塾長の山行記録

三浦アルプス

概要:葉山町から三浦アルプスに乗り北尾根を東へ。横須賀市内の三浦按針墓で山行を終え、横須賀港に下って海軍カレーを食す。

日程:2019/04/21

山頂:仙元山118m / 阿部倉山161m / 二子山208m / 乳頭山202m / 畠山205m

分類:関東周辺

同行:かっきー

葉山から横須賀方面へ三浦半島の付け根を横断する三浦アルプス。歩いたルートは距離10.3km、登り累計833m、下り累計720m、消費カロリー1,703kcal……とGeographicaの御託宣。(GPSログをGoogle Earthで加工)

1月の事故で負傷したかっきーもようやく山道を歩けるようになり、目下せっせとリハビリ中。その舞台となっているのは三浦半島の付け根を東西に走る通称「三浦アルプス」で、その3回目のリハビリウォークに私も同行することにしました。

2019/04/21

■08:10 風早橋バス停 ■08:35-40 仙元山 ■10:25-40 二子山

JR逗子駅前でかっきーと合流し、バスに乗ってわずかの風早橋バス停で下車。車道をさらに進むと前方にトンネルがあり、その上の尾根筋が三浦アルプスの西の末端です。

心臓破りの舗装された坂道を登ると葉山教会。その脇の登山道を歩んでわずかの登りで早くも最初のビューポイントとなる仙元山に着きました。背後には葉山マリーナ、その向こうに江ノ島が見えており、春の霞んだ空気を通してうっすらと富士山も見えていました。

仙元山から尾根伝いにまず東へ、ついで北へと進み、いったん市街地に降りました。すると、森戸川を渡ったところにある交差点で、向こうから車道を歩いてきたハイカーの一団に「二子山への道はどこですか?」と聞かれました。示された地図を見て方角を教えた上で、我々は阿部倉山から二子山に通じる点線ルートを歩くつもりだと説明すると、一団の人たちが「すごーい。点線は上級ルートじゃない」とざわざわ。いやいや、こんな低山に上級もへったくれもないでしょう!とそのときは思ったのですが……。

一団と別れてお地蔵さんが並ぶ登り口から急登わずかで小広い阿部倉山の山頂につき、さあ二子山へ向かおうと山頂から先に続く道に入ったのですが、どうもそのまま下ると下界へ降りてしまいそうです。これはおかしいといったん戻って別の降り口から下ったところ、今度は先ほど登ってきた道にぶつかってしまいました。結局、最初に下ろうとした道が正解だったのですが、この迷走ぶりは、恥ずかしながらリングワンデリング状態。なるほど確かに上級ルートだ……。

阿部倉山からぐっと下ってあまり歩かれていない鞍部の道を進み、そこからの登り返しがこのルートの中で最もきつい区間でした。傾斜がそこそこ強く、爪先立ちになって休まず登り続けたのですが、登っても登ってもゴールが見えてこず、そのうちふくらはぎがパンパンになってしまいました。どうにか二子山の西のピークに着いたときは、私は心臓バクバク、かっきーも汗だく。もっとも、これくらい負荷がかからないとリハビリにもトレーニングにもなりません。

さらに東への歩みを続けて、二子山の東のピークに着きました。こちらは開けた広場になっていて、展望台も設置されています。

ここで横浜方面の展望を確認してから、ザックを降ろして大休止としました。道を聞かれたパーティーと別れてからここまで誰とも会いませんでしたが、このピークは展望台があるだけあって人気が高いらしく、他にも数名のハイカーが展望台の下の日陰で憩っていました。

■11:15 馬頭観音 ■11:50-12:00 乳頭山 ■12:30-35 畠山 ■13:05 三浦按針墓

二子山を出発して横須賀方面に向かうと、鳥の囀りが賑やかに聞こえ、ハイカーやトレイルランナーの姿も増えてきました。よく整備されて平坦なこのあたりの山道は、確かにトレイルランニング向き。寒い季節にはここまで遠征してきて走るのもいいかもしれません。

登山道はかなり頻繁に分岐を生じていますが、その都度親切な指導標が行先を告げてくれます。

馬頭観音の石碑があり、そこには「牛馬安全 / 文政三辰八月吉日」と刻まれていました(文政三年は西暦1820年にあたります)。これは江戸時代に逗子と横須賀との間を往来する道がここを通っており、その通行の安全を願うと共に荷の運搬に使われた馬を供養する意味もあったようです。

意外に長い道のりを乳頭山へ。途中にはタラの木の群生もあって、もっと早い時期ならタラの芽が採れたかもしれません。しかし、山頂手前の露岩を伴う急坂は足の傷が回復途上であるかっきーには少々シビアであった模様です。

どうにか無事に着いた乳頭山の山頂で軽く乾杯。その向こうには横須賀の軍港が見えています。気持ちの良い微風に吹かれながらのんびりしていたら、後からぞろぞろとボーイスカウトの少年たちが到着しました。これはたまらん……もとい、彼らに山頂の展望を譲ってあげようと、我々はそそくさと腰を上げました。

ここからも意外に長い道乗りの途中には「東京湾要塞云々」と刻まれた石碑あり。いかにも横須賀らしいモニュメントですが、これは戦前のものなのでしょうか?

最後のピークとなる畠山の山頂も、広場状になっています。展望にはあまり恵まれていませんが、その代わり山頂広場には大きな桜の木と楓の木があり、時期を選べば花や紅葉を楽しむことができそうです。

畠山からの下り道はすぐに下界の様相を呈しだし、横浜横須賀道路の下をくぐって海を目指します。

途上にある三浦按針墓に立ち寄って、ここで山行は終了です。二基の宝筺印塔は徳川家康の外交・貿易顧問として活躍し、ドラマ『SHOGUN』でも広く知られるようになった三浦按針(William Adams)とその妻(日本人)の墓とされていますが、実際にはここは墓地ではなく、三浦按針の遺骸はその終焉の地となった平戸にある墓に埋葬された可能性があるようです(ここから発掘された骨をDNA調査したところ西洋人のものであると今月平戸市から発表されました)。


三浦アルプスを歩いたのは初めてでしたが、穏やかな起伏の中によく整備された道が通じていて歩きやすく、しかもルートどり次第で充実した道のりとすることができて、好ましい印象を受けました。上述したように、ここは季節を変えて走りに来てもいいかもしれません。また、かっきーはダブルストックでの歩きで普通のハイカーと遜色ない程度に歩けることを確認できました。まだ岩がちの急坂では厳しさを感じる場面があるようですが、予想よりもはるかに早い回復具合だと思います。この分なら夏頃には易しい沢登りに復帰することもできるかも?ただし、その前に家族や職場など周辺の人々からバリエーション登山再開の許可を取り付けなければならず、そちらの方が核心部になりそうです。かっきー、頑張ってくれ。