塾長の山行記録

天覧山〜多峯主山

概要:飯能の能仁寺の裏山・天覧山へツツジ鑑賞のために登り、多峯主山まで足を伸ばして高麗駅へ下る。

日程:2019/05/03

山頂:天覧山197m / 多峯主山270m

分類:関東周辺

同行:ユキ

天覧山山頂のツツジ。赤・ピンク・白のツツジたちに心癒された。(2019/05/03撮影)
YAMAPのデータを活用
この日歩いたコース。市街地に隣接する丘陵地帯をのんびり散歩、といった趣き。

ゴールデンウイークの後半は所用があってまとまった山に行けず、せめて日帰りでハイキングでもするかとツツジの名所・天覧山に向かいました。Facebook上でこの山が取り上げられている記事を目にしたのがここを選んだきっかけですが、それだけではあっという間に終わってしまいそうなので、背後の多峯主山とうのすやまとつないで歩くことにしました。

2019/05/03

■09:40 天覧山入口バス停 ■10:05-10 天覧山 ■11:10-35 多峯主山 ■12:10 高麗駅

西武線の飯能駅で降りたらすごい人の数でした。ただ、どうもそのすべてがハイカーというわけではない様子。それもそのはず、ここ飯能には昨年11月に北欧ライフスタイルを体験できる「メッツァビレッジ」、今年3月にはムーミンのテーマパークである「ムーミンバレーパーク」がそれぞれオープンしており、これを目当てにする家族連れが多かったようです。

そのため、駅舎内には樹木の枝に見立てた木材の造形物やカモメのオブジェがフィンランドを連想させていましたが、バスに乗ってみると漫画『ヤマノススメ』のキャラクターのイラストがびっしりで趣きはがらりと変わってしまいます。飯能市よ、どこへ行こうとするのか……。

天覧山入口バス停から徒歩数分で能仁寺。目指す天覧山はその裏山といった位置にあり、登山口も能仁寺の右隣から自然に上がる坂道になっています。この日はとてもよい天気でしたが、想像していたほどにはハイカーの数は多くありませんでした。

緩やかに高度を上げる登山道はツツジのトンネルのようになっていましたが、どうやら盛りは既に過ぎており、足元にはツツジの花がたくさん落ちていました。

ちょっとした見晴台の先で道は分岐しており、これを左へ進むと十六羅漢。徳川綱吉の病気平癒の祈願を行い霊験あった能仁寺和尚に対し桂昌院が感謝の印として寄進したものとのことですが、私の目はその背後にあるチャートらしき硬そうな岩に釘付け。

その岩場の背後を回り込むように階段道を上がると、そこが天覧山の山頂でした。この山はもともと「愛宕山」と呼ばれていたのが、上記の十六羅漢の寄進に伴って「羅漢山」と名を変え、さらに明治16年、この地で近衛兵の演習が行われた際に明治天皇が山頂に登ってその景観を愛でたことから「天覧山」と再び名を変えたという歴史があります。

なるほど確かによい眺め。左手には遠く東京スカイツリーや高層ビル群、右手奥には白い富士山が見えていました。

立派な行幸記念碑をはさんで、左にはピンク、右には真紅のツツジが花盛り。特に赤の方は、これを見ることができただけでも来た甲斐があったと思えるほど見事な咲き具合でした。

天覧山から多峯主山方面へ少し下ると、そこは「ハブに注意」の看板がやたら目に付く湿地帯になっていました。その中を通り抜ける道を進むと、今度は見返り坂。常盤御前がこの山に登ったときに、風景の良さに振り返り振り返り登ったことからこの名前がついていると解説板に書かれています。史実としては常盤御前がこの地にやってきたという確たる記録は存在しませんが、常盤御前が義経を追って都を出たという伝承はあり、そのため日本各地に常盤御前の墓なるものがあるそうです。また、この坂には牧野富太郎が発見・命名した飯能笹という笹の植生がありますが、解説板に「一見普通の笹のようにみえる」とあるように、どこがどう有難いのかさっぱりわかりませんでした。

見返り坂を登ってしばらく水平に進むと雨乞池。古くはここに、高龗たかおかみ・闇龗くらおかみという雨にまつわる神が祀られていたり、鼻をつまみ息を止めて池の周囲を七回りすると異変が起きるといった言い伝えもあったそうです。また、この池の向こう側には尾根上のちょっとした広場があって、常盤平と名付けられていました。

常盤平の近くの小高い位置に宝篋印塔が一基立っていましたが、ここはもと常盤御前の墓があったとされている常盤が丘です。いったいいつ、誰が、この地と常盤御前とを結びつけたのか?

常盤平から雨乞池を右下に見てぐるりと回り込むように歩くとそこにあるのは黒田直邦侯墓で、こちらは由緒がしっかりしています。黒田直邦(1667-1735)は徳川綱吉から吉宗にかけての頃の幕臣・大名で、累進して寺社奉行や老中も務めた人物。古くからこの飯能の地の国衆であった中山氏の出であることから、死後に世嗣直純が霊場多峯主山を選んでその墓所としたのだそうです。

再びツツジの花を愛でながらの坂道を登ると、これまた小広い多峯主山の山頂に着きました。

ここもまた、わずか270mという標高からは想像できないほど広闊な展望が得られます。ひとしきり展望を楽しんでから、竹の子炊き込みご飯のおにぎりと卵焼き、タコウインナーでランチタイム。身体を動かした後はお米が美味しい……と言えるほどの運動量がないのが少し残念ですが、春のツツジや秋の紅葉、変化に富んだ地形と歴史的なモニュメントも揃っていて、この山は家族連れのハイキングにはうってつけです。

下山は高麗駅方面としましたが、あっけにとられるほど短時間の歩きで住宅街に出てしまいました。多峯主山の北斜面は宅地開発が進んでおり、それが山頂のすぐ下にまで及んだ結果、こういうことになったようです。

住宅街の中の道をひたすら緩やかに下り続けて、ゴールの高麗駅に到着したのは正午を少し回ったばかりの時刻でした。打上げにビールを一杯!といきたいところですが、あいにくこの駅前にはそれらしき店は見当たらず、そのまま西武線に乗って都内に戻ることになりました。