稲子岳南壁左カンテ

日程:2009/07/20

概要:みどり池入口からみどり池経由で稲子岳南壁。稲子岳上に抜けた後、にゅうに立ち寄ってからシャクナゲ尾根を起点へ戻る。

山頂:にゅう 2352m

同行:現場監督氏

山行寸描

▲1ピッチ目を登る私。上の画像をクリックすると、稲子岳南壁左カンテの登攀の概要が見られます。(2009/07/20撮影)
▲3ピッチ目のチムニー。ホールドには困らない。(2009/07/20撮影)
▲4ピッチ目のリッジ。奥の岩塔の上に現場監督氏が見える。(2009/07/20撮影)

この三連休は、メインが屏風岩・サブが滝谷で計画を立てていたのですが、あいにくの天気予報に穂高入りは断念し、日帰りでライトなアルパインとすることにしました。そこで選ばれたのが北八ヶ岳の稲子岳南壁で、『日本登山体系』でも数ページにわたって紹介されている岩場なのでそれなりに由緒正しいのだろうとは思うものの、メジャーというにはほど遠い場所です。岩が脆かったら嫌だな、支点も整備されていないのだろうななどとマイナスイメージをもちつつ、現場監督氏の車で前夜のうちに稲子湯の先のみどり池入口ゲートまで入りました。

2009/07/20

△04:30 みどり池入口 → △05:30-35 しらびそ小屋 → △06:40-07:15 左カンテ取付 → △09:00-30 終了点 → △10:15-20 にゅう → △11:50 みどり池入口

3時半起床、4時半出発。しっとりとしていかにも北八ヶ岳の雰囲気をたたえた樹林帯の中を、かつての軌道跡を辿りつつ緩やかに高度を上げていきました。道はすこぶる歩きやすく、途中には「みどり池 / はっても30分」などと楽しい標識もあったりして、写真を撮りながらの楽しい歩きが1時間ちょうどでしらびそ小屋に着きました。

しらびそ小屋でまず我々を出迎えてくれたのは小屋に飼われている中型犬の吠え声ですが、紛らわしいから尻尾を振りながら吠えるのはやめてほしい。小屋のすぐ向こうにはかわいらしいみどり池の水面が広がり、彼方には天狗岳。そして池を左へ回り込むと、目指す稲子岳の岩壁も樹林の上に見えてきました。

登山道をそのまま中山峠方面に向かい、しばらく進んで適当に右手の比較的疎らな樹林帯に踏み入るとやがて赤テープが出てきて、これに導かれて斜面を登っていくうちに岩壁の基部に到達しました。そこは顕著なカンテが下りてきている場所で、先行していた現場監督氏は左に回り込んでいきましたが、私の方は右に回りガラガラの圧倒的な壁を見上げながら1段上がると踏み跡がカンテ上を越すように左に続いていて、すぐに赤テープと残置ピンでそれとわかる取付に到着しました。左に回っていた現場監督氏も別の取付らしい場所に達していたようですが、私が見つけた取付はネットの記録で見た岩の形状そのままなので現場監督氏にこちらへ戻って来てもらい、ここから登り始めることにしました。空は雲に蓋をされ冷たい風も吹いているので、夏だというのにヤッケを着ての登攀です。

1ピッチ目(30m / III+):私のリード。カンテの左手を斜上していくラインで、出だしの10mほどは見掛けによらず立っていたためにアプローチシューズのままの私はちょっと冷や汗をかきましたが、ここに一つランナーをとった後は、ピッチの切れ目までずっとランナウトでさくさくと登りました。このピッチの終了点にはリングボルト3本が打たれていましたが、うち2本は比較的新しく、案外このルートも登られているのだなと妙に感心しました。

2ピッチ目(25m / III):現場監督氏のリード。顕著な凹角からディエードル、そしておおまかな階段状。ところどころ岩が動く場面もあるようで現場監督氏もちょっと慎重な動きでしたが、大胆なムーブは封印してバランスクライミングを心掛け、ディエードル部は右から迂回するように登れば後は簡単です。

3ピッチ目(25m / III+):私のリード。明るいテラスから正面に見上げる凹角右端の幅広いチムニーを登り、突き当たりを左へ抜けるピッチ。チムニー内はホールドが豊富で、内面登攀に慣れていれば難しいところはなく楽しく登れます。チムニーを抜けたところにも支点が作られていましたがここでピッチを切っては短か過ぎるので、右手に伸びるリッジ上をもう少しロープを伸ばし、やはりリングボルトが二つ並んでいるところで現場監督氏を迎えることにしました。なお、この凹角の右外側の垂壁にもボルトラダーがあり、こちらは人工登攀のラインかとも思いますが、なかなか面白そうだと見えました(ボルトが生きていればの話ですが)。

4ピッチ目(40m / IV+):現場監督氏のリード。がらがらの斜面からリッジ上を進んで凹角をバランスで上がり、小テラスから垂壁。この垂壁は高さ3mほどで少々かぶり気味ではあるものの、よく探せばがっちりしたホールドが用意されていて豪快に乗り越すことができます。

5ピッチ目(20m / III):私のリード。目の前の岩塔をクラック沿いに登ればもうそこが安定したテラスで、そこから普通に歩いて頂上手前の斜面に達しました。

岩塔を登り終えたところでロープを解き、コマクサがところどころに咲く砂礫の斜面を花を踏まないように気遣いながら登って、風が入らない樹林帯に逃げ込みました。スタートしてから1時間45分で登攀終了で、朝方にはどんよりとしていた空も今はご褒美のように晴れ上がり、天狗岳から硫黄岳にかけてのダイナミックな地形とその下の樹林の広がりがいい眺めです。

樹林の中でギアをしまい、軽く腹ごしらえをしてから下山にかかりました。稲子岳の稜線には手元の地図には書かれていない登山道が通っており、ここから南へしらびそ小屋方面にすぐに下ることもできましたが、まだ時刻も早く、かつ実は前々から「にゅう」と呼ばれる岩峰のことが気になっていたので、北へ向かってにゅうのてっぺんを踏んでから下山することにしました。

コマクサやキバナシャクナゲを愛で、樹林の中の穏やかな道を行くことしばしで、岩塊が積み重なったピークであるにゅうに到着。目の前には白駒池と、その向こうに北横岳。そして遠くにはまだまだ雪をたくさん残した槍ヶ岳や穂高連峰も見えています。ちょうどこのときは小学校低学年の遠足御一行様がにゅう直下でトグロを巻いていて、先に登って来た先生方が富士山の遠望に「これはヤバい!」などと生徒そっちのけで興奮している様子を面白おかしく眺めてから下山を開始しました。

ところで、にゅうはなぜ「にゅう」というのか、実は20年以上も前から気になっていた疑問だったのですが、この疑問は実にあっさりと解消されることになりました。というのも下降路の途中にあった道標に、端的に「乳(にゅう)」と書かれていたのです。

ぴんと尖った小さなピークの形状からそうした名前がついたのでしょうが、わかってみれば納得はするものの、ダイレクトと言うかひねりがないと言うか……。

稲子岳南壁左カンテは、アプローチは多少勘を要しますが、ルート自体は明瞭で意外に岩もしっかりしており、支点も比較的新しいリングボルトが打たれているなど、問題になるようなところのないものでした。我々は支点工作のためにハーケン各種やカムを持って上がったのですが、上述の通り比較的頻繁に人が入っているらしく、ボルトの整備状況は申し分ありません。ただ、あまりにも易しく(最高でもワンポイントIV級)5ピッチ2時間弱で終わってしまうこのルートは、今回の我々のように「のんびりコマクサでも見に行くか」といった別の動機が組み合わさっていないとつまらないものになってしまうかもしれません。ともあれ、空いてしまった一日を無為に過ごすのがイヤなときのために、手軽に登れるアルパインルートとして手帳の「いつか登るリスト」に書き留めておいてもいいだろうと思います。