小川山東股沢野猿返し

日程:2018/10/31

概要:金峰山川東股沢右岸に伸びる岩稜・野猿返しのマルチピッチルート(おおむね10ピッチ・最高ピッチグレード5.7程度)を登る。

山頂:---

同行:セキネくん

山行寸描

▲ルート中の核心部となる岩塔。上の画像をクリックすると、野猿返しの登攀の概要が見られます。(2018/10/31撮影)
▲高度感のあるナイフリッジ。その向こうには川上村の美しい田園風景が広がる。(2018/10/31撮影)

以前、小川山周辺で易しいマルチピッチはないかと探していたところ、アンテナにかかったルートの一つが野猿返しでした。これは小川山でおなじみの川上村を流れる金峰山川が廻り目平近くで東西に分かれた内の東股沢に向かって東の雨降山から落ちてくる尾根の末端にある岩稜で、1981年に初めて登られたもののその後再登されずに放置されていたのを、2017年にJAGUの篠原ガイド・松原ガイド、それに橋尾歌子ガイドの3人で整備したというものです(篠原ガイドと松原ガイドが再整備したルートとしては他に「烏帽子岩左稜線」も有名)。そろそろ冬季クライミングへと心と身体を切り替える時期が近づいていますが、その前に1本マルチピッチを登っておこうとこのルートを目指すことになりました。

2018/10/31

△10:25 駐車スペース → △10:40-55 取付 → △13:50-55 終了点 → △14:35 駐車スペース

韮崎駅でセキネくんと合流し、一路小川山へGO。一抹の不安はアプローチが分かるだろうか?という点で、事前のリサーチでは岩根山荘の辺りから目指す岩稜が見てとれるということだったのですが、車を駐めて眺めてみても判然としません。これは行ってみるしかあるまいとさらに道を進み、廻り目平まであとわずかというところにある分岐を左へ、大弛峠へと向かう道に入りました。

舗装路がいったんダートになり、再び舗装路に変わって少し進んだところで、左側に川の流れ、その向こうに顕著な岩稜が木の間越しに見えてきました。さらにセキネくんは予習してあったネット上の記録の写真と見比べて、「キャンプ禁止」の立て札が連続し、その間に少々ねじけた木ともっこりした岩がある場所を取付への入り口だと同定し、その近くに駐車スペースを見つけて車を駐めました。

装備をリュックサックに詰めて出発しようとしてみると、図らずも2人の上衣とリュックサックはお揃い(どちらもモンベル)で、アプローチシューズの色まで同じです。うれしがってツーショットの写真を撮ってはみたものの、こんなところを他人に見られたらあらぬ疑いをかけられかねないので、そそくさと立て札のところから道の形が残った地形を沢に向かって進みました。するとすぐそこに堰堤があり、少し下流に進むとケルンもあって飛び石で難なく対岸(右岸)に渡ることができました。そこから先もケルンを頼りに森の中に分け入ってすぐに1ピッチ目の斜めの壁に行き着き、その足元の若干不安定な斜面で登攀の準備を行いました。

◎ここから先は基本的にカムと立ち木を活かしてランナーや支点を作るクライミングとなり、ピッチの切り方もルートのとり方も各自の自由となりますので、以下の記述はあくまで「我々はこのように登った」という情報に過ぎません。岩稜の雰囲気は〔こちら〕の写真で紹介することにし、各ピッチの長さなども細かく記すことはしませんが、50mロープをダブルで使用してちょうどいい感じでした。

最初はセキネくんのリードで、ここからつるべで交互にリードすることになりました。

1ピッチ目:見た目にはいかにも易しそうな緩やかな壁ですが、実際に取り付いてみると中段がつるっとした縦ホールドしかなく、意外に難しさを感じます。そして正面の平面から上部の立体的な岩に差し掛かるあたりにこのピッチ唯一のハンガーボルトがあって、どうやらそこを真っすぐ登れというのが整備者の意図のようなのですが、セキネくんは上部の岩の脆さを嫌って左に回り込み、岩の上を越えて反対側に1段下りたところで立ち木にスリングを巻いてピッチを切りました。

2ピッチ目:そこからさらに2mほど下り、土の道を歩いてから目の前の岩をよじ登って顕著な岩壁の手前までのごく短いピッチ。ここも立ち木で支点を作ります。

3ピッチ目:横皺が目立つ岩壁からぐっと伸び上がるリッジへ続く40mほどの快適なピッチで、実に気持ちよく登れます。このピッチの終了点は岩にスリングを巻いて作りましたが、ルートが樹林の上に抜け出て展望がぐっとよくなり、隣の野犬返しの岩峰もよく見えます。篠原・松原両ガイドはあちらにもルート開拓の可能性を探ったものの、岩が脆く惜しくも断念したそうです。

4ピッチ目:水平の極薄のナイフリッジを辿って前方の岩塔の下まで。この岩塔がルート中の核心部となります。

5ピッチ目:おおまかな凹角を持つ岩塔に取り付いたセキネくんはルートファインディングに迷っていたようですが、凹角を1段上がってから右上に乗り上がり、そこでしばらく行先を探した後、岩塔の右を回り込むラインを見つけてそちらに消えていきました。後続してみると、この回り込むラインは実によい位置にフットホールドがあり、その2m先から左上に切り返すようにして稜上に登れるようになっています。最後の一歩が少々渋くアルパイングレードで言えばV級ほどの感じですが、落ち着いて探せばここぞというところに小さなフットホールドがあって、無事にこのピッチをこなすことができました。

6ピッチ目:私のリードですが、ここで失敗。セキネくんがカムで作っていた支点からスタートして2mほど登ってから水平リッジを辿り、その先の突起状の岩を右から巻いてコルのようなところに乗り上がったのですが、そこで振り返ってみると巻いた岩の上からクライムダウンする位置に真新しいハンガーボルトが打たれており、どうやらこの突起状の岩を正面から乗り越すのが正規ラインだった模様。アルパインルートだと考えれば私がとった右巻きも弱点を突いたことにはなるのですが、そのせいでロープの流れが悪くなり、無駄に短くピッチを切ることになってしまいました。

7ピッチ目(本来なら6ピッチ目の続き):コルから数m上がったところのリッジ上のピークで終わり、8ピッチ目はいったん大きく下ってから台形状の岩塔の上までロープを伸ばします。振り返ると周囲の展望は相変わらず素晴らしく、樺や落葉松らしい黄色の絨毯が谷一面に広がっているさまは爽快ですが、さすがに10月末だけあって風が通ると震え上がるほどに寒さがつのってきました。

9ピッチ目:ほぼ歩きで向こうに見えている岩峰の足元まで。

10ピッチ目:III級程度の岩に目いっぱいロープを伸ばして、展望台のようなピーク上に到達しました。

行く手にはあと1ピッチ残っていますが、背後の眺めのあまりの良さにここで小休止し、行動食をとりながら黄紅葉を楽しむことにしました。左の方には大弛峠から朝日岳にかけての奥秩父の主稜線、正面には小川山があり、屋根岩の岩峰群もルートを特定できるほど近くに見えています。その右には川上村の畑が広がり、どうやら岩根山荘らしい屋根も確認することができました。そして、そこから右回りに斜面を埋め尽くす黄色い樹海。この眺めの中で食べるカレーパンは最高のご馳走です。そうこうするうちに空に薄くかかっていた雲もとれ始め、青空が広がると共に明るい日差しが周囲の色彩をますます鮮やかなものにしていきました。

11ピッチ目:少し下ってシャクナゲの藪漕ぎをしてから1段上がったテラスまで。終了点に立つ存在感のある木にこのルート中唯一の確保支点がスリングで作られており、懸垂下降用のカラビナも残置されていました。ありがたくこれを使わせていただいて約20m懸垂下降し、岩稜の根元に降り立って装備をしまうと、薄い踏み跡を辿って元来た渡渉点に戻ることができました。

東股沢を再び飛び石で渡ってから振り返ると、樹林を突き抜けて青空に刺さるように聳える野猿返しの岩峰群が立派。つい先ほどまであの高いところを攀じ登っていたことを思い出して思わずニンマリしてから、晩秋の最後の色彩に囲まれた道を下って帰路に就きました。

この野猿返しは、多くのピッチが肩絡み確保で足りるほど技術的には易しいものですが、自分たちで支点を作りながらピッチを重ねていく面白みがあり、高度感にも恵まれて楽しいルートでした。事前の予想ではアプローチがわかりにくいのではないかという懸念をもっていたのですが、上記の通り木の間越しに岩稜が見えていて一目瞭然でしたし、樹木の葉が繁って見通しが悪い夏でもスマートフォンに載せたGPSアプリを用いて標高1630mと1640mの等高線の間にある堰堤マークを目指せばOK。とは言うものの、アクセス時の見通しの良さに加えてルート上からの展望を考えると、このルートはやはり秋がおすすめです。

なお、位置関係からするとこのルートを「小川山」に紐づけるのは少々無理があるのですが、そのように記した方が場所の概念がつかみやすいので、ここでも「小川山東股沢」の野猿返しと表記することにしました。