塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

斜里岳

日程:1991/08/15

概要:北海道最後の百名山・斜里岳を清岳荘から往復。登りは一ノ沢沿いの旧道を、下りは熊見峠経由の新道を歩く。

山頂:斜里岳 1547m

同行:---

山行寸描

▲道東の大地に根を張る斜里岳。この姿は終生忘れることがないだろう。(1991/08/14撮影)
▲山頂にて。ガスの中、粘りに粘った甲斐があった。(1991/08/15撮影)

◎「雌阿寒岳」からの続き。

1991/08/15

△05:10 清岳荘 → △05:40 下二俣 → △06:40 上二俣 → △07:05-10 馬の背 → △07:20-10:20 斜里岳 → △10:30 馬の背 → △10:45 上二俣 → △11:25-12:00 熊見峠 → △12:35 下二俣 → △12:55 清岳荘

昨日の阿寒からの移動の車中で接した斜里岳の威容と知床連山の展望を思い出し、山頂の大展望を確信しながら登りました。清里からの斜里岳の姿は同じ清里側からの八ヶ岳に似ているのが面白い符合です。

旧道コースは何回も沢を横断しますが、沢床の石は不思議に滑りません。朝の霧の中を道は滝を巻いたり、ヘつったりしながら上へ向かいます。

斜里岳の山頂に到着したときはガスのために展望がありませんでしたが、どうせ車は16時までに網走に返せばよいのだからと覚悟を決め、長期戦で晴れるのを待つことにしました。リンゴを齧り、昨日雌阿寒岳の山頂で会った単独行者とここでも言葉を交わしながら粘ること1時間、この間何人もの登山者が登ってきては証拠写真だけ撮って下っていきました。

しつこく待った甲斐があって、唐突に晴れ間が広がり始めました。それでも北方から押し寄せる雲に山頂はしばしば覆われますが、ついには青空が優勢を確保して道東の大展望が展開しました。南西方向には摩周湖と屈斜路湖、雄阿寒岳の右に阿寒富士と雌阿寒岳。東には国後島が浮かんでいますが、羅臼岳近辺は北岸に雲がびっしり貼り付いて見ることができませんでした。

滞頂3時間を機に、見飽きぬ展望に区切りを付けて下山にかかりました。上二俣で往路から離れて尾根伝いの新道コースに入り、途中で龍神の池に寄り道すると天然のブールには透明な清水が滾々と湧いていました。

斜里岳の展望台となる熊見峠でも山頂にかかった雲が晴れるのを待ちましたが、残念ながら2匹目のドジョウはいませんでした。

車で林道を出たところで振り返ると白い笠をかぶった斜里岳が、しかし山頂をはっきり見せてこちらを見下ろしていました。

北海道の大地に心を残しつつ、斜里岳に、そして道東の山々に別れを告げて車を網走へ向けました。