塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

赤岳天狗尾根

日程:2015/12/19-20

概要:土曜日に出合小屋に荷物を置き地獄谷の結氷状態を偵察。その結果アイスクライミングは諦めて天狗尾根登攀に切り替え、日曜日に天狗尾根を登ってツルネ東稜を下りそのまま下山。

山頂:---

同行:かっきー

山行寸描

▲登山道から眺める小天狗と大天狗、彼方に富士山。上の画像をクリックすると、天狗尾根の登攀の概要が見られます。(2015/12/20撮影)
▲ツルネ方向から振り返った赤岳。右のギザギザのスカイラインが天狗尾根。(2015/12/20撮影)

今年の冬はこれまでにないほどの暖冬で、どの山も雪の便りは遅く、谷筋に氷も発達していません。そのため、私の手持ちの辞書ではこういうことになっていました。

アイスクライマー〔あいす・くらいまー〕【ice climber】
[名]主に北半球の中緯度以上の地域に分布し、冬の谷筋に棲息する生物。前足と後足に顕著な爪を持ち、その爪を氷に打ち込んで凍った滝を登る習性がある。寒波を好み、南岸低気圧に弱い。暖冬時には個体数が激減するが、ごくまれに、氷を求めてカナダへ渡るものもある。絶滅危惧種。

さて、かっきーと私も今年の冬はまず甲斐駒ヶ岳の黄蓮谷に入ることを考えていたのですが、例年なら12月初旬には登れるはずの黄蓮谷が一向に凍りません。FacebookのIce Climbing Freakで情報収集に努めても色よい話は皆無。それなら……というのは不謹慎なのですが、かっきーの友達で2009年12月に赤岳天狗尾根の大天狗で遭難した「たかやん」の追悼山行として八ヶ岳東面に入ることにしました。もちろん、できることならアイスクライミングで天狗沢左俣を登ろうとギア一式をリュックサックに詰め、その重さは25kgほどにもなったのですが……。

2015/12/19

△10:25 美しの森 → △12:25 出合小屋 → △13:25-15:35 地獄沢偵察

毎度のごとく朝6時に高尾駅集合。甲府盆地に入ったあたりでピンク色に染まる南アルプスを正面に眺めましたが、さすがに白峰三山は雪をかぶっているものの鳳凰三山は真っ黒でした。雪が少ないとは聞いていましたがこれほどとは。

美しの森の駐車場にもまったくと言っていいほど雪はなく、ここは一体どこ?という感じです。

何度も通った出合小屋までの道も土がむき出しで、おかげで歩きははかどりましたが冬山らしさが全くありません。それでも堰堤地帯に入って行く手に権現岳や旭岳を仰ぎ見るようになると、それなりにモチベーションが上がってきました。

……と思ったのも束の間、出合小屋の前で行き合った単独の登山者からバッド・ニュースを聞かされました。彼はどうやら偵察山行だったらしく上ノ権現沢や権現沢右俣・左俣を見て回ったそうなのですが、どこも凍っておらずアイスクライミング不適とのこと。出合小屋前の沢の水が音を立てて流れているようではダメですよ、というのが彼の言でした。がっかりしながらも入った小屋の中には先客のテントが2張りあってどちらも出動中ですが、スペースは十分にあるので我々も入り口近くの板の間の上にテントを設営し、必要最小限のギアと行動食だけを持ってダメ元での偵察に向かうことにしました。

ツルネ東稜の登山口にはツルネ東稜を往復してきたという単独の登山者がいましたが、この周辺も地肌が露出している状態。こんなのは初めてです。

そのまま地獄谷本谷を詰めて行くうちにところどころ凍った場所も出てきましたが、慎重に荷重しないとドボンといきそうな風情です。一応、それぞれ替えの靴下をリュックサックに忍ばせてあるものの、もちろん濡れたくはありません。そして天狗尾根に詰める支流を右に一つ(無名)、二つ(カゲ沢)と分けて天狗沢出合手前のゴルジュに入ったところで、薄氷に覆われた釜に行く手を阻まれました。どうやらここが潮時のようです。

かっきーも私もグラブはアイスクライマー御用達の防寒テムレスを着用しているのですが、これを外して素手になっても全然寒くないのですから沢が凍るはずがありません。そんなわけでしおしおと沢を下り、出合小屋に戻って宴会の準備をすることにしました。水もわざわざ雪を解かす必要はなく沢から汲めばいいだけだから楽なものですが、ここでも防寒テムレスは有効性を発揮してくれました(もしかして、これが防寒テムレスの本来の用途なのか?)。

アイスクライミングの夢は断たれましたが、とにかく大天狗に達することが今回の山行の目的なので、それなら普通に天狗尾根を登ることにするか……と意見が一致しました。この天狗尾根は2003年にソロで登っていますが、そのときはラッセルに加えて手際の悪さもあってすっきりしない登り方だったので、一度は再登してみてもいいかとも思っていたルートです。協議が調えば後は飲み食いするだけなので、ストーブに火を入れ、かっきー特製のモツ&つみれ鍋を作ってお酒をちびちびやっているところへ、まず男女パーティー、ついで上ノ権現沢を夢幻沢まで登ってきたという数名(小屋に泊まったのはその内の1人だけ)が戻ってきました。男女パーティーの方も本来はアイスクライミング期待で出合小屋に入っていたようですが、氷を諦めて旭岳東稜を登ってきた模様。一方、上ノ権現沢に入ったという男性に話を聞くと、F1こそ氷結しておらず巻きになったものの夢幻沢大滝は登れたそうです。

2015/12/20

△06:05 出合小屋 → △08:45 カニのハサミ → △10:25 大天狗基部 → △11:25 稜線 → △12:15-20 キレット → △12:50 ツルネ → △14:35-15:15 出合小屋 → △17:00 美しの森

4時半に起床。さっさと下山するという男女パーティーと沢筋をもう少し探ってみるという男性を順次見送って、空がぼんやり白み始める頃に出発しました。

ほとんど涸れ沢と化した赤岳沢に入って10分弱でかっきーが右岸の斜面の灌木に赤テープを発見し、ここから急な登りをわずかで尾根上に乗り上がった後は尾根筋の踏み跡を辿って高度を上げていきました。尾根上も雪は薄く、ところどころ笹の中を行くような状態でしたが、はっきりした踏み跡と随所にある赤テープのおかげで行動がはかどるのは助かります。

ところが、昨夜のかっきー鍋は寒さ対策ということでたっぷりの唐辛子とニンニクが練り込んであり、そのせいで私もかっきーもお腹が緩くなってしまっていました。まず私、ついでかっきーと順番に隊列(と言っても2人きり)から一時落伍して体調を整えてから復帰するということを繰り返しましたが、そうこうしつつも戸渡り状の岩場、右から巻く岩場、幅広の急斜面を順調に越えて、いよいよ森林限界が近くなってきました。

目の前にカニのハサミを見上げるところから開放感のある稜線歩きとなりました。いよいよ岩稜帯の始まりです。カニのハサミはじっと眺めると2本のツメの間に上がるラインも見えてきますが、ここはぐっと我慢して左から巻くのがセオリーです。巻き終えたところから振り返るとハサミの間に歩いて行けるようになっており、さらにそこからは高い方のツメの上へ登るラインも見えました。

それはともかく、行く手に目を向け直して目の前の岩壁を見上げるとこれはこれで威圧感あり。2003年にどう登ったのかの記憶はさっぱりありませんが、一見して左寄りから中段をいったん右上、ついで左上の立派な木を目指して行けば良いとわかります。ここを難なくこなせば次にさらなる岩壁が立ちはだかりますが、ここは右から巻いていくフィックスロープがあり、露出した岩場をトラバースした先はルンゼへと続いています。

かつてはここをソロで越えるのに不慣れな登り返しなどもあって2時間を要したのですが、2人で登ればロープを出しても30分かからずに稜線の上に出ることができました。

ここで完全に森林限界の上に抜け、岩稜の上を最初は左から絡むようにトラバースし、ついで細いバンドを渡ってルンゼに入り、1段上がって大天狗手前の岩峰のバンドに上がりました。こう書くとややこしそうですが、随所に赤テープがあるので迷いようがありません。

大天狗手前の岩峰はまず岩壁の上に見えているバンドを左に進み、途中から右上に切り返して尾根上に戻って岩峰の右を巻いていくことになります。

最高の天気、最高の展望。既にツルネがずいぶん下に見えています。

大天狗は正面壁から登ることもできますが、ここまでの登りで「なんで前爪が1本しかないんだよ!」と自分のアイゼンに悪態をつく始末(要するにモノポイントでは岩登りは怖い)だったのでパス。セオリー通り右から巻くラインを選択し、バンドを右に進み手頃な灌木に支点を作ってロープを出しました。岩壁の中段に風化した残置スリングが見えていましたが、近づいてみると岩壁の基部にも残置ピンがありここで最初のランナー。ついで中段まで上がって二つ目のランナーをとってから右寄りに身体を移して壁の上の突起をガバっとつかめば、労せずして岩壁の上のバンドに乗り上がることができました。ところが驚いたことに、そこで待っていたのは真新しいチェーンでした。これは至れり尽せり……というより、やり過ぎの感があります。先ほどからの赤テープの多さからして近年よほど多くの登山者を迎えているのだろうとは思いましたが、ここまで整備されていたとは予想外でした。

大天狗を右からトラバースして裏に回り込み、ルートを少し外れて大天狗の途中まで登れば、そこがたかやんの事故現場です。たかやんはかっきーや故moto.p氏らと山行を共にする強力な女性クライマーでしたが、2009年12月20日(推定)におそらくは大天狗を正面から越えてこちら側で行動不能になり、そのまま帰らぬ人となったのでした。たかやんの頭部にはダメージがあったとのことですから何らかの理由で転落したものと思われますが、パートナーも同時に亡くなってしまったために事故の真因は不明です。以後、かっきーとmoto.p氏は毎冬の追悼山行を誓っていたのですが、そのmoto.p氏も2011年の年末に甲斐駒ヶ岳の尾白川滑滝沢で命を落とし、相方をなくしたかっきーは不義理が続いていたのでした。ちょうど七回忌のこの日、ようやくにして事故現場に再訪問がかなったかっきーは、昨夜あらん限りの理性を尽くして飲むのを我慢した日本酒のパックとサラミを捧げ、たかやんの冥福を祈りました(その後に我々が日本酒のお裾分けに預かったのは言うまでもありません)。しかしそうしている間にも寒風が吹き付けて著しく寒く、ここで動けなくなれば直ちに死が訪れるであろうことを強く実感しました。

大天狗での法事が済んだら後は稜線を目指すだけ。小天狗の左を巻くときに振り返ると、大天狗からたかやんが呼んでいるような気がしました。さようなら、たかやん。申し訳ないけれど我々はもう少し山に登り続けなければならないのです。

行く手にはキレット方面から赤岳山頂を目指すカラフルなウェアの登山者の一群が歩いているのが見え、登山道は間近であることがわかりました。しかしここに至っても雪は少なく、斜面を覆うハイマツが歩行を妨げます。

稜線到着は11時25分。当初の予定ではこの日は出合小屋にもう1泊して明日下山することにしていたのですが、これなら今日のうちに帰れそうです。赤岳からツルネ方向への下りはガラ場の急斜面で雪が少ないためにかえって下りにくく、おまけに膝の悪い私には苦行でしたが、ところどころに露出した鎖も使って慎重に下降を続けました。行く手に見える旭岳東稜権現岳東稜はいずれも懐かしい雪稜ルートですが、アルパインアイスに冬の比重を移そうとしている今となっては、もうあそこを登ることはなさそうです。

下りきってからツルネまでは、樹林の中のアップダウンで風もなく穏やか。キレット付近からは振り返るたびに赤岳とその右肩の天狗尾根を眺めることができて充実感に浸れました。そしてツルネからは東稜の下降となりますが、しっかりした道標が権現岳・赤岳と共に出合小屋を指しているのにまた驚きました。どうやら本当に、ツルネ東稜はメジャールートに昇格しているようです。

ツルネ東稜の下降ははっきりした踏み跡に導かれてスムーズに進みました。1カ所、うっかりすると直進してしまいそうになるポイントには黄色いマークがしてあり、あらかじめわかっていればそこから左へ折れてゆけるようになっているのですが、あの黄色テープの貼り方ではかえって誤ったルートに引き込まれそうにも思えるので要注意です。

下降の途中から天狗沢を遠望することができましたが、谷筋にうすく雪が付いているだけという感じでアイス的な興味をそそられる様相ではありませんでした。これが時期的な問題なのか、そもそもアイスクライミング向きの沢ではないのかは定かではありませんが、ともあれすっかり雪のなくなった道をぐんぐん下って、やがてツルネ東稜の取付に下り着き、ここでアイゼンを外しました。

こうして年末アイスクライミングはただの尾根歩きに終わってしまったのですが、かっきー久々の追悼山行をサポートできたのでOKです。友達の友達は友達なのですから。そして下山してからネット上に公開されているこの週末の記録をあれこれ見てみると、絶滅危惧種と思ったアイスクライマーたちは意外にしぶとく、あちこちでそれなりに氷の滝に取り付いていた模様。我々も年明けにはその仲間入りを果たしたいものです。