塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

一ノ倉沢烏帽子沢奥壁変形チムニー

日程:2008/10/13

概要:烏帽子沢奥壁の変形チムニールートを、リードを交代しながら登る。最後はまたしても残業に。

山頂:---

同行:ムラタ氏 / シオノヤ氏

山行寸描

▲取付から見上げる烏帽子沢奥壁。上の画像をクリックすると、変形チムニーの登攀の概要が見られます。(2008/10/13撮影)
▲変形チムニー。中はじっとり濡れたチムニーの内面登攀となる。(2008/10/13撮影)
▲バンドをトラバース。この先で中央カンテに合流。(2008/10/13撮影)

2008/10/13

△04:50 一ノ倉沢出合 → △07:00-30 変形チムニールート取付 → △09:40 変形チムニー → △15:25-55 烏帽子岩の肩 → △18:00 南稜テラス → △20:55-22:00 一ノ倉沢出合 → △22:45 谷川岳ベースプラザ

かすかに明るくなるのを待って出発。今日は烏帽子沢奥壁の変形チムニー(略称「変チ」)を登るのですが、幸い昨日のフォールのダメージはほとんどないようです。右岸の下降ポイントに着いた頃にはお日様も出てきて、谷の中は急速に明るくなってきました。昨日と同じくテールリッジを登り、衝立岩中央稜基部の平らなところでシューズ以外の装備を準備。さらに烏帽子沢奥壁のバンドを進み、湿った浅いルンゼを越えました。変形チムニーの取付はこの湿った場所を過ぎたすぐのところで、よく探せば残置ピンが3本。頭上は「階段状のフェース」になっていますし、少し壁から離れて見上げれば上の方に変形チムニーも顔を覗かせているので、迷うことはありません。

取付に着くまでは今日の前半は私、後半をムラタ氏がリードするという申合せだったのですが、岩はきれいに乾いて良好なコンディションだし、変形チムニーが見えたことでルートファインディングにも支障はなさそう。それに正直に言えば昨日の戦意喪失が尾を引いていることもあって、出だしから変形チムニー手前まではシオノヤ氏にリードを譲ることにしました。快く引き受けてくれたシオノヤさん、ありがとう!

1ピッチ目(50m / III〜IV+):シオノヤ氏のリード。出だしは見た目通りの階段状ですが、突き当たって左寄りに濡れたフェースを登るあたりから壁が立ってきて、なかなかの手応えとなりました。ここは60mロープの利点を活かして突き当たりのバンドまで。

2ピッチ目(40m / IV,A0):シオノヤ氏のリード。目の前のフェースには残置ピンが見当たらず、いったん右の浅い凹角に取り付いてはみたものの、どうも違う様子。さらに目をこらすと私が立っている左側のさらに左にスリングが垂れているのが見えたので、シオノヤ氏はそちらに回り込んで直上していきました。コールを受けて後続してみるとなかなか厳しい垂壁で、迷わず残置スリングをつかんで身体を引き上げ、上に抜けるとすぐ右上に変形チムニーが立っていました。

3ピッチ目(50m / IV+):私のリード。変形チムニーの中に入り込んで、バック・アンド・フットや両足突っ張りを駆使して身体をずり上げました。この「変形チムニー」というネーミングは、誰がつけたか知りませんが一度聞いたら忘れられないインパクト。しかしながら「チムニー」という言葉が意味する煙突状ではなく、壁に巨大な板状の岩が寄りかかっている姿をしています。もっとも登り方は確かにチムニー登りに近く、いったん奥に入り込んでから徐々に手前へ戻るようなかたちで上がるのがミソで、少々古いものの残置ピンは豊富ですしホールドにも困りません。チムニーの上へは左側から抜けて、さらに上のフェースを右へ回り込み傾斜の立ったランペ状を突き当たりまで登りましたが、内面登攀が苦手ではない私にはチムニー内よりもこの立ったランペの方が緊張しました。

後続の2人を待つ間、ビレイポイントからはすぐ向こうに中央稜を登るパーティーや、数年前の凹状岩壁上部の崩壊でむき出しになった白い岩肌がよく見えました。空は青く、風はなく、烏帽子沢奥壁のど真ん中でスリングに身体を預けてのんびり立っているのはなんともよい気分です。

4ピッチ目(60m / IV+):私のリード。2mほどクライムダウンすると右へ続くバンドに下りられ、そこから右手へ進めばルンゼ、そして中央カンテとなります。トポではルンゼは脆いので中央カンテまで進むように書いてありますが、以前現場監督氏がこのルンゼを登ったときの記録では岩は安定しているとのことだったので、構わずルンゼ内に突っ込みました。下方の烏帽子沢奥壁のバンドは南稜からの帰り道でもあるので、とにかく石を落とさないことだけを心掛けながらルンゼの中をよじ登り、途中から右手のフェースに乗り上がってロープを伸ばしましたが、そろそろロープの残りがなくなりそうだというのに支点が出てきません。かろうじて60mいっぱいで古いリングボルトが1本見つかり、そこにセルフビレイをとって足場を固めると、まずはムラタ氏に後続してもらいました。登ってきてもらったムラタ氏にはそのまま上へ、中央カンテルート上のビレイポイントまで達してもらい、そこでロープを巻き上げて私がムラタ氏から確保されている状態にしてようやく一安心。ついでシオノヤ氏が後続したものの、このピッチで1時間半も時間をつかったことが残業につながりました。やはりこの時期の谷川岳に3人パーティーというのはプラン自体に無理があったかもしれない……と後悔するのは後の話です。

5ピッチ目(20m / III):ムラタ氏が先行してくれたピナクル下まで。ここからは以前登った中央カンテのルートを辿ることになります。難しくはありませんがランナーがとれないのでリードは慎重に。

6ピッチ目(25m / IV+,A0):ムラタ氏のリード。出だしの2mほどの垂壁はさしたる苦労もなく身体を引き上げてガバをつかめます。問題はその次のコーナークラックのある垂壁で、前回はリードでA0してしまいましたが、今回はフォローなんだからフリーで登りたいもの……と思いながら後続したら、リードのムラタ氏はここにアブミを残置していました。左手で身体を支えながらその回収に手間取っているうちに「うっ、パンプしてきた……」と焦りましたが、一応フリーで登る意思表示はしてみました。

私「フリーで行きますんで、よろしくお願いしまーす!」
ム「はい、どうぞ!」
私「……と思ったけど、やっぱりA0しまーす!」
シ「(下から)がはははは!」

シオノヤさん、何もそんなに大声で笑わなくても……。ムラタ氏が残していたクイックドローをつかんで、ビレイポイントで待つムラタ氏に合流。最後に登ってきたシオノヤ氏もこのコーナークラックの垂壁ではずいぶん息づかいを荒くしていましたが、やはりアブミを出して突破した模様です。そして3人が揃ったところで時刻は14時、これは残業必至の様相を呈してきました。

7ピッチ目(30m / IV):ムラタ氏のリード。左手の易しい凹角を1段上がったところまで。

8ピッチ目(50m / IV):ムラタ氏のリード。烏帽子岩の下の小尾根上まで。時間とともに急速に気温が下がってきたため、ムラタ氏をシオノヤ氏がビレイしてくれている間にこちらはシューズをアプローチシューズに履き替えヤッケも着込みました。そして、このピッチで登攀は終了です。

本来のルートはこの後に烏帽子岩の左手を抜けて浅いルンゼを横断しますが、今日は時間が押しているので烏帽子岩の肩からただちに懸垂下降に入りました。実は3人とも本当にこのビレイポイントから下るのが正しいのか確信が持てず、下を覗き込んでみるとかなり遠く感じられて「これ、ヤバいんじゃないの?」という顔をお互いにしていたのですが、残置カラビナにロープをセットして投げ込んでみると、ロープの末端が地面を叩く音が確かにしました。意を決して私から懸垂下降してみると、出だしの数mの垂壁が切れると長い空中懸垂になるものの問題なく下のルンゼに達し、そのままロープを引いて右岸へ回り込むように歩いて、笹の中の小灌木から横に伸びるフィックスロープにセルフビレイをとってからロープを外しました。

ムラタ氏とシオノヤ氏が続いて下りてくる間に笹薮の中を漕いでみると、フィックスロープ沿いにうっすらと踏み跡が続いており、それを辿って南稜終了点に到着することができました。ここから先は勝手のわかっている6ルンゼの下降ですが、3人だとそれなりに時間がかかり、さらに一度ロープがスタックしかけて冷や汗をかく場面もあって、南稜テラスに降り立つときにはすっかり真っ暗になってしまいました。悪いことに夕方から雲が出ていて月明かりの助けを得ることもできず、慎重派のムラタ氏はすっかりビバークモードでしたが、翌日の仕事に穴をあけたくない私とシオノヤ氏は下降を主張。渋々同意してくれたムラタ氏は、南稜テラスからちょっと下ったところで難しいクライムダウンが必要になると「こんなところで死にたくないんだけどな」とぶつぶつ言っていましたが、それでもなんとか中央稜の基部に達しました。おそらく、テールリッジを下る我々のヘッドランプの動きは一ノ倉沢出合の駐車場あたりからも見えたことでしょう。

結局テントに帰り着いたのは21時。東京へ戻る電車などとっくの昔になくなっており、帰京は諦めてベースプラザに一夜の宿を借りることにしました。疲れきった身体でパッキングを済ませ、車道をのろのろと歩いてベースプラザに到着し、自動販売機で缶ビールを買って、何はともあれ無事の下山を祝って乾杯です。翌早朝のタクシーを予約してからシュラフに入ると、あっという間に寝入ってしまいました。

この2日間はいろいろと反省すべき点がありましたが、無事に下りてきてみればやはり楽しく、今回の経験を糧にしてもう一度衝立岩に挑戦してみたいと思いました。ムラタさん、シオノヤさん、これからもよろしくお願いします。