの奥もしっかり凍ってそちらも登れたそうですが、今回は正面の壁だけ。真ん中、右、左と三本ラインをとれましたが、特に真ん中のラインの中間部は氷が硬い上に薄かぶりになっていて、腕力をかなり消耗します。
昨日までの滝は自分でもリードできる感触を得ましたが、ここはおそらく途中でテンションが入ることでしょう。登ったところから見下ろす海の眺めは美しく、特にこの日は流氷が海岸に近づいているのを面白く眺めましたが、三本登るともう腕が終わってしまって、午前中だけで終了となりました。

2018/02/13

■08:15-11:40 能取岬の氷瀑群

最終日。この日はますます寒く、そしてますますの快晴です。この日は連休明けの平日なので、我々の他には誰もいない、静かな海岸歩きとなりました。

昨日のオノコを過ぎ、南端にある「オコジョの滝」を偵察しましたが、見事に氷柱状に立ってはいるものの、保科ガイドの見立てでは条件がシビアそう。それよりも易しい滝をリードしましょうということになり、少し北に戻りました。

「オコジョの滝」と「オノコ」の間にある幅広で緩やかな凹部が凍った滝に踏み跡が向かっていたので、ここを目指して雪の斜面を少し上がり、滝の右手に倒木の根の広がりが作ったテラスに落ち着いて、海を見下ろしながら身繕いをしました。当初、昨日登った滝が「メノコ」で、この易しそうな滝は無名滝だと思っていたのですが、帰京してからネットで調べてみると、地元・網走山岳会のサイトで昨日の滝を「オノコ」と呼んでいたので、トポに記された各滝の位置関係からするとこの滝が「メノコ」ということになるはずです。

メノコ
トポの記述では、「メノコ」は傾斜は70〜80度で、上部が少し垂直となっているとのことですが、実際のこの滝は全体として60度くらいで、部分的に80度くらいのセクションがある感じです。このため本当にこの滝が「メノコ」なのかどうか確信が持てないのですが、滝自体は何本かのラインが引けそうで、傾斜の緩さもあって講習会向きのフレンドリーな雰囲気を醸し出していました(ただし滝の上で支点をとれそうな灌木が乏しいのが玉に瑕です)。さすがにこの傾斜ならリードすることに何の不安もありませんが、それでもつい弱点を突きそうになる山屋としての本能との葛藤を覚えつつ、右下から左上へなるべくすっきりしたラインを辿り、最後は草付きの斜面を泥臭く登って朽ちかけた灌木の根元に巻かれた残置スリングにセルフビレイをとりました。
これだけで終わってはつまらないので、保科ガイドが滝の右にTRを張ってミックスクライミングの練習をさせてくれました。いや、これは怖い。アックスの先端を岩の凹凸に合わせて引っ掛け、デリケートな足置きで登ってゆくのですが、岩から剥がされそうになる怖さと岩自体が剥がれる怖さの両方で緊張し、中間からの氷のセクションに入ったときにはTRだというのに「助かった」と思いました。

足掛け五日間のクライミングトリップは、これで終了です。この数日、日本海側は荒れ模様の天気が続いていましたが、オホーツク海に面した能取岬一帯はおおむねよい天気に恵まれ、氷瀑の発達具合も良好で、保科ガイドの指導の下、アイスクライミングを存分に楽しむことができました。今回はTR中心でしたが、次は仲間と共に訪れて片端からリードして回りたいものです。

台地上の木の枝に止まったワシに見送られながら、波の音も風の音もなく静まり返った海岸を歩いて戻りましたが、海岸を離れるときに振り返ると、氷の海の向こうには右から斜里岳、海別岳、遠音別岳、そして羅臼岳が見えていました。私が斜里岳羅臼岳に登ったのは1991年のことで、そのときは再びこれらの山を目にする機会はあるまいと思ったものですが、こうして四半世紀以上たって再びその姿に接することになろうとは、実に感無量です。

網走の自然

オホーツク海と言えば、やはり「流氷」です。シベリアからの寒気、アムール川が供給する淡水、西の浅い大陸棚といった条件の組合せがオホーツク海を凍りやすい海とし、冬の季節風と海流が流氷を短期間にオホーツク海全域に広げる仕組みが、この日本離れした景観を作っています。

初日はアイスクライミングの合間に氷の上に乗り出してみましたが、「オオワシの滝」のあたりは海が凍った状態で安定していたのに対し、そこから少し北寄りの「ハヤブサの滝」周辺では流氷が海岸近くに漂っていました。それでも、流氷を飛び石のようにしてかなり沖まで出ることができました。

三日目は早めにクライミングを切り上げて、そのまま能取岬の灯台に向かいました。ここは流氷の展望台として知られる上に、中国の映画『非誠勿擾』の舞台にもなったとかで、観光客を集めているようです。しかし……。

この風は凄い。そして、その凄い風の中を悠然とホバリングするオオワシやオジロワシはもっと凄い。

網走の食

宿泊した網走ロイヤルホテルのレストランでいただいたのは、この「モヨロ鍋」です。

網走川の河口付近はアイヌ文化に先行するオホーツク文化の担い手が住んだ地で、その遺址であるモヨロ貝塚というのもあるそうですが、モヨロ鍋はこの歴史を背景として、塩味をベースに白魚醤油を加え、オホーツク海で採れる魚のすり身をメインとした具を、モヨロ土器をイメージさせる土鍋でいただく料理です。私はご覧の通り豪華なイクラ丼とのセットをいただきましたが、鍋も丼もすこぶる美味。ついでに言うと、このホテルは浴場が広く、ビュッフェスタイルの朝食も豪勢、接客も申し分なし、しかも価格がリーズナブルでお勧めできる宿でした。次に網走に来たらリピートするかも。

もう一つ紹介するのは、「だるまや」というラーメン屋さんの「どろラーメン」です。醤油味で濃厚ながらまろやかな味わいのスープがクセになりそう。ただ、唐揚げセット980円也を頼んだら想像を超える充実度で、明らかにカロリー過多でした。体重・体脂肪率を気にする向きには、残念ながらお勧めできません。

網走の文化

「オノコ」を登って腕を終わらせたクライミング三日目の午後、保科ガイドにお願いして天都山にある北海道立北方民族博物館を訪ねました。

私の北方民族の文化への興味の原点は、子供の頃に見た東映長編アニメーション映画『太陽の王子ホルスの大冒険』だったろうと思います。

懐かしい……。この予告編の最後の方に出てくる婚礼の合唱には、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を思い起こさせる音階も出てきますね。さて、やがて金田一京助『ユーカラ』などのアイヌ関連の本を読んだり、定番の本多勝一『カナダ=エスキモー』を読んだり、はたまた後には星野道夫の写真集やエッセイに触れたりしながら細々と北への興味をつないでいたのですが、この北方民族博物館では、そうした薄皮一枚のような浅い知識をすべて吹き飛ばすほどの大量の情報に触れることができました。この博物館は、北極圏を中心とする寒帯・亜寒帯に暮らし、その気候と自然とに文化的に適応したさまざまな民族の衣食住・宗教・生業などを膨大な収蔵品と貴重な映像・写真で紹介していて、その充実度は予想を遥かに超えるものでした。

網走に訪れたなら、半日をこの博物館訪問にあてることを強くお勧めします。

網走の監獄

網走という地名はアイヌ語由来ですが、網走と言えばやはり網走刑務所に触れないわけにはいきません。網走刑務所が重要なのは、そこに健さんがいたから(いません)ではなく、網走という町の成り立ちがこの刑務所と密接に関わっているからです。

江戸時代から明治への時代の移り変わりの中で大量に生まれた国事犯や政治犯を、北海道の開拓のために使役しようと設けられた刑務所(集治監)のひとつが釧路監獄署網走囚徒外役所で、それまで人口600人強に過ぎなかった漁村・網走に、その倍の数の囚人とこれを監視する監獄職員及びその家族が住み始めることになりました。そして政府がここに囚人を集めた目的は、対ロシア国防と北海道開拓のための幹線として網走から道央の北見峠までを結ぶ中央道路の開削にありました。刑務所設置の翌年、1891年の春から冬にかけての9ヶ月間の突貫工事は働く者にも働かせる者にも過酷で、160kmの道路が完成させたときには囚人211人、看守も6人が亡くなっていたと言います。

今回訪れた「博物館網走監獄」は、網走刑務所の改修に伴い移設保存されることになった歴史的建造物の集合体。五翼放射状平屋舎房をはじめ重要文化財にも指定されているいくつもの建物を巡り歩く野外博物館となっています。

北方民族博物館と同様に、網走に来たならこの博物館も訪れないわけにはいきません。ということは、網走にクライミングに行くにしても丸々一日は博物館巡りのためにキープしなければならないということになってしまいそうです。

なお、監獄歴史館では現在の網走刑務所で被収容者が暮らす居室の様子が再現展示されていましたが、これが案外きれいで驚きました。保科ガイドはこれを見て「山小屋なんかよりよっぽどましですよ」と断言していましたが、うーん……。