塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

北岳バットレスピラミッドフェース〜第四尾根

日程:2016/08/11-13

概要:初日は広河原から白根御池に登り幕営。翌日、二俣から大樺沢沿いの登山道を上がってD沢を詰め、北岳バットレスのピラミッドフェースを登って第四尾根に合流。そのまま第四尾根終了点に達し、八本歯経由帰幕。3日目に下山。

山頂:---

同行:ハマちゃん

山行寸描

▲ピラミッドフェースの全容。上の画像をクリックすると、ピラミッドフェースの登攀の概要が見られます。(2016/08/12撮影)
▲下部の核心部をリードする私。ファイト一発、気合が入った。(2016/08/12撮影)
▲上部の核心部をリードするハマちゃん。シビアなピッチだった。(2016/08/12撮影)

昨年の10月に第四尾根を登って北岳バットレスの概念をつかんだハマちゃんと、今年はいよいよピラミッドフェースに挑戦です。ハマちゃんにとっては本チャンルートのグレードアップですし、私にとっては北岳バットレスの主要ルートの残された最後の1本ということになります。海の日の三連休は雨予報のために見送り(中日の北岳は雨だったそう)、今年から祝日となった山の日を使った四連休で宿願に決着をつけることにしました。

2016/08/11

△10:55 広河原 → △13:15 白根御池

朝一番で都内を出発し芦安へ。さすがに好天予想の連休とあって駐車場は大賑わいで、車を駐められたのは第8駐車場でしたが、そこに待っていた乗合タクシーが間髪入れずに広河原まで運んでくれました。

見慣れた北岳の姿に向かって「明日までそこで待ってろよ」とガンを飛ばしてから、白根御池を目指して登ります。

今回は大樺沢沿いの道ではなく直接白根御池に上がる急坂の道を登りましたが、短時間でぐいぐい高度を上げられるので気分的にはこちらの方が楽かもしれません。花を愛でながら歩き続けて、広河原から2時間20分で白根御池に着きました。

何はなくともまずはビールで乾杯。テントを設営し、しばし昼寝の後に夕食をとったらさっさとシュラフにもぐり込みました。夜は暑くなったり寒くなったりと目まぐるしい気温の変化に見舞われましたが、シュラフを掛け布団のように使うだけでおおむね過ごしやすく眠ることができました。

2016/08/12

△03:15 白根御池 → △03:40 二俣 → △05:25-50 ピラミッドフェース取付 → △11:15 第四尾根合流 → △12:40 マッチ箱のピーク → △13:30 枯れ木テラス → △14:05-35 靴脱ぎ場 → △15:35 八本歯のコル → △16:50 二俣 → △17:15 白根御池

2時に起床し、小屋の前のテーブルで朝食をとってから、いよいよスタートです。我々の前に数人のパーティーがギアを鳴らしながら出て行くのを見掛けましたが、思いの外にクライマーはいない様子でした。

二俣から大樺沢左岸の登山道をゆっくり登るうちに、徐々に空が明るくなってきました。途中で先に出ていた5人パーテイーが休憩しているところを挨拶を交わして抜かしましたが、この5人とは後ほど第四尾根の途中で再会することになります。

バットレス沢、C沢を過ぎて、C沢のすぐ隣に入る涸れたD沢に入る頃、背後の鳳凰三山の向こうに日が昇りました。そしてD沢を詰めて草付の斜面に出ると、お花畑の向こうに下部岩壁がモルゲンロートに染まって広がりました。中央に鋭く聳えるのはもちろんピラミッドフェースの頭で、その逆層のフェースに刻まれた小ハングの積み重なりは確かにピラミッドのような外観をしています。

CD沢中間尾根の踏み跡を詰めてDガリー大滝の下に達し、シューズを履き替えてから1段上がったところでロープを結んで準備完了。我々と前後して3人組も上がってきましたが、彼らは第五尾根支稜から下部フランケを目指すようです。いつの間にか集まった数十?数百?匹の羽虫にたかられて辟易しながらも、大滝から右に離れた位置にある浅い凹角から登攀をスタートしました。

1ピッチ目(30m / III+):朝一番で調子が出ない(おまけに何やら体調不良)ながらに私のリード。見た目とは裏腹にそこそこ傾斜があり、ところどころ「これIII+?」と思う場面もありましたが、ルートファインディングに時間を使いながらひたすら凹角の中を登って、傾斜が緩んだところの右壁に残置ピンを見つけてピッチを切りました。後続のハマちゃんは「ここ、難しいですね」と言いながらも涼しい顔で登ってきましたが、ここから見上げるオリジナルラインの凹角はさらに剣呑な表情をしています。

2ピッチ目(40m / IV):ハマちゃんのリード。左へバンドを渡ってカンテに達するとそこの樹木にスリングが巻かれていたので、1ピッチ目はそこで切ることもできたのかもしれません。ともあれカンテの向こう側にさらに伸びるバンドを左へ少し辿った後、ハマちゃんはフェースを左上に登ってDガリー大滝の落ち口と同じ高さのバンドまで上がっていました。

3ピッチ目(20m / III):私のリード。バンドを左(Dガリー方向)に進んでルートを探るものの、上部へ抜けるラインがなかなか見えてきません。それでもふと見ると残置ピンが目に止まり、そこから右上へ折り返すようにフェースから小凹角を登ると先ほどのバンドの1段上のバンドが右に伸びていたのでそちらに乗り移りました。そしてバンドを右へ少し進んだところに残置ピンが3本固めて打たれていたのでロープの流れも考慮に入れてそこでピッチを切りましたが、そこは要するに先ほどハマちゃんがピッチを切った場所の上にかぶさるハングを左から迂回したかたちになりました。この辺りになると手元のトポは完全に用をなさなくなり、自分の目と勘を信じるしかなくなってきます。

4ピッチ目(40m / IV):ハマちゃんのリード。上に見えているハングに向かってフェースを左上したところ、ハングの下がトポに書かれている「横断バンド」でした。この浮石だらけの外傾したバンドはロープが触っただけで次々に落石を起こし、私のビレイ位置はやや右に寄っているので安全でしたが、下に人がいたらただではすまなかったでしょう。この日Dガリー大滝側からルートに取り付いているのが我々と既に下部フランケの取付に達している3人組の2パーティーだけだったことを幸運に思いながら、横断バンドに達したらハング下を左に回り込み、そこから切り返すようにして脆い階段状のバンドを右上へ上がると逆層のフェースが頭上に広がりました。

ここまで、次々に現れるハングを左から迂回してバンドからバンドへ乗り移ることの繰り返しという性格のラインどりになりましたが、横断バンドに真下から乗り上がるのは上述の通りの危険を伴うので、下部岩壁を登ることにこだわりがなければ、Dガリー大滝側から大きく迂回して下部フランケ取付側から横断バンドに入る方が他のクライマーに対して安全です。

なお、最新刊の『新版 日本の岩場』のルート図では上記の2ピッチ目から4ピッチ目の途中までが非常にアバウトに書かれていて参考にならないのですが、帰宅後に2001年発行の『アルパインクライミング』(遠藤晴行 編)のルート図を見たところ、我々はほぼそのルート図通りに登っていたことがわかりました。

5ピッチ目(25m / V):私のリード。下部の核心ピッチです。逆層のフェースは出だしから頭を使うものでしたが、それでも丹念にルートを探りながら高さを上げて下から見えていたコーナーの手前まで進むと、確かにほとんど垂直に感じられはするもののクラックには指先がしっかりかかり、足の置き場もどうにか見出せそうです。一息ついて腕力を回復させてから意を決してコーナークラックに取り付きましたが、残置ピンは意外に少なく、少々際どいステミングで身体を安定させてキャメロット#2をさし込みました。さらに数歩上がったところで、右足がスリップ!左手の指3本がクラックにがっちり利いていたのでフォールを免れましたが、足を置き直してふと見ると、先ほど決めたはずのキャメロットが外れかけていて冷や汗をかきました。後は気合を声に出しながらパワー全開で残りの数mを登りきり、安定したバンドに達して残置ピンにセルフビレイをとったときには喉がからからになっていました。

6ピッチ目(45m / V):ハマちゃんのリード。出だしのつるっとした凹角がまずもって意味不明で、ハマちゃんも相当に悩みながらムーブを組み立てていましたが、凹角左端のクラックに指先を入れ、出だしは左右の壁に思い切り開脚してのステミング、その後はかすかな突起を拾ってここを抜けて行きました。さらに頭上の逆層フェースを左に回り込むとそちらにも悪絶な逆層のコーナーが待っており、12クライマーのハマちゃんもここは慎重に時間を使ってフリーで突破していましたが、後続の私は時間短縮のためという大義名分のもとA0で抜けました。ここはトポではIV+となっていますが、体感的には先ほどの下部核心よりも難しかったように思います。また、ハマちゃんはここでロープを45m出していましたが、トポ通りなら30mでいったん切り、悪絶な逆層コーナーは7ピッチ目になるはず。つまり、2ピッチ分の難所をハマちゃんは一気に登ってくれたことになります。ありがたし。

7ピッチ目(15m / III+):私のリード。左寄りのフェースを上がると右から左へ斜めに下る草付のバンドがあり、右上には樹木が密集していてそちらへ逃げたくなる誘惑に駆られますが、その方角から人の声が聞こえてくるところを見るとどうやらそこは第四尾根の取付であるようです。そしてバンドの左側を見ると太い木に青いテープスリングが回してあり、その奥にはつるっとしたスラブが見えていました。これが上部核心に違いありません。

8ピッチ目(30m / V):ハマちゃんのリード。つるりと灰色に光る強傾斜のスラブには斜めに細いクラックが走っており、これがカチホールドを提供してくれています。フットホールドは壁の凹凸にフリクションで乗ることになりますが、手がしっかりしている上に岩も乾いているのでそれほど不安はありません。しかし、左上した先の垂直のクラックは手強く残置ピンも乏しいので、手際よくカムをセットしながら登る必要があります。幸い、垂直部の手前が比較的安定した態勢を作れるポイントになっているので、ハマちゃんはそこで十分にルートを探り、ついで一歩ずつ足を上げながらカムをセットしていきましたが、途中で足を滑らせる場面もあってビレイしているこちらもひやっとしました。ハマちゃんが抜けた後に私も続いてみると、垂直部は本当に垂直というわけではないものの、土が入った細いクラックに足を無理やり押し付けながらのクライミングとなって難しく、ロープをびんびんに張ってもらった状態で登ることになってしまいました。テンションこそかけませんでしたが、うーん、これはフリーで登ったとは言えないな。

9ピッチ目(20m / III):私のリード。つるりとしたランペをだましだまし登る出だしの感覚はどこかで覚えがあるような……と思ったら、ここは2008年に下部フランケを登ったときにルートミスして入り込んでしまったランペでした。このランぺをどん詰まりまで登り、脆い岩に気を使いながら右上の人声がする方向に軌道修正すると、そこは第四尾根の1ピッチ目の終了点。頭上にはピラミッドフェースの頭が間近に聳えていました。

これでピラミッドフェースの登攀は終了で、後は勝手のわかっている第四尾根を終了点まで登るだけです。ちょうど大樺沢沿いの登山道の途中で追い越させていただいた5人パーティーがそこにおり、我々はその後ろにつく形になりました。

ここから先は昨秋の第四尾根登攀の繰り返しになりますので、ごく簡単に記述します。

各ピッチの担当も昨年と同じになりましたが、さすがに10カ月前の登攀の様子は身体がよく覚えていて、V級の小垂壁の直登もマッチ箱を懸垂下降した後の小さいおむすび岩の乗越しも、我ながら別人のようにスムーズになっていることを実感しました。

振り返れば、先ほど小垂壁の手前で先を譲って下さった5人パーティーがマッチ箱から懸垂下降する定番の構図。この写真は、写っているクライマーの1人に下山後にお送りすることができました。

左を見ると、下部フランケからDガリー奥壁へ継続してきた3人パーティーがチムニーに入ろうと軌道修正中。枯れ木テラスが崩壊してもあのチムニーはまだ健在であることが、何となくうれしくなってきました。しかし、間違いなくいつの日かマッチ箱はCガリー側に崩落してしまうはず。そうなったときには第四尾根はおろか上部フランケも登れなくなってしまうに違いありません。

最後は我々と3人パーティー、5人パーティーが競い合うように城塞ハングの下に集結しました。

最後のチムニーを抜けたところで足を締め付けるクライミングシューズを脱ぎ、アプローチシューズに履き替えました。当初の計画ではこの後に靴脱ぎ場から懸垂下降して中央稜へ継続する予定だったのですが、時間が押していること、ガスに覆われていて下降先が見えないこと、そして何よりピラミッドフェースの登攀で予想以上に消耗していることを考え、ここでこの日の登攀を終了することにしました。そうと決まれば今さら山頂を踏む必要もないのでさっさと帰幕あるのみ。八本歯のコルに向かって一目散に下りました。

八本歯のコルから大樺沢に向かって下る途中、バットレスの全景が見える場所で我々が登ったルートを目で追っていると、5人パーティーがようやく靴脱ぎ場に上がるのが見えました。5人の内でほぼ常に先頭に立っていたしゃがれ声の男性は自分で「75歳」だとおっしゃっていましたが、これには驚かされました。

こうして見ると、第四尾根との合流点までにノーマルな第四尾根ルートなら1ピッチなのにピラミッドフェースを登った我々は9ピッチを費やしていたのですから消耗するのも無理はありませんが、そうは言ってもスタミナ不足・スピード不足であったことは否めません。

白根御池に戻り、まずは生ビールで乾杯。その後に食べたインスタントラーメンも疲労困憊した身体には重荷でしたが、半ば無理やり流し込むとすぐにテントに入って泥のように寝込みました。

2016/08/13

△04:20 白根御池 → △04:40-50 二俣 → △05:25 バットレス沢 → △05:50-06:00 二俣 → △06:15-07:50 白根御池 → △09:35 広河原

今日は、昨日の3人パーティーと同様に下部フランケからDガリー奥壁への継続の予定。どうやら競争相手は皆無であるらしいことから、前日より1時間遅い3時起床としました。

しかし、私ははっきり体調不良です。昨日も気分の悪さを覚えながらの登攀でしたが、今日はさらに下痢の症状が出ていて、下痢止めを持参しなかったことを深く悔やんだものの後の祭り。

バットレス沢に達したところでお腹がぐるぐると鳴ったときについに心が折れ、ハマちゃんにギブアップを宣言しました。快晴かつ貸切の絶好のクライミング日和だというのに本当に申し訳ないことですが、ハマちゃんは快く撤収を了承してくれました。

かくして白根御池に戻ってしばし寛ぎの時間を持った後に、テントを片付けて下山を開始しました。振り返れば青空の下には特徴的なマッチ箱の姿。ハマちゃん、この借りはいつか必ず返します。

こうしてこの連休の山行は1日短縮して終了することになってしまいましたが、スタイルはともあれ、北岳バットレスのメジャールートの中で最後まで残っていたピラミッドフェースを片付けることができたのは自分にとっては収穫でした。次に北岳に来るときは、もっとスピーディーなクライミングで継続登攀を実現したいものです(もちろん下痢止め持参で)。

ところで、この飛び石四連休はほぼ全日好天に恵まれたのですが、北岳バットレスに取り付くクライマーの数の少なさには驚きました。上記の通り、2日目は我々を含めて3パーティー。3日目もおそらく我々だけ(5人パーティーも3人パーティーもこの日に下山)で、その我々が下山時に白根御池小屋のすぐ近くで行き合った男女ペアがリュックサックからロープをはみ出させていたので「今日登れば貸切ですよ」と教えたくらいです。北アルプスがどうだったかわかりませんが、こと北岳バットレスに関しては、アルパインクライミングは斜陽産業と化したように見えてしまいました。