笛吹川東沢釜ノ沢西俣

日程:2020/08/08-09

概要:笛吹川東沢釜ノ沢西俣を遡行。初日は両門ノ滝の先でテント泊、2日目に急登を続け稜線に出て甲武信ヶ岳山頂を踏んでから戸渡尾根を下山。

⏿ PCやタブレットなど、より広角(横幅768px以上)の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:甲武信ヶ岳 2475m

同行:エリー

山行寸描

▲西俣(左)と東俣(右)を分ける両門ノ滝。上の画像をクリックすると、釜ノ沢西俣の遡行の概要が見られます。(2020/08/08撮影)

◎本稿での地名の同定は主に『東京起点 沢登りルート120』(山と溪谷社 2010年)の記述を参照しています。

三連休は東北の沢へ行く予定でしたが、かの地の天気が悪いため方向転換して奥秩父の笛吹川東沢釜ノ沢西俣。2006年に釜ノ沢東俣を遡行して以来「いずれは西俣も」と思ってきたのですが、ようやく宿題のひとつが片付きました。同行してくれたのは、このところ沢登りにはまりつつあるエリーです。

2020/08/08

△09:50 西沢渓谷入口 → △10:25-40 東沢入渓点 → △14:00 釜ノ沢出合 → △14:05-10 魚止ノ滝 → △15:10-15 両門ノ滝 → △16:15 幕営地

新宿7時03分発のかいじに乗って塩山駅でエリーと合流し、バスで西沢渓谷入口へ。西沢渓谷入口行きのバスは2台が満員で、我々は乾徳山登山口まで立ったままでした。

事前の予報ではピーカンのはずだったのになぜか薄曇りで少々暗い雰囲気の渓谷道をとことこと歩き、西沢山荘の前から緩やかに沢筋に下って吊り橋を渡った先で右手へ。入渓点へのスロープの手前には「ホラ貝付近沢下り中死亡事故多発」の看板がありました。河原に下りて沢装備を身につけ、東沢の真っ白な河原をしばらく歩いて、鶏冠谷出合の先から東沢左岸の道に上がります。

よく歩かれている道は深くえぐれた東沢の左岸の高いところをトラバースし、ところどころで河原に降りながらも上流へと続きます。やがて到着したのホラの貝ゴルジュの入口で小休止。ここで休憩していた男性2人組に「ゴルジュの中に入るんですか?」と話し掛けたところ、彼らは釜ノ沢東俣を遡行するとのことでしたが、この後この2人とは両門ノ滝まで前後しながら同行することになりました。

ホラの貝ゴルジュ入口から再び左岸の急斜面を上がって巻き道を進み、しばらく進むと河原を歩くようになっていくつかの見どころが続きます。まずは優美に水を落とす乙女ノ滝。ここは3年前の2月にアイスクライミングで登ったことがあります。次に黒っぽく異様な存在感を示す岩壁。ただし登攀の対象にはならなそう。

東のナメ沢は東沢からも上部を窺い見ることができますが、対岸にリュックサックをデポして1段上がってみるとナメ滝の全容を見ることができます。ここもいつかは登りたいと思いながら、今まで長きにわたって手をつけられていません。

つるつるの側壁をへつる箇所では、ラバーソールとフェルトソールの違いが顕著に出てしまいます。今回、私はラバーソールを選択してきたのでこの傾斜は余裕ですが、フェルトソールのエリーはご覧の通りドキドキのトラバースだった模様。

ドキドキどころか次のへつり→対岸へジャンプするポイントでエリーは、足を滑らせ流されかけてしまいます。お助け紐を出そうと私がもたもたしている間に先ほどの2人組の1人がエリーの身体を支えてくれたおかげでエリーはどうにか窮地を脱することができましたが、エリーは泳ぎが得意ではないので危ない場面でした。

西のナメ沢を眺めてからも滑りやすいトラバースがあり、先ほどの教訓を活かしてここは最初からロープを出しました。エリーはここでも2回スリップしてコケていましたが、それで度胸がついたのか、その後に出てくる腰までの淵は臆することなく突破してきました。

やっとのことで釜ノ沢出合(写真の赤丸のところに「釜の沢→」と赤ペンキで書かれています)。東沢をまっすぐ進むと信州沢と金山沢ですが、釜ノ沢は右に直角に折れてさらに右手に回り込んでいきます。

するとすぐに出てくるのが顕著なナメ滝である魚止メ滝。ここは左壁の登れるラインが一目瞭然で、まずは私が登ってエリーを確保しましたが、日頃ボルダリングジムに通っているというエリーもお助け丸太を使うことなくすいすいと上がってきました。

魚止メ滝を越えてその上流にある真っ白なスラブをぺたぺたと上がると、やがて目の前に広がったのは釜ノ沢名物「千畳のナメ」です。

この(エリー曰く)「きらきらワールド」にエリーは大喜び。千畳のナメは思ったより小さいとよく言われ、私もかつてここに来たときにはそのように思ったのですが、今回こうして再訪問してみるとなかなか立派。エリーを連れてきた甲斐がありました。

6m曲がり滝を右(左岸)から巻くと両門ノ滝手前の幕営ポイントとなりますが、あたりは分譲住宅状態の混みようで、行程が遅れているために当初の計画を変更してこの辺りに幕営しようかと考え始めていた私のもくろみは御破産になってしまいました。

気を取り直して、両門ノ滝の前で記念撮影。ホラ貝から同じペースで歩いていた2人組ともここでお別れです。ここから彼らは右(東俣)へ、我々は左(西俣)へ。気をつけて、お互い頑張りましょう。

さて、東俣へ向かうルートは登山道並に明瞭なのですが、西俣に向かうための巻き道は今ひとつ判然としません。左滝の左(右岸)に広がる斜面にはそれとない踏み跡も続いていて、そのひとつを辿って高度を上げたのですがやや悪めです。もしかすると左斜面の滝から少し離れたところにあるルンゼの右側カンテを登るのが正解だったのかもしれませんが、これは追い上げられているのでは?と不安になる頃に踏み跡に達し、さらに滝に向かってトラバースしていくと尾根を回り込むように下降路が続いていました。バンドを辿り、最後の2mをクライムダウンすると自然に滝の上に降りられて一安心。

……と思ったのですが、滝の上は両岸が迫りその中にナメと滝が連続していて、滑りやすい上に微妙に手掛かりが乏しく、一筋縄ではいきません。何カ所かロープを出し、可能であれば巻いたりもして上流を目指しましたが、時間が押してきているにもかかわらずなかなか沢筋が開けてこないことに不安を感じ始めた頃、ようやく前方から焚火の匂いが漂ってきました。やがて左岸に台地が広がる場所に到達し、その一番下流側で平らな場所を探して今宵の宿とすることにしました。

私がピンチシートを設営している間にエリーが山ほど薪を集めてくれて焚火作り。薪は湿っているものが多かったものの、丹念に息を吹き込み続けているうちにどうにか火力が安定してくれました。

日本酒でささやかに乾杯した後は、私が持参したアスパラベーコンとエリー持参のカマンベールチーズフォンデュ鍋。ベーコンが重なりますが、チーズとトマトは疲れた身体に活力をもたらしてくれます。火の世話をしながらのんびり食べて飲んでおしゃべりをして、20時すぎに就寝しました。

2020/08/09

△06:00 幕営地 → △07:25 奥の二俣 → △09:55-10:15 登山道 → △11:15-30 甲武信ヶ岳 → △11:45-12:20 甲武信小屋 → △15:30 徳ちゃん新道登山口 → △16:00 西沢渓谷入口

4時起床の予定でしたが、少し寒かった(2人ともシュラフカバー程度)こともあり、3時半には起き出して焚火に再着火しました、

マカロニとオレンジの朝ごはんを済ませ、遡行再開の準備をして最後に焚火の始末をしてから出発。上流に進むと何組かの先行者たちがまだ朝食中でした。

昨日の両門ノ滝を越えてからの黄色いナメの30分ほどもつらい時間帯でしたが、この日の最初の1時間余りもひたすらゴーロの歩きで潤いがなく、心をすり減らすものでした。それでも我慢の遡行を続け、左から入る枝沢を見送ってさらに10分ほども歩いたところ、やっと雰囲気が変わってきます。

小さい滝をひとつ越え、さらにその先の8m滝を左寄りから登るともうそこが奥ノ二俣。左沢は斜度がなく、その奥に高さのある滝を垣間見せていますが、我々の向かう先は右沢で、のっけから5m滝の登りとなります。ここは水流の真ん中を岩の凹凸を活かしながら直登することが可能ですが、スリッピーなところもあるのでエリーにはロープを出しました(この後に出てくる滝も、少しでも危険要素があれば積極的にロープを出して安全確保に努めることになります)。

右沢出だしの5m滝のすぐ上にある3m滝は右端から小さく巻き上がり、続く3m滝(二連になっているようですが下からははっきり見えませんでした)は左(右岸)巻き。しばしのゴーロの後に出てくる苔に覆われた10m滝は右下から左上へ水を浴びながら。

その後もこの日出だしの1時間の苦行を埋め合わせるかのようにナメや滝を連ねながらぐんぐん高度が上がり、最後に多段10m滝を気持ちよく登ると滝場は終了します。奥ノ二俣からここまで約1時間半にわたり飽きることのない遡行が続いて、ふと頭上を見上げれば青い空が近づいてきていました。

多段滝を過ぎると倒木が沢筋を埋めるようになり、これを左右にかわしながら登高を続けたのですが、とある場所で倒木を跨ぎ越したときにバランスを崩したエリーが右足を捻挫してしまいました。しかし、痛みを感じつつもエリーは落ち着いて手際よくテーピングを施しています。かつて行っていたスポーツの影響で足首に捻挫癖がついてしまっているためにこうした処置は手慣れたものなのだそうですが、いやはやたいしたものです。

やがて水が涸れたところで沢筋を離れてふかふかの苔の斜面を登り続けることわずか10分、待望の登山道に飛び出しました。腰を下ろし沢ソックスを脱いで開放感に浸るエリーの表情を見て、かつて葛根田川〜大石沢の遡行を終えて沢靴を脱いだ同行のモモリさんが「この瞬間のためにここまで沢靴を履いてきたと言っても過言ではない〜」と感極まっていたことを思い出しました。

遡行はこれで終了ですが、山行は無事に帰宅するところまで続きます。そのためにまずは水師を越えて甲武信ヶ岳の山頂へ。私は一昨年の10月にこのピークを踏んでいますが、エリーにとっては初登頂です。

シカよけのネットが張られた甲武信小屋に立ち寄って、ビールとコーラで乾杯!さらに私は蕎麦、エリーはカレーで昼食をとっているところにやってきたのは、東俣の遡行を終えてここに上がってきた、エリーの恩人であるあのお二人でした。

下山は木賊山を巻いてから少し登って戸渡尾根へ。2006年に下った近丸新道は荒れて使えなくなっていたために徳ちゃん新道を下りましたが、急降下の厳しさは変わりありませんでした。

両門の滝までの見どころは東俣と共通ですが、その後のナメと奥ノ二俣あたりから始まる滝の連続は手ごたえあり。幕営地から奥ノ二俣までの間のゴーロの長さと詰めの倒木帯はマイナスポイントながら、この西俣はメジャーな東俣よりも面白いかもしれません。我々はところどころでロープを出したために時間がかかりましたが、足の揃ったパーティーならもっと短時間で遡行・下降できることでしょう。そして実はエリーもどの滝をとっても危なげなく登れていたので、ロープを出す回数を本当はもっと減らせたのかもしれません。