塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

前穂高岳屏風岩東壁雲稜ルート

日程:2009/09/21-22

概要:T4尾根からT4へ上がり、雲稜ルートを最終ピッチの一つ手前まで登って同ルート下降。翌日は東壁ルンゼ上部を登る予定だったが、疲労と悪天候のためにT4尾根取付にデポを回収しに登っただけで撤退。その日のうちに帰京。

山頂:---

同行:現場監督氏

山行寸描

▲1ピッチ目を登る私。上の画像をクリックすると、雲稜ルートの登攀の概要が見られます。(2009/09/21撮影)
▲扇岩テラスを見下ろす。ボルトラダーが一直線に伸びている。(2009/09/21撮影)
▲素晴らしい高度感!この後アブミで斜上してから怖いトラバース。(2009/09/21撮影)

◎「前穂高岳屏風岩東壁ルンゼ下部」からの続き。

2009/09/21

△05:00 横尾 → △06:00-35 T4尾根取付 → △08:10-25 T4 → △10:05-15 扇岩テラス → △13:15-25 終了点 → △15:20 T4 → △16:20-35 T4尾根取付 → △17:30 横尾

厳しく冷え込んだ一夜を過ごして、いったん3時半に目覚めたもののあまりの寒さと暗さにうだうだ30分。4時に覚悟を決めて起き、さっさと食事をとって薄明るい5時に出発します。横尾の橋を渡って岩小屋跡までのほんのわずかの時間の間に急速に空が明るくなってヘッドランプ不要で沢を渡り、昨日も登った1ルンゼ押出しを詰めました。ギアは全部デポしてあるので実に快調に登り、先行している男女2人組を抜かしてT4尾根取付に到着したらデポ品を引っぱり出して装備を身に着けました。

追いついて来た男女2人組と現場監督氏が言葉を交わして先行させていただくこととし、まずは私のリードでT4尾根の登攀を開始しました。ここは「尾根」とは言いながら下半分はかなり立った壁で、私がリードした1ピッチ目はきっちりIV級、続いて現場監督氏がリードした2ピッチ目はV-もあります。その上は樹林の中の土のルンゼをコンテで詰めて、最後にIII級のピッチを一応スタカット。このアプローチ最後のピッチの手前でこの日登る予定の東壁ルンゼ上部を見やると、昨日我々の前にいた関西パーティーの2人がちょうど東壁ルンゼ上部の1ピッチ目を終えるところです。うーん、先行がいるとなると時間が読めなくなるな(自分たちの方が速いというわけではないけれど)……というわけで現場監督氏と協議の結果、ここは誰も取り付いていない雲稜ルートに転進することにしました。我々の後ろの男女2人組も雲稜ルート狙いだそうですが、現場監督氏が転進&先行することの了解をきちんととってくれたそう。このへんはさすがの気配りです。

広場になっているT4から見上げる雲稜ルートの出だしは、圧倒的な広がりと高さを持つ垂壁の右のこれ以上ないくらいに顕著なディエードルを登るラインです。吉例によりまずは私からスタートしました。

1ピッチ目(45m / V):私のリード。最初の25mくらいは角度は確かに立っているものの、抜群のフリクションを活かしてステミングで登れば難なく高度を上げられます。そこで一旦切ることもできますが、せっかくなのでV級セクションに突入することにしました。

コーナーの角度がぐんぐん立ってきて、気が付けばそこは小ハングです。左足を思い切り遠くへ広げた態勢でレストして気持ちを静め、ビレイヤーに「落ちたら止めてよ」と一声かけて身体をぐっと引き上げたときに一瞬右足がずるっといきかけましたが動き出したムーブは止まらず、少々格好悪い態勢ながらハングの上へ。その上にも白っぽい脆い岩がかぶってくるところがありましたが、どうにかピナクルテラスへ抜けることができました。

2ピッチ目(40m / A0, IV+):現場監督氏のリード。テラスの上の薄いピナクルを越えたところで「うっ、微妙なトラバース」という声が聞こえましたが、それでもやがてロープがじりじりと伸びて行って、しばらくして一旦ビレイ解除のコール。しかしその後すぐに再度ビレイを求める声が掛かり、さらにロープが伸ばされました。続いて私の後続ですが、1段上がって右手のピナクルを狭い隙間からではなく外側から越えて、その先で切れたバンドをまたぐ場所があり、ここで適当なホールドが見つけられません。眼を後方に向けるとピナクルの上から右上するボルトのラインが見えていて、本当はそっちだったのかもと思いましたが、なにしろバンドの先でランナーがとられているので前に進むしかありません。しかもバンドを渡るために手前のリングボルトに手持ちのスリングをかけてA0にした際に、後で引き抜けるようにセットすればよかったのに考えなしにカウヒッチにしてしまったため、渡ってしまった後はスリングを回収できず残置することになってしまいました。このミスに動揺を覚えつつその先の垂壁を右往左往しながら登りましたが、グレードはIV+程度ではあるもののちょっとリードはしたくない距離のランナウト。現場監督氏の突破力、恐るべしです。そして登り着いたピナクルが現場監督氏が最初にピッチを切ろうとしたところで、そこから左上に階段状のランペを登るとそこが扇岩テラスでした。

3ピッチ目(35m / A1):ここまで強烈な日差しと暑さにくらくらしていたので、ちょっと一休みしてから私のリード。目の前の垂壁には、上に向かって一直線にボルトラダーが伸びています。ボルトの間隔はおおむね短く、リングが飛んでいるものも人気ルートだけに比較的しっかりしたスリングが掛けられており、また途中ではフリー用のハンガーボルトにもランナーをとることができるので、精神的には非常に楽。とは言っても自前のワイヤーナッツは必携ですし、手持ちのギアの残りを見ながらどの支点でランナーをとりどこを飛ばすかを読んで登るのはそれなりの勘と経験が必要です。登り出したときは直上して頭上のハングまで行くのかなと思っていたのですが、その数m下のレッジに立派な支点があったのでここでピッチを切って現場監督氏を迎えました。この辺りから日陰に入って、やっと過ごしやすくなってきます。

4ピッチ目(30m / A1):現場監督氏のリード。最初はビレイポイント左から上に伸びる脆い凹角を使ってA0ででも上がれますが、頭上のハング帯近くはそれ以上に近づきたくない脆さのようなので、現場監督氏は垂壁の途中からアブミトラバースを選択。ハング下数mの位置から右へフリーも交えて3、4手つないで、薄いフレークやバンドの縁を使ってバンド上に乗り上がります。そこから微妙なバランスで右に渡って、安定したテラスで短めにピッチを切りました。

私も同じラインで後続しましたが、バンドに乗り上がるまではさほど難しくないものの、バンド上の「怖いトラバース」はやはり痺れました。

5ピッチ目(25m / IV+):私のリード。ビレイポイントから右の方には草がぼうぼうと生えた東壁ルンゼが見えていて、最初は易しい階段状。ヒロケンさんのトポではルンゼの左岸側を巻き上がるように書かれていますが、そのままルンゼ通しに登りました。するとルンゼ左岸の最初の支点の位置からスラブがすっくと立ち上がっていてこれがヒロケンさんのトポで言う「悪い」箇所なのでしょうが、よく見ればスラブの右端にはクラックが走っており左手もうまい具合にホールドを見つけられそう。ありがたいことにフリクションの良い岩質でもあったのでここを直登することにして取り付いてみれば、クラックは好都合なガバを提供してくれて部分的にフットジャムも利かせられます。そのまま小さなテラス状の場所に着いてそこから右側を見るとビレイポイントがあり、どうやらこれがトポに書かれたルンゼ左岸の2番目のビレイポイントのようです。ロープは25mしか出ていませんがロープの流れを考えて……というのは実は言い訳で、本当のことを言うとビレイポイントの向こうに見えている東壁ルンゼルートの関西パーティーが「への字ハング」を越える様子を(なるほどあそこを……ほー、あそこが遠いのか、などと)見たいがためにここでピッチを切ってしまいました。スミマセン。

6ピッチ目(35m / A0, IV+):現場監督氏のリード。ビレイポイントから10mほどはそれまでと同様にIV+程度だったのですが、そこから先でコーナーの右壁が迫ってくるあたりが立っている上に適当なホールドがなく、何よりスラブがヌメって黒々としています。さすがの現場監督氏も諦めてA0とし、上へ抜けて行ってしばらくしてからビレイ解除のコールが掛かりました。セカンドの私も核心部は当然A0。その先では岩は白くきれいになりますが磨かれてつるつるになり、これも意外に神経を使います。そして現場監督氏は、白いスラブのどんづまりの懸垂支点からさらに10m右上した位置でビレイしていました。

前方にはIII級程度の草付ルンゼが残っていますが、同ルート下降の場合はこのピッチを割愛するのが定石なのでただちに懸垂下降に取り掛かります。上記の「どんづまりの懸垂支点」から短めに懸垂下降2ピッチで「怖いトラバース」出口のテラスに降り立ちましたが、ここから扇岩テラスに降りるにはかなり強引な斜め懸垂が必要になります。して見るとトラバース出口へ下るのではなく、もっと(岩に向かって)左へ降りて人工登攀ピッチの途中のレッジに立つのが正解だったのかもしれませんが、もしそちらに降りていたらちょうど最初の人工登攀ピッチを終えて登ってきていた後続の男女2人パーティーとレッジの取り合いになったことでしょう。ともあれここは百戦錬磨の現場監督氏に先に下降をお願いして私はロープを繰り出していたのですが、ある程度ロープが出たところで手元のロープの束を落としたところ、壁の途中で見事に団子になってひっかかってしまいました。幸い末端をまだ手元に残した状態だったので現場監督氏がゴボウでずりずりと身体を引き上げ、それに合わせて落としたロープを引き上げることでなんとか団子を回収し整理し直すことができましたが、やれやれ何たる下手くそ……。

改めて現場監督氏が下っていき、コールを受けて私も懸垂下降。しかし、尋常ではない斜め度合いで、これは一歩外したら思い切り振り戻されるのは必定です。私にはこんな懸垂下降は無理!というか、上記の支点からなら扇岩テラスの右下のピナクル(2ピッチ目の途中)に降り方が安全だったかもしれません。

扇岩テラスからいったん(岩に向かって)左へ降りたところにある大テラスへ、慎重を期して短く懸垂下降。ここは数人が寝泊まりできる広さがあり、振り返れば扇岩が斜めに突き出しているのがよくわかります。この大テラスの壁に真新しい長いスリングが懸垂下降用にセットされていましたが、T4側に段差を降りたところにある支点の方がロープの流れがスムーズそうなのでそちらからロープを落とすと、そのままT4まで50mダブルで一気に下ることができました。

T4尾根の樹林帯へ下る前に見上げると男女2人パーティーは怖いトラバースを終えてその先のルンゼに入ろうとしているところでしたが、二人は上へ抜ける予定ということだったので十分明るいうちに登攀を終えられるでしょう。かたや東壁ルンゼ上部を登っていた関西パーティーは登攀を終えてちょうど東稜の下降に入っているところ。こちらの奮闘ぶりも見事です。後は昨日と同じようにT4尾根を下り、昨日と同じようにギアとロープをデポして、一路横尾へ。今日は日没までゆとりをもってテントに戻ることができ、缶ビールで乾杯しました。

2009/09/22

△05:00 横尾 → △05:55-06:30 T4尾根取付 → △07:25-08:05 横尾 → △10:25 上高地

今日は本来昨日登るはずだった東壁ルンゼ上部を登る計画で、まるで通勤のように横尾からT4尾根取付への道を辿りました。ただし昨日と違うのは空がどんよりと黒雲に覆われていることと、そのために屏風岩が不機嫌そうに(青白ハングが赤茶けて)見えること、そしてもはや手の甲や指はぼろぼろで身体中に疲労がたまっていることが実感されることです。

T4尾根取付では3人パーティーが登攀準備をしていました。会話を交わしてみると彼らは我々が東壁ルンゼ下部を登った2日前に東稜を登ったものの、先行の2人パーティーが異常に遅かったために大残業を強いられ、昨日を休養日として今日は東壁ルンゼ下部を登ろうとしているとのことでした。やがて彼らは草の中の踏み跡を下っていきましたが、我々は暗い空を見上げて思案投げ首。現場監督氏は登りたそうに見えましたが、西から黒雲が流れて来ているし、なにより大事なモチベーションが上がりません。結局私の方から登攀中止を切り出して、デポを回収しただけで横尾に戻ることにしました。

横尾の橋には近隣在住の猿がたくさん現れていて、そのうちの1匹は橋の欄干に腰掛け、こちらに尻を見せています。その姿は体力不足によるモチベーションダウンを天気のせいにした私に「要修行」と告げているようにも見えましたが、テントに着いた頃からぽつぽつと降ってきた雨は撤収を終える頃にはしっかりした雨になり、屏風岩の輪郭もはっきりしなくなってしまいました。東壁ルンゼ上部が登れなかったのは心残りですが、とりあえず前々から登りたいと思っていた雲稜ルートをゲットできたのは一応の収穫です。それでも、できることならまた屏風岩に宿題を片付けにやってきたいものです。

しかし、結果的には最後の登攀中止は正しい判断だったとはいえ、たぶん好天に恵まれていたとしても、厳しいピッチが続く東壁ルンゼ上部を登り切れたかどうかは自信がありません。山屋としての基礎体力がまだまだ不足していることを痛感し、少しばかり落ち込んだ気持ちを抱えて上高地への道を辿りました。