塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

前穂高岳北尾根

日程:2011/05/14-15

概要:初日に涸沢まで。翌日、前穂高岳北尾根五・六のコルに上がり、北尾根を登攀して前穂山頂へ。そこから明神岳方面に下降し、奥明神沢を岳沢へ下る。

山頂:前穂高岳 3090m

同行:きむっち

山行寸描

▲五・六のコルへ向かう。上の画像をクリックすると、北尾根の登攀の概要が見られます。(2011/05/15撮影)
▲チムニーを目指すきむっち。この日の北尾根には我々の前に3人組1パーティーがいただけ。(2011/05/15撮影)
▲二峰の突端。向こうにはゴールの前穂高岳山頂が見えている。(2011/05/15撮影)

今年の冬は、1月に甲斐駒ヶ岳奥壁中央稜に行ったものの私の技量不足で敗退。その後も天候に恵まれなかったり地震があったりでしっかりした雪山に行くことができず、また大型連休は中国旅行に行ってしまったためにこれまた山はなし。さすがにこのままではまずいので手軽に登れるルートはないかと思案して、かつて夏に登ったことがある前穂高岳北尾根にゴールデンウィークの1週間後に登ることにしました。パートナーは、クライミングよりも山スキーに本領を発揮するきむっちです。

2011/05/14

△06:15 上高地 → △09:10-30 横尾 → △12:25 涸沢

「さわやか信州号」で上高地バスターミナルに下り立ったのは午前5時すぎ。寒風の中でしばらく待って5時半にオープンしたターミナルビル2階の上高地食堂に入り、温かい朝食をいただきました。当初の計画では積雪期のルートである慶応尾根を登ることになっていたのですが、山行の直前まで雨が数日間降り続いていたために雪の状態が悪そうなので、出発前にきむっちとメールのやりとりをして、今回は五・六のコルから上だけを登ることにしています。

したがって今日は涸沢までののんびりした行程だと思っていたのですが、食事を終えて河童橋まで来てみると梓川の増水はかなりのもの。そこへ通りがかった登山者が親切に教えてくれたように、明神から先の道は通行止めになっていてわざわざ梓川右岸を迂回して徳沢へ行かなければならなくなっており、その道も随所で水浸しになっていました。

なんとか辿り着いた横尾で大休止として行動食をとり、曇り空ながらも日焼け止めを塗りたくってから橋を渡ります。本谷橋は架橋のための工事中でしたが、その先に割れ目を際立たせながらも残っていたスノーブリッジを使って横尾本谷の右岸に渡り、そのまま急斜面を上へ上へと登って高度感のある雪の斜面をトラバースしました。

大きく高巻くようにして続くトレースがやっとのことで谷底に下りたときには、上方に涸沢ヒュッテの屋根が見えていました。温かいおでんを楽しみに涸沢に着いてみると、そこにあるはずのヒュッテの売店やバルコニーが影も形もありません。ショックを受けながら幕営の受付を済ませてアルバイトのお姉さんに聞いてみると、4月下旬の雪崩で売店は押し流されてしまったのだとか。「私たちもショックでしたよ。全部の準備を終えた後に雪崩でしたから」と丸顔のとてもチャーミングなお姉さんは眉を曇らせて話してくれましたが、彼女の話に相槌を打ちながらも私の視線は受付近くに設けられたおでんコーナーに釘付けになっていました。

テントを設営し終えてから再び涸沢ヒュッテの建物の中に入り、おでんをアテにビールと日本酒でまずは前祝い。テントに戻ってのんびり昼寝をし、夕方ごそごそと起き上がってカレーの夕食です。1週間前ならカラフルなテントが数えきれないくらいに張られていたであろうこのテントサイトも、この日は20張りもないほどの閑散とした様相で、時折テントを揺らしにかかる突風の轟音やばらばらと降り掛かる霰のような雪の音を聞きながら、翌朝3時の起床を約束して再びシュラフに潜り込みました。

2011/05/15

△04:55 涸沢 → △06:05-15 五・六のコル → △07:15 四・五のコル → △08:25-35 三・四のコル → △11:45-12:10 前穂高岳 → △12:35 奥明神沢左俣下降点 → △14:15-40 岳沢小屋 → △16:15 上高地

予定通りの時刻に起床して棒ラーメンの朝食。テントサイトでは他に行動を開始する様子を示すパーティーもいないのでのんびりしているうちに、涸沢カールを囲む岩壁が朝日に照らされてピンク色に染まり始めました。

装備を身に着け、テントを畳んでおもむろに出発します。五・六のコルまではよく締まった雪がきれいに斜面を覆っていて歩きやすく、そしてコルを見上げる位置に達してみるといつの間に出発していたのか3人組(ガイドと客2人?)が先行しているのが見えましたが、この日の北尾根はどうやら彼らと我々の2パーティーだけの貸切りのようでした。北尾根ばかりか、ときどき振り返っても奥穂高岳や北穂高岳を目指す登山者はいずれも数えるほど。この好コンディションなのにもったいない。

五・六のコルから五峰に登るリッジは、ほとんど雪が消えていて岩稜の様相を呈しています。ここ数日の雨の影響でこんなことになってしまったのでしょうが、とは言えこの日は前日とは打って変わって素晴らしい晴天です。途中スノーリッジを交えながらも易しく気分の良い登りを続けて五峰頂上部の雪田を進むと、前方に立派な姿の四峰が現れました。

五峰からの下りは、四峰に向かってやや左下に雪の急斜面を下り、小さいクレバスを越えて右手のコルへトラバース。ここの雪はしっかりと安定していました。続く四峰への登りはロープをつけるほどの傾斜ではありませんが、脆い岩と高度感には緊張させられ、ある意味このルートの核心部と言えるかもしれません。四・五のコルから右寄りを巻き上がるように進むきむっちを見送って私の方は正面からリッジ通しに直登し、途中で一緒になって高度を上げてから大きな岩を左(奥又白谷側)のバンドへ巻いて、その先の雪面を右へ上がると突き当たりに見覚えのある岩峰が立っています。ここを右手から回って涸沢側に出て岩峰の横を進めば四峰のてっぺんに達し、三峰の全容も間近に見ることができました。

三・四のコルへは短く緩やかな下りで、明るく開けたコルできむっちとロープを結び、コルから1段上がったところからいよいよ登攀開始です。

1ピッチ目(40m / III+):私のリード。ぐいぐいと岩をつかみながら左へ左へと回り込むように進んでゆくと、要所に残置ピンがあって迷わず進むことができます。人間の記憶力というのは大したもので、9年前に登ったときに使ったスタンスなども覚えており、そのときに並行していたガイドが使用していた右寄りのピナクルを今回の私も使ってきむっちをビレイしました。

2ピッチ目(45m / III+):きむっちのリード。傾斜の緩いリッジから顕著なチムニーに入ってそのどんづまりから左手の立ったオープンブックの上へ抜ける今回のルートの中では一番テクニカルなピッチですが、四峰の脆さとは打って変わって岩は比較的しっかりしており、楽しく登ることができます。一方、9年前はチムニーの中に大きなチョックストーンがあってその乗り越しに苦労した記憶がありますが、そのチョックストーンは粉々に割れてしまっていました。

3ピッチ目(45m / III):私のリード。またしても傾斜の緩いリッジから残雪の壁をロープいっぱいまで登るピッチ。「あと3m!」のところに残置支点があってビレイ態勢に入りましたが、自分自身はこのピッチでランナーを一つもとりませんでした。

4ピッチ目(45m / III+):きむっちのリード。目の前の三峰のてっぺんに向けて左上の岩をボルダーっぽく登るのが正解ラインだったのでしょうが、その出だしに残置ピンがないことに私が不安を感じたためにきむっちは右手からトラバースするラインへ入りました。しかし、こちらのトラバースも案外微妙で一番怖いピッチになってしまいました。

5ピッチ目(45m / II):私のリード……と言っても、岩稜を少し登ってから、右手に続くはっきりした踏み跡を前方に進むだけです。ここもランナーは申し訳程度に一つとっただけでした。

その先の右下に残置スリングが見えたためにきむっちはいったん下っていきましたが、すぐに引き返して目の前に見えている岬状の岩へ登ってみればそこが二峰突端で、山頂はすぐ目の前でした。ここをクライムダウンして「一応最後までスタカットで行きますか」というわけで最後の1ピッチをきむっちがリードしました。

6ピッチ目(45m / III):きむっちのリード。右側から巻き上がるようなラインどりで登っていき、しばらくたって聞こえてきたコールに呼ばれて後続すると、きむっちがビレイしていたところが山頂の一角でした。

終わってみるとこのルートは、この日の雪の状態では技術的にはなんということもない岩稜でしたが、天候と展望に恵まれたクラシックルートの登攀はやはり気分最高です。我々の他には誰もいない前穂高岳山頂でロープを畳み、行動食を口にしながらしばし周囲の景観を楽しんでから下山にかかりました。

あらかじめ予定していた下降路は奥明神沢から岳沢への雪渓下りで、すっかり岩が露出した明神岳方面の尾根を進みましたが、やがて予定していたコルよりずっと手前の高い位置から奥明神沢の左俣の雪渓が下まで続いている場所に出ました。少し迷いましたが、ここは雪のエキスパートであるきむっちのジャッジでこの沢を下降することに決定。きむっちはさっさとアイゼンを外して、どんな急斜面でもキックステップだけで前向きに下っていってしまいますが、私の方はただでさえ雪斜面の下降に弱く眼下の傾斜のきつさにびびっている上に、時折かかとを滑らせて滑落停止姿勢のままずるずる落ちるきむっちの姿に恐れをなしてしまい、恥も外聞もなく横向きになったり後ろ向きになったり。ふと見れば先行3人パーティーは我々が下降を開始した地点よりずっと先のコルから奥明神沢の本谷(?)を下り始めていたところで、あちらもガイドが後ろからロープで確保しながらゲスト2人は後ろ向きで下降していました。

奥明神沢の緊張を伴う長い下りも、本谷に合流すると傾斜が緩んで快適にぐんぐん下ることができるようになり、最後は岳沢小屋の対岸に下り立ちます。岳沢小屋に立ち寄ってジュースで喉を潤し、後は一路上高地を目指しました。

巷(の一部)は映画『岳』ブーム。その舞台となっている上高地や涸沢も例外ではなく、上高地食堂のメニューには「三歩も食べてるナポリタン」(ナ歩リタン?)があり、涸沢ヒュッテの中には直筆とおぼしき三歩が描かれたTシャツが飾られていました。この映画はクライマー目線からすると突っ込みどころ満載のようではありますが、観てみたい気持ちもなきにしもあらずです。