塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

谷川オジカ沢

日程:2016/09/25

概要:谷川温泉から谷川本谷沿いの道を歩き、中ゴー尾根登り口の下でヒツゴー沢を分けて左手のオジカ沢に入る。オジカ沢ノ頭に出て遡行を終了し、肩の小屋から天神尾根、いわお新道を経て谷川温泉に戻る。

山頂:---

同行:かっきー

山行寸描

▲幕岩に向かって遡行する。上の画像をクリックすると、オジカ沢の遡行の概要が見られます。(2016/09/25撮影)
▲40m大滝。技術的には難しくないもののラバーソールには優しくなかった。(2016/09/25撮影)
▲100mナメ滝。もっと滝に近いところを登れたのかもしれない。(2016/09/25撮影)

◎本稿での地名の同定は主に『東北・上信越・日本アルプス 沢登り銘渓62選』(山と溪谷社 2016年)の記述を参照しています。

この週末は越後の水無川水系の沢を遡行しようと金曜日の夜に東京を出発し、土曜日の2時すぎに現地近くのコンビニの駐車場に泊まりました。しかし、5時に目を覚まして天気予報を確認したところ、その日の遅い時間帯に雨が降る可能性が無視できない確率とのこと。この1週間ずっと雨が降り続いていたことで増水していることは間違いない上にさらに雨の上乗せがあるのでは危険過ぎると判断して、あらかじめ考えていたセカンドプランである谷川岳のオジカ沢へ転進することにしました。

しばし惰眠を貪ってから、越後の国から上野の国へ移動。水上の道の駅近くに車を駐め、ラフティングできゃーきゃーと黄色い歓声を上げている若者たちを眺めながら、途中で仕入れた酒とかっきーが持参していた鍋で真っ昼間から宴会としました。

2016/09/25

△06:00 谷川温泉 → △07:00 二俣 → △12:15-45 40m大滝 → △15:45 二俣 → △19:05-20 オジカ沢ノ頭避難小屋 → △20:00 中ゴー尾根分岐 → △20:25-30 肩の小屋 → △21:20 熊穴沢避難小屋 → △22:25 二俣 → △23:35 谷川温泉

谷川温泉の登山口近くの駐車スペースは「ます釣り専用」となっていたため窮屈な路肩に駐めました(が、実は道をさらに先に進むともう少しゆったりと駐められる広場がありました)。ヒル対策としてかっきー持参の特効薬を足にこれでもかと噴霧してから出発しようとしましたが、そうこうしている間にもタイヤにヒルがよじ登ってきていて、足のない生き物が超苦手な私は早くも血の気が引いてしまいました。

谷川沿いの登山道はヒル街道。「朝っぱらからヒル」と言われるほどにヤマビルが大量生息していますが、そのことを除けばおおむね平坦でよく整備された歩きやすい道です。ヒルに取り付かれたくない我々は足早に先を急ぎ、1時間ほどで谷川本谷と中ゴー尾根方面の沢筋を分ける二俣に到着しましたが、この二俣には天神尾根の途中からいわお新道も降りてきており、予定外ながらこの日の帰路はそのいわお新道を下ってここに出ることになりました。

二俣から少し進んだところで道は中ゴー尾根の急登にかかるのですが、その右を流れ下るのがヒツゴー沢、左がオジカ沢です。いずれもヒルを恐れてこれまで手を付けていませんが、ヒツゴー沢は比較的癒し系、一方のオジカ沢はヒツゴー沢より難易度が高く足が揃わないと日帰りは厳しいのだそう。それでも残雪がない今の時期なら、いくらなんでも残業にはならないだろうとたかをくくってのんびり装備を装着し、ここから本格的な遡行を開始しました。

行く手に見えるのは、一ノ倉沢・幽ノ沢と共に谷川岳を代表する岩壁であった幕岩です。しかし幕岩は、氷柱がアイスクライミングの課題として狙われることがあるとは聞くものの、夏季のアルパインの課題としてはもはや記録を見掛けません。やがて出てきた最初の15m滝はトポでは右から登れることになっていますが、見たところ水量が多くシビアそう。最初からリポDクライミングにするわけにもいかないので左から巻くことにしました。しかし草付の登りは急で不安定だしDルンゼの横断はぬるぬるで滑るしで、いきなり時間を使ってしまいます。早くも前途多難の予感がしてきました。

続く6m滝は水流の右から1段上がり、水流を渡って左の丸いカンテ状を登ったところに残置ピン。そこから左へ水平の草付バンドが伸びていて、そのどん詰まりから脆い土壁を微妙に乗り越せば滝の上に出ることができました。連続する4m滝は右から問題なく越え、しばらく易しい小滝群を進んだ先に出てきた5m滝は左(右岸)からトラバース(越えてみると右(左岸)に残置スリングがありました)。

その先に出てきたのが前方右奥から豊富な水を落としてくるねじれの滝で、トポには8m+8mと書かれていますが実物はもっと立派です。ここはおそらく右壁を手前寄りから登っていけばスムーズだったと思うのですが、それは上から見下ろしてみての結果論で、見た目には左から巻き上がって正面の草付斜面を横断するのが素直なラインに思えます。よってここでも判断にはさして時間をかけずに高巻きにかかったのですが、高度感のあるトラバースはやはり危険があり、支点を得るために灌木を目指しているうちに思ったよりも高い位置に追い上げられてしまいました。しかし、だいたいこうしたところには先人の痕跡があるもので、我々が灌木帯に逃げ込んだところには残置スリングが木に巻かれており、そこから上流側へ60mロープ1本での斜め懸垂で回り込むことにしました。

ところがここで思いがけないトラブル発生。ロープを回収しようと引いたところスタックしており、いくら力をかけても動いてくれません。スタックを解消するために緩やかな手前の斜面からロープを掛けたスリングの場所に登り返そうとした私は途中で行き詰まり(恥)、仕方なく私がクライムダウンしている間にかっきーがロープ伝いにトラバース〜登り返しをする始末となって、ここで30分余りも時間を浪費してしまいました。

行動食を口にして一息ついてから遡行を再開するとすぐに広河原と呼ばれる開放感のある地形になって、ここは歩いていても気分の良いところでした。この後、右から枝沢が入るところにある10m滝を左から巻くと谷はV字がきつくなり、次に出てくるトイ状の滝もそのまま左から巻こうとしましたがそれでは沢筋にスムーズに戻れない可能性がありそうなので、かっきーは左の濡れた壁の微妙なトラバースに挑戦しました。途中カムやハーケンを使って少々奮闘系になりましたがそれでもどうにか落ち口の高さより上に出ることなくこの滝を越え、続く二つの滝を右壁から難なく登ると、目の前に左上からどうどうと水を落とす40m大滝が聳えていました。

滑り台のような形で豊富な水を落としているこの40m大滝をじっくり観察したところ、出だしは水の中を頑張って登って右のテラス状に上がり、さらに2mほどスラブを登ってもう1段上のテラスに達すれば、そこから先は細い水流が走っているだけの階段状である模様。ここは私のリードで行かせてもらうことにして、しばし呼吸を整えてから水の中へ踏み出しました。

出だしは水の中のカンテ状に手掛かり足掛かりを求めて5mほど登り、予定通り右のテラスに到達。ここでハーケンを打ってランナーをとろうとしましたが意外に適当なリスがなく、ナイフブレードを1枚飛ばしてしまったところでここでのランナーは諦め、目の前のスラブの外傾した細かいスタンスをたわしでごしごし磨いてからもう1段登りました。ところがこのラインの水は温泉が混じっているのか妙に生暖かく、そのせいもあって階段状と思えたところはぬるぬるです。実はこの日ラバーソールの沢靴を初めて使っていたのですが、白く乾いた石なら抜群のフリクションなのに少しでも黒光りしている石だと一気に滑るという体験を繰り返してシューズの性能が信じられなくなっていた私はまるでスピードを上げられなくなっており、この先のヌメった階段も一苦労。技術的には何の問題もないのに、一歩一歩摩擦を確かめ、ところどころでたわしを繰り出すという泥臭いクライミングで、やっとの思いで上に抜けることができました。

40m大滝の上には間髪入れずに60mチムニー滝が豪快に聳え立っています。「リード代わる?」「岩は乾いてるで」「……」といったやりとりがあって、引き続き私のリードになりました。

かっきーの言葉の通り、右壁は乾いていて階段状。出だしをちょっとボルダーチックに登って1段上がってからいったん手前へ戻るようにして上の段に登れば、後は問題になるところもなく中間の残置ピンまで達することができました。そこから先は水流に近づいて落ち口へ抜けるラインもあるようなのですが、壁が立ってくる上にこの水量では剣呑なので早めに右上のブッシュに逃げ込むことにしました。しかしこのブッシュも存外手強く、ここで体力と時間を無駄に使ってしまいました。

落ち口に出たところから先を見ると、本流は狭い谷筋の底にCS滝を一つ置いて奥に右から落ちる滝が待ち構えており、水流通しに行くのはシビアそう。一方、すぐ目の前には右から斜めに支流が入っており、本流と支流の間の壁を登れば両者の間の尾根筋を伝ってから本流に戻ることは容易に思われました。ところがそのつもりで尾根筋を辿ってみたものの、本流はその後細くえぐれて急な滝を連ねており、なかなか戻ることができません。途中2m弱飛び降りれば沢筋に戻れそうなところもありましたが、膝を傷めている私はこのプランを却下。降りるなら懸垂で……と思ったところ前方にもう少し藪を漕いで行けば本流のナメ滝の途中に出られそうな地形が見えました。このため藪漕ぎを継続した後に左へ降りるルンゼを下って本流に帰還し、その後に出てくるいくつかの小滝を何ということもなく通過したところ、今度は巨大な100mナメ滝が現れました。トポによればここは左壁が快適に登れるという話でしたが、前衛滝の逆層の壁を回避するために左の草付の斜面に入って高さを上げていくと、細いルンゼに引き寄せられて滝から遠ざかってしまいました。

これではイカンと途中で軌道修正し、滝の左側の付かず離れずの岩場を選んで高度を稼ぎましたが、ここも他の記録を見る限りは極力水流の脇を狙うのが良かったようです。この日の水量(と飛沫を浴びた岩の状態)でそれが正解だったかどうかはわかりませんが、ともかく最後は藪を漕いで100mナメ滝の落ち口にぴったり出たところ、そこには登れそうにない8m滝があってせっかく藪から抜け出したのにまた右岸の笹薮に突っ込むことになりました。

二つ三つの滝を左からトラバースして巻いてから、かっきーの20m補助ロープでの懸垂下降2連発で沢に戻るとそこは上流の二俣。ゴールは近づいてきましたが、どうやら残業必至の情勢になってきました。せめて明るいうちに稜線に抜けなければ……と考えつつ二俣を左に入り、すぐに右の尾根筋に上がりましたが、後から思えばこれは判断ミスだったかもしれません。尾根に上がったのは沢筋の先に見えている15m滝が急峻にえぐれているように見えたためでしたが、実はその滝の右壁を登ることができたようで、その方がはるかに早かったはず。予習不足だった我々は尾根の上に突き出した岩の上に出て歩きやすくなったことでこのラインが正解だと思ったのですが、その歩きやすさは長くは続かず再び笹薮に潜り込むことになります。

スピードアップのためのチャンスをもう一つ逃したのは、先ほどの15m滝を越えたあたりで沢に戻るという選択をしなかったことです。沢の斜度が意外に急であること、ヌメっていて私のラバーソールではスピードが上がりそうにないと思えたことなど判断の要素はいろいろありましたが、まだずいぶん高度差がある稜線までひたすら笹薮との力比べを続けるのはなかなか厳しく、時間と体力がどんどん消費されていきました。相互の位置を確認するために時折ホイッスルを鳴らし合いながらもお互い自己責任での藪漕ぎを続けるうちに徐々に夜の帳が降りてきましたが、暗くなりきる前にヘッドランプをヘルメットに装着すると共に目的地であるオジカ沢ノ頭の方角を確認したところ、幸いそこまでのルート上に危険な地形はなさそうなので安堵しました。

引き続き藪漕ぎを続けてほぼ真っ暗になった頃に思いがけず左下にいたかっきーから声が掛かり、いったん沢筋に降りて水を汲むようにとの指示を受けました。笹の背丈が腰まで下がってきてはいるものの肩の小屋までまだ相当時間がかかることを思えば、確かにここで水を補給しないわけにはいきません。

細くなった沢筋にはまだ豊富に水が流れていましたが、水を汲んで登り始めるとほんの少しで涸れ沢になり、やがて笹薮と草付がミックスした斜面の登りとなりました。前方にはかっきーのヘッドランプがゆらゆらと動き続けており、振り返れば背後には水上方面の夜景がきれいです。

ひたすら登り続けてやっとオジカ沢ノ頭の避難小屋に登り着き、どうやら無事に遡行終了となりました。ここには1999年に泊まったことがありますが、こういうかたちで再訪問することになろうとはそのときは想像もしていませんでした。ともあれここでギアをリュックサックに入れ、軽食を口にしてから今度は下山のための長い行動を始めることになります。一気に歩きやすくなった登山道をひたすら歩いての最初のポイントは中ゴー尾根分岐ですが、夜間の中ゴー尾根下降は危険だろうと判断して肩の小屋まで登ってから天神尾根経由でいわお新道を下ることにしました。

肩の小屋では我々のヘッドランプに早くから気付いていたようで、小屋のご主人らしき男性が出てきて、オジカ沢の遡行者は例年ごくわずかであること、中ゴー尾根はそれほど荒れているわけではないことなど、いろいろ話をしていただきました。よっこらしょと腰を上げてからしばらくの天神尾根の下りは慣れているものの、途中から分岐するいわお新道は初めてなので最初は一抹の不安を覚えていましたが、実際に歩いてみると下りやすい土の斜面の登山道で急坂もほとんどなく、ストレスなしに谷川本谷まで降りることができました。

日付が変わる前に車に戻り、そのままの格好で下界のコンビニの駐車場に直行。明るい光の下で真っ先にしたのはヒルの確認ですが、やはり数匹が足に吸い付いており、1匹見つけるごとにきゃーきゃーと黄色い悲鳴を上げてはこれでもかとかっきー薬を噴霧しました。そんなこんなの末に、かっきーに送ってもらって私が帰宅したのは午前4時半で、かっきーは6時帰宅だったそうです。かっきーの方はあらかじめ会社に月曜日の午前休を届け出ていたのですが、私はまさかこんなことになるとは予想しておらず、仕方なく1時間ほどの仮眠の後に普段通り8時55分には出社しました。

今回これほどの残業山行になった原因は、水量の多さによる登攀ラインの制約、ラバーソールに不慣れな自分のスピードダウン、懸垂下降でのロープスタックなど諸々の要素の積み重ねがありましたが、それでも最後の藪漕ぎでもっと早く沢筋に回帰していれば1時間くらいは早く稜線に出られただろうと思います。この記録を整理しながら山友ひろた氏と現場監督氏の遡行記録を再読してみても、やはり極力水線通しに進むことが遡行速度に寄与するという沢登りのセオリーのようなものに思い至りました。よって「あそこで巻かずに沢通しに行っていれば」とか「あそこで無理にでも水流に戻っていれば」といった後悔があることはあるのですが、基本的な部分で自分のメンタルとフィジカルの両面の力不足がかっきーの足を引っ張ったことは紛れもない事実です。申し訳なし。

ただ、申し訳ないながらも自分勝手な感想を言えば、今回の遡行は楽しいものでした。日帰りサイズとは言えスケールの大きな沢に終日どっぷり浸かり、その中で見栄えのする大滝を登らせてもらいましたし、夜間登高になって「もしかして自分たち、大変なことになっているかもしれないな」と思いつつも悲壮感に包まれることもなく、最後はまだあと数時間歩き続けられる程度の余力を残した状態で無事に下山できたのですから。

もちろん会心の遡行とは言い難いものの、沢との勝負で負けたわけではないというのが偽らざる心境です。