岳沢コブ尾根

日程:2010/08/28-29

概要:初日に上高地から岳沢経由でコブ尾根を登り、コブ尾根の頭に達してから、天狗のコル経由岳沢へ下山。翌日は稜線に登り返して飛騨尾根を登る予定だったが、前日の天狗沢のあまりの悪路ぶりにくじけ、そのまま上高地へ下山。

山頂:---

同行:ケイ氏

山行寸描

▲奥に見えているのが「コブ」。上の画像をクリックすると、コブ尾根の登攀の概要が見られます。(2010/08/28撮影)
▲コブの頂上部への登路。出だしは易しい草付斜面だが、上部では部分的にIV級テイストを感じた。(2010/08/28撮影)
▲帰りに上高地の河童橋から見た岳沢。コブ尾根もきれいに見えている。(2010/08/29撮影)

8月最後の週末はケイ氏と岳沢へ。ここ岳沢は昨年の奥穂高岳南稜登攀の際に30,000円入りの私の財布を「ディラックの海」に引きずり込んだ魔境で、そのリベンジも兼ねてのライトアルパインのつもりで残雪期に登られることの多いコブ尾根をチョイスしたのですが、意外に奮闘ものの登攀となり、いわば返り討ちにあったような形になりました。岳沢おそるべし……。

2010/08/28

△06:10 上高地 → △08:25-09:00 岳沢小屋 / 幕営地 → △15:10-40 コブ頂上 → △17:00-20 コブ尾根の頭 → △18:15 天狗のコル → △19:40 岳沢小屋幕営地

「さわやか信州号」で5時半すぎに上高地着。今回はバスの乗り心地もよく、ある程度よく眠れたような気がしますが、それにしても睡眠不足には変わりありません。いつもの食堂で朝食をとってから岳沢を目指す途中、河童橋の上からは朝もやの中に目指すコブ尾根の姿を認めることができました。

コブ尾根の末端に位置する岳沢ヒュッテが雪崩で全壊したのは2006年のことで、その跡地に経営主体がかわって「岳沢小屋」がオープンしたのが今年の7月です。そんなわけでまだ真新しい岳沢小屋に着いたのは8時すぎですが、直前にコブ沢を遠望したところでは雪がかなり残っている様子。そこでケイ氏がコブ尾根の取付の状態を小屋のご主人とおぼしき男性に問い掛けてくれたのですが「バリエーションなんだから自分で判断しろ」とケンもホロロ。まあ、言われることはもっともではありますが、その程度でキレるのも困ったものです。

ともあれ幕営の手続を済ませて小屋の対岸にある幕営指定地にテントを張り終えると、さっそくコブ尾根に向かうことにしました。いったん小屋に戻って行動用の水を補給し、小屋の前を天狗沢方向に向かう道に入りごくわずかの歩きでガレ沢に出て、これを素直に遡ったところがコブ沢の入口。先ほど見たように雪渓が沢を埋めていますが、どうやら安定した状態で雪渓の上に乗ることができそうでした。

最初は右側のコンタクトラインを登りましたが、すぐにアイゼンを装着し、ピッケルを持って傾斜のある雪渓の上を歩いて、雪が切れて段差になっているところは右岸から小さく巻きましたが、これがぼろぼろにザレていてまず緊張。さらに雪渓が左右から細くくびれた橋のようになったところを渡って取付と思える岩場に近づきましたが、幅2-3m、深さは10mくらいはあるシュルントが開いていてとても近づけません。この岩場を越えたところにコブ尾根の上部から斜めに滑り台のように下りてきているルンゼに入るのが当初のもくろみだったのですが、さてどうしたものかと前方を観察すると、雪渓を右岸側に下りて2ピッチ分ほど上流に行けばコブ沢本流から右上してルンゼへ上がれそう。そこで雪渓を飛び降り、右岸のスラブ状の垂壁にすぱっと入った割れ目から垂壁の上に登って上流側へトラバースしたのですが、ロープを出し残置ピンやカムで確保しながらでもこの小さい高巻きは足元の悪さでかなり緊張しました。

かくして上流側のルンゼの入口に着いてみると、本来こちらからルンゼに入るのが正しいラインどりだった模様。ルンゼの中は極めて容易な登りで、ところどころで得られるベリーに癒されもします。緩やかな右カーブを描くルンゼがコブ尾根の稜線に達するあたりは開けた草付になっていて、そこから稜線上に出たところにはテントも張れる小広場があり、扇沢をはさんだ対岸には奥穂高岳南稜のトリコニーが特徴的な姿を見せています。

しかし寝不足のせいなのかシャリバテなのか、あるいは高度に身体が慣れていないせいなのか、先ほどからどうにもエンジンが不完全燃焼気味だったのですが、コブ尾根はまだこの先にマイナーピークと呼ばれるハイマツのピークを持っていて、肝心のコブは全容を示してはいません。溜め息をつきながらハイマツの間の明瞭な踏み跡を登り始めたのですが、時折扇沢側から聞こえる雪渓の崩壊音にはびっくり。その最も大きく長いものでは地鳴りのような音があたりにこだまし、吹き上げた冷気がコブ尾根の扇沢側にガスの柱を立ち上げました。

マイナーピークの上に立つと、ようやくコブが前方にその立派な姿を現します。マイナーピークの先端は5mほど切れ落ちていて懸垂支点もありましたがロープを出さなくてもクライムダウン可能で、そこから草付と岩の尾根筋を左から巻き上がるように進みコブ直下のガレ沢を詰め上がるとコブの基部に達しました。どうやって登ろうかとラインを目で探り、おおむねあの凹角だろうという見当をつけてさらにアプローチ。傾斜が急になる手前でシューズを履き替えることにしましたが、ケイ氏はクライミングシューズを持ってきていません(←事前の装備指示不足、申し訳なし)。ともあれロープを出して私の登山靴を比較的大きめなケイ氏のリュックサックに入れてもらおうとした瞬間、片足分がころころと斜面を転がり落ちてしまいました。一度加速がついた登山靴は草付の中をどこまでも落ちていき我々は呆然と見守るしかなかったのですが、どうにか数十m下で草の中に止まり、ケイ氏が素早くクライムダウンして回収してくれて事なきを得ました。ケイさん、ありがとう!

ロープを出しての1ピッチ目は、最初まったく易しい凹状部をランナーもとらずにぐいぐい登り、20mほど登ったところですっきりと立った壁の下に出ました。残置支点もあってここがよく登られているラインであることは一目瞭然で、この壁の下を奥に進むと顕著な斜めクラックをガバにして小スラブをフリクションで上がれる場所を発見。その上の縦クラック周辺にも残置ピンがありますから、ここから上段に登ることになりそうです。実際に取り付いてみるとフリクションは十分で安定した状態で小スラブを越えられ、さらにその上も少々細かくはあるものの安全に上に抜けることができました。体感的にはピッチグレードはIII+からIV級といったところで、クライミングシューズならさして苦労はありませんがビブラムソールにはきついだろうなあと思いながら残置ピンとカムで支点を作りケイ氏を待ちました。しばらくして壁の下まで上がってきたケイ氏は、私がクラックを使うラインを上から示すと「ゲッ!」という表情を見せましたが、それでもテンションをかけることなく上まで抜けてきました。

続くピッチは右上の段差の上に直接上がるのかと思いましたが、これはさすがにビブラムソールでは無理。上ではなく右から段差を回り込んでみると、そちらからなら比較的容易にコブの頂上まで上がれそうです。こちらも部分的にIV級テイストを感じたものの問題なく段差の上に上がることができましたが、ロープが屈曲しているために重くて仕方なく、結局コブの頂上の5m下でもう一度ピッチを切ることになってしまい、都合3ピッチで細長いコブの頂上の岳沢側末端に乗り上がることができました。

ここまで来れば前方にはコブ尾根の頭、そしてロバの耳が意外な立派さで鋭く聳えており、奥穂高岳の山頂や西穂高岳から奥穂高岳への縦走路上に登山者の姿も見られます。そちら側のコブの突端はすっぱり切れ落ちており、懸垂支点が上下に複数設置されていましたが、我々は50mロープを2本つないで一番上から懸垂下降しました。下降距離は30mくらいで下部はすぱっと空中懸垂気味になり、降り立ったがらがらのルンゼから対岸の脆い斜面を登ると、後はロープなしで若干のアップダウンを交えながらコブ尾根の頭への急登をこなすばかりでした。

コブ尾根の頭に着いたのは日も傾いた17時で、すぐ近くには懐かしいジャンダルムが穏やかな様相で鎮座しています。ここで若干の小休止をとってから、何とか日が落ちる前に天狗沢を下ろうと必死になって天狗のコルを目指しましたが、縦走路とは言えここは名だたる悪路。時折ガスに囲まれて道を見失いかけたりして、なかなかペースが上がりません。

天狗のコルについたのは18時すぎ。その岳沢側斜面にかつての避難小屋跡を見ながら、天狗沢のガラガラに崩れた斜面につけられた道を下り始めました。

この下りは、本当につらいものでした。崩れやすい足元に神経を使いながら下降を続けているうちにもあたりはどんどん暗くなり、ついにガレを抜ける前にヘッドランプを点灯せざるを得なくなってしまいます。先行したケイ氏の姿は視界から消え一人黙々と悪い足場に踏み込んでいくしかありませんが、いつまでたってもガレ場の下降が終わる気配がなく、このまま永遠に歩き続けなければならないのか?という錯覚にとらわれましたが、実際には下っていた時間は1時間半程で、やがて道は水平に変わり、コブ沢のガレを渡るところで道を見失いかけたものの何とかテントに戻ることができました。

予定外に遅くなったテントの中での夕食時に「明日、どうします?」「うーん、半々だなぁ」「私は六四で、もういいんですけど」という会話が交わされました。実は翌日は天狗沢を登り返し、さらにジャンダルムの手前まで上がって飛騨尾根登攀を行ってから、再び岳沢に戻ってその日のうちに下山するというのが当初の計画だったのですが、この日の天狗沢下降にうんざりしてしまった2人の間には厭戦気分がありあり。ケイ氏が言う「六四」とは登りたくない気持ちが6割という意味ですが、それはケイ氏自身の気持ちというより私の気持ちをケイ氏が代弁してくれたような気がします。

2010/08/29

△06:45 岳沢小屋幕営地 → △08:55 上高地

ぐっすり眠って明るくなった朝、テントの外に出てみれば昨日にも負けず劣らずの快晴です。あぁ、もったいない……と思っても後の祭り。冷静に考えても、たった1時間強の登攀のために天狗沢2時間半、コルからジャンダルムまで1時間半の登りとその逆コースの下りを歩くのは、あまり効率的とは言えません。強いて言えば昨日は岳沢定着のみにして、今日早出してコブ尾根を登ってから反対側に下って飛騨尾根を継続するというプランの方が合理的だったのでしょう。

……というのは言い訳に過ぎないことは、自分でもよくわかっています。残業つきの1本にへろへろになった翌日、快晴の中をすごすごと岳沢から下山するというのは奥穂高岳南稜登攀のときと同じパターン。またしても岳沢に負けたという気持ちを抱きながら、肩を落として上高地へ下りました。