一ノ倉岳一ノ倉尾根

日程:2009/03/21-22

概要:衝立沢から一ノ倉尾根に上がり、一ノ倉岳まで尾根を登る。その日は谷川岳本峰を経て肩ノ小屋に泊まり、翌朝、天神尾根を下降。

山頂:一ノ倉岳 1974m / 谷川岳 1977m

同行:現場監督氏

山行寸描

▲一ノ倉尾根の人工登攀ポイント、懸垂岩。上の画像をクリックすると、一ノ倉尾根の登攀の概要が見られます。(2009/03/21撮影)
▲ダイレクトルンゼを登る私。凍っている部分は少なく、おおむねダガーポジションでさくさく登れた。(2009/03/21撮影)
▲5ルンゼの頭の先。ロープを外して眺めの良い岩稜歩き。(2009/03/21撮影)

昨年3月にも狙った一ノ倉尾根に再挑戦。今年の冬は寡雪である上に、直前の1週間が気温の高い日続きで雪の状態がどうなっているか心配でしたが、とにもかくにも春分の日の20時に京王線の八幡山で現場監督氏と待ち合わせ、そのまま関越自動車道を飛ばして23時頃には谷川岳ロープウェイのベースプラザに入りました。

2009/03/21

△04:05 谷川岳ベースプラザ → △05:20 一ノ倉沢出合 → △05:55 衝立沢 → △08:10-25 懸垂岩基部 → △14:35-45 5ルンゼの頭 → △15:30-35 一ノ倉岳 → △16:55 谷川岳(トマの耳) → △17:05 肩ノ小屋

午前3時に起床し、身繕いをしてまだ暗い4時に出発。ゲートの先から雪が道路を覆うようになって、他のパーティーと前後しながらよく締まった雪の上を歩きました。1時間余りで一ノ倉沢出合に着いた頃がちょうど日の出の時刻で、谷の奥には一ノ倉沢の見慣れた岩壁・岩峰群が聳えているのが見通せます。

一ノ倉尾根へ末端から取り付くならさらに右手へ進まなければならないのですが、我々はスピード重視のショートカットで衝立前沢を詰め上がることにしているため、ここから一ノ倉沢の中に入ることになります。他のパーティーも続々一ノ倉沢に入っていき、あるパーティーは一ノ沢へ、あるいは一・二ノ沢中間稜へ、さらにはテールリッジや衝立スラブへと分かれていって、ふと気付くと我々の目の前にはテールリッジが近づいています。その手前から右折して雪渓を登りだしたのは我々だけでしたが、これはもしや衝立前沢ではなく衝立沢では?

朝日に赤く染まりだした衝立岩を左に見送って委細構わず衝立沢の奥に顕著に立ち上がっているピナクル群をめがけてデブリの出ている雪渓を登ると、出だしは緩かった傾斜も徐々にきつくなってきてところどころにシュルントがひっそり口を開けていたりしますが、やや右上気味にラインをとって頭上のピナクル群に接近し、さらにその左手に急傾斜で続く細い雪のルンゼを登りました。雪は堅く締まっていますが青氷というわけではなく、ふくらはぎが張ってきたら2、3発蹴り込めばレストできるスタンスが得られます。

ルンゼの奥でピナクル群の終点にあたる稜線に乗り上がるところは笹の上に雪が乗って若干微妙な感じでしたが、なんとか崩さずに這い上がることができ、やれやれ助かったと思っていたところに後ろからコールが掛かってピナクル群の突端から後続クライマーが顔を出しました。どうやら彼らは我々より手前から斜面に取り付いて尾根筋を辿ってきた模様です。ピナクル群の突端から懸垂下降をしている彼らを尻目に引き続き急な雪壁をがしがしと登っていくと、目の前に立派な岩壁が立ちはだかっている場所に出ました。これが人工登攀ポイントとなる懸垂岩です。

懸垂岩手前のランペを左上して狭いレッジに乗り上がり、残置ピンでセルフビレイをとっていよいよスタカットでの登攀準備。ロープを結び、アブミを取り出してからオブザベーションしてみると真上にクイックドローが残されており、その左上の離れたところにスリングが垂れているのも見えました。クライミングシューズならフリーでも行けそうな感じですが、ここはセオリーにしたがって人工登攀とすることにしてまずは私がリード。グローブを外し、しっかりしたホールドを使って1段上がってクイックドローの掛かりを直してからアブミを掛け、アイゼンの前爪をプレートに乗せてぐっと身体を引き上げましたが、直上ラインには残置ピンも適当なホールドもありません。おかしいなと思いながらクイックドローをつかんで目をこらすと右手にスリングが垂れているのが見えたものの、これが思い切り汚れた濡れ雑巾みたいな色をしていて体重を掛けるのがためらわれましたが、仕方なく右手を伸ばしてクリップ。しかし、そちらに乗り移ってさらに1段上のハーケンに進んだところでまたしても行き詰まってしまいました。

ここからは左上の遠い位置に垂れているスリングが見えていて、そこまでフリーで1手つなげばよいのはわかっているのですが、いまひとつフットホールドが確実ではないのと前日のジム練での前腕の張りが残っているのとで思い切れません。何度か身体を左上へ引き上げてみたものの確信をもてる態勢に入れず、その都度アブミに戻って「テ、テンション!」。呆れた現場監督氏からクイックドローをフィフィ代わりにしてぶら下がるようにと指示を受けていったんレスト態勢にったのがよかったのか、3度目の正直でガバをとることに成功しアブミを回収して狭いスタンスに立ち上がると、両腕を交互にシェイク。あと2手をつなぎ最後のアブミは残置して最後のフリーをこなして、多少安定したレッジに立つことができました。

後続の現場監督氏はほとんど淀みのない動きでレッジまで上がってきて、続く直上〜凹角〜雪壁左上をリードしました。このピッチは凹角に入るところの1手がパズルを解くようなところがありますが、右手を横引きにして身体を引き上げればなんとかステミングの態勢に入ることができて、後は若干不安定な雪壁を直上〜左上に登るだけ。その先の顕著な細い凹角に微妙なバランスで乗り移って、後は60〜70度くらいの急斜面をロープいっぱいになるまで伸ばしては灌木に支点をとって後続を迎えるというつるべ4ピッチで開けたリッジ上に出ました。

リッジの少し先の岩陰でビレイしている現場監督氏のところまで行って、一気に開けた展望を楽しみながら一休み。前方には一ノ倉岳へと続く尾根筋の下に広い雪面が広がり、右手には幽ノ沢、左手には一ノ倉沢をはさんで東尾根が見え、背後には白銀の上越の山々が居並んでいます。後続が高速のJECCパーティーと、あともう1組もスピードがあったので、先を譲ってここでのんびり行動食をとることにしました。

後続2組が脇を抜けていってからおもむろに腰を上げて、水平の岩稜を前進。αルンゼが上がってくるところの岩稜を最初のパーティーは左側から苦労しながら巻いていきましたが、我々は2番手のJECCパーティーに倣って右側から巻くことにしました。ここを我々が巻いているときに先行2組は幽ノ沢3ルンゼ上部のカリカリの斜面を両手両足を蜘蛛のように動かしながら登っており、我々は「あんなところを行くのか!」と見上げてから先に進みましたが、窪状を右に越えて再度雪面の展望が開けてみると、先行していた2パーティー4人が四肢をシャカシャカと振るいながら戻ってくるのが見えました。どうやら先頭を行ったクライマーがラインを間違えたようで、そのまま行くと頭上を岩に押さえられてしまうようです。先に雪面を見通せる位置に達していた私は、前方でクライムダウンしている最後尾のクライマーに声を掛けてみました。

私「そちらは違うんですか?」
先「うーん、よくわからないんですよね」
私「こちら(手前)にもルンゼがありますよ?」
先「そっちは違うと思うけど」

結局彼らはかなり戻ってから、同じ雪面を左上するラインをとることにしたようです。こちらはトラバース途中の顕著な「窪状」を詰めてみることにして、後続の現場監督氏を先頭に狭いルンゼに突入しました。このルンゼは雪がしっかり締まっていて登りやすく、部分的に凍ってアイスクライミングのテイストになりはしたものの、おおむねはダガーポジションでの易しい登りに終始しました。

ここをつるべで4ピッチで稜線に出て、右手のIII級程度の岩場をワンピッチで抜け、さらにわずかにロープを伸ばして安定したピーク(5ルンゼの頭)に立つと、そこから先はロープが不要と思われる水平の岩稜が伸びていました。見れば先行パーティーも右下の広い雪面をロープを出しながら登って、前方の稜線に順次上がってきているところです。後で調べたところでは、彼らが登った雪面は『チャレンジ!アルパインクライミング』に記述されている幽ノ沢3ルンゼ側の斜面で、我々が登った狭いルンゼは『日本登山体系』に書かれた幽ノ沢へ落ち込んでいる細いルンゼ(ダイレクトルンゼ)、つまりどちらのラインも正解だったようです。

5ルンゼの頭でロープを解いたら、後は各自マイペースで前方に見えている一ノ倉岳を目指します。部分的に脆い岩に身を預ける箇所もあったりはしますが、おおむね易しい岩稜を歩いて、はっきりした平らな岩場を1段上がった後はカリカリの傾斜のない雪面をアイゼンをフラットに置きながらひたすら登ると、ぽんと一ノ倉岳の山頂に飛び出しました。先行していた現場監督氏と、山頂でがっちり握手。よく晴れて風もなくそれでいて不必要に気温が上がることもない絶好のコンディションに恵まれて登攀を終えたことを喜んでから、国境稜線を谷川岳方面に向かいました。

残業を覚悟すれば西黒尾根をこの日のうちに下ることも可能だったかもしれませんが、幸い翌日も休みだし一応ビバーク装備も持ってきているのでこの日は肩ノ小屋に泊まることにしました。途中のオキの耳では東尾根を登り終えたばかりの男女2人組と写真を撮り合いましたが、覗き込んでみると東尾根最後の雪壁はほとんど垂直に見えて恐ろしく、ここを登ったことがない私は肝を潰しました。

さらに足を運んでトマの耳、そして右手に広がる斜面を肩ノ小屋に下る頃には、夕方の斜光に我々の影も長く伸び始めていました。

2009/03/22

△06:15 肩ノ小屋 → △07:25 天神平

貸し切りになった清潔で快適な小屋内での一夜は、現場監督氏持参のライズ1内に私のツェルトを掛け布団のようにして、お互いにありったけ着込んでシュラフカバーに入ったらさほど寒い思いをせずに済みました。

午前5時起床。朝食を小屋内でとって、少々風の強い雪原を経由して天神尾根を下り、1時間余りの後にはもう天神平ロープウェイの駅に着いていました。

終わってみれば快適な雪渓登り、スパイスのきいた人工登攀、部分的にピオレトラクションも交えたルンゼ登攀、両側が切れ落ちた岩稜歩きなど、一ノ倉尾根は多彩な楽しみのある素晴らしいルートでした。出だしでのショートカットが行き過ぎてピナクル群をパスしてしまったのは多少残念ですが、そこから先だけでも一ノ倉尾根の魅力を存分に味わうことができたような気がします。