塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

横尾本谷右俣〜天狗池

日程:2013/10/12-13

概要:初日に横尾本谷を目指したものの、天候悪化のために横尾泊まり。翌日、横尾本谷右俣を登って横尾尾根に上がり、天狗平から槍沢沿いに下って再び横尾へ。

山頂:---

同行:チオちゃん / スミヨさん

山行寸描

▲横尾本谷源流部の光景。上の画像をクリックすると、横尾本谷右俣の遡行の概要が見られます。(2013/10/13撮影)
▲横尾尾根に出てみれば、槍ヶ岳が目の前に。上の画像をクリックすると、この場所からのパノラマが見られます。(2013/10/13撮影)
▲天狗池に映る逆さ槍ヶ岳。有名な景観だが、実際にこれを見るのは初めて。(2013/10/13撮影)

10月の三連休は、ジム仲間のチオちゃん・スミヨさんと北アルプスへ。「また女子と山登りか!」と思ったそこのアナタ、その指摘は確かに正しい。7月のスイス山行の後は、アイコと沢登り、よっこさん・トモミさんと尾根歩き、よっこさん・スミヨさんと沢登り、トモコさんと沢登り、ゴディーさんと山登りとことごとく女子同伴山行ですが、要するに人畜無害であることの証左でもあります。もっとも実際には、これらの間に現場監督氏とのピラミッドフェースとかかっきーとのオジカ沢、セキネくんとの凹状岩壁なども企画していたのですが、いずれも雨に流されたり日程がタイト過ぎて計画変更したりして実現できなかったのでした。

さて、今回の計画は以前から「いつか行くリスト」に入れてあった横尾本谷右俣を初日に遡行して南岳に上がり、2日目に大キレットを渡ってチオちゃんと私は涸沢(スミヨさんは北穂で別れて穂高岳山荘へ)、3日目に前穂高岳北尾根というものでしたが、土曜日に寒冷前線の通過に伴う降雪が予想されており、現地の状況次第で柔軟に計画を変更するつもりで金曜日の夜を松本駅でのステーションビバークとしました。

松本駅では自由通路の東端が登山者たちの寝場所になっていて、三々五々ここに到着した我々も各自シュラフをのべて仮眠をとりましたが、すぐ近くのエスカレーターの安全利用を呼び掛ける自動アナウンスが夜通し鳴り響いていてあまり眠れませんでした。この過剰なまでの注意喚起はここに限らず日本中どこでも聞かれるものですが、何とかならないものでしょうか?

2013/10/12

△07:25 上高地 → △09:50-10:35 横尾 → △11:10 屏風岩東壁を見上げる地点 → △11:45 横尾

午前4時45分松本発の松本電鉄に乗って新島々、そこからバスで上高地。バスターミナル併設の上高地食堂で朝食をとってテラスに出ると、不気味な雲が山の上をかなりの速度でうねるように流れており、前途に不安を感じさせました。そして我々は全員が幕営装備を持ち、私はロープとギアも加わって、チオちゃんとスミヨさんが14kg、私が17kgのずっしりした重みを背負っています。

ともあれまずは横尾まで、ポイントごとに適宜休憩を入れながら歩きました。道すがらには紅葉目当ての登山者や観光客が大勢いましたが、それらのほぼことごとくを抜かして横尾に着いたときには、一時広がっていた青空は再び影を潜め、雲が前穂高岳の上に低く垂れ込めている状態でした。

本谷橋を最初のエスケープ(リターン)ポイント、横尾尾根上を二つ目のエスケープポイントとすることを地図上で確認し合ってから横尾をスタートしましたが、本谷橋へ向かう途中で屏風岩東壁を見上げる地点に達したところで雨模様になってしまい、無理をせず今回はここから横尾へ引き返すことにしました。

受付を済ませてキャンプサイトの木の下に三つのテントを寄り添うように張って、まずは軽く乾杯した後に昼寝タイム。しばらく爆睡した後、薄暗くなった頃にごそごそと起き出して各自のテントから顔を出し向かい合った状態で夕食をとって、腹ごなしに周辺を3人で軽くお散歩してからシュラフにもぐり込みましたが、夜半はかなり冷え込んで皆かなり寒い思いをしました。さらに時折はぱらぱらと雨がテントに当たる音も響きましたが、明日と明後日は好天に恵まれるという事前の天気予報を信じるしかありません。

2013/10/13

△05:05 横尾 → △05:55-06:10 本谷橋 → △06:55-07:05 涸沢出合 → △08:00 二俣 → △09:20 カール底 → △12:20-40 横尾尾根 → △13:30-35 天狗池 → △14:05 天狗原分岐 → △15:25-45 槍沢ロッジ → △16:45 横尾

3時半起床、5時出発。雲は払われて空には満天の星。この谷の底からでも同時に見えるカシオペア座と北斗七星が共に北極星の位置を教えてくれていて、どうやら今日は絶好の登山日和に恵まれることになりそうです。今日のもくろみとしては横尾本谷右俣を遡行して南岳に達し、あわよくばそのまま大キレットを渡ってしまうつもり。そのために皆、全装備を背負っていますが、昨日の雨が稜線で雪になっているようなら潔く大キレットは諦め、横尾尾根から天狗原へ下る予定です。天狗池に映る逆さ槍ヶ岳も一度は見たい景色の一つだったので、これはこれで楽しみではあります。

まだ暗い横尾を出発して、ヘッドランプの灯りを頼りに昨日辿った涸沢への道を進むと、屏風岩の上の方に灯火が揺れているのが見えました。あれは東稜を登ったクライマーが、終了点かその手前のテラスにビバークしたものに違いありません。彼らは冷たい雨の中で1晩を過ごしてつらい思いをしたでしょうが、今は明けゆく空を見上げて気力を回復させつつあることでしょう。一方の我々は途中いくつかのパーティーを抜かしながら本谷橋に到着しましたが、ここから見上げる北穂高岳の斜面にはやはり、昨日降ったらしい新雪がうっすら着いていました。これは大キレットは無理かな?と思いながら、まずは横尾本谷を遡行することにしてここでヘルメットをかぶりました。遡行と言っても沢登りではないので、足回りはアプローチシューズのままです。

前方に3人組が先行しているのを見てから、その後を追うように左岸の河原を歩き始めましたが、ところどころで不意にシューズがフリクションを失ってつるりと滑ってしまいます。ガイドテニーを履いているチオちゃんは「ステルスC4、ばち利きです」と涼しい顔をしていますが(まだ日陰なので本当に涼しいのですが)、私とスミヨさんは摩擦係数ゼロの感覚を一度味わってしまうともうダメで、へっぴり腰でこわごわと岩にしがみつく形になりました。しかし、さすがはガッツスミヨさん、ある程度濡れてしまうと早々に覚悟を決めて、水の中にも平気で入っていくようになりました。それにしてもおかしい……私が履いているのはガンダルフガイドですが、同じ種類の岩でもフリクションが利く場合と利かない場合の差が激し過ぎます。やがてわかったその理由は、氷でした。飛沫がかかって濡れた岩はところどころ表面に薄い氷を貼り付かせており、これが重荷を背負った我々の足をとるのでした。

なんとか涸沢出合まで到着し、ここで小休止しました。この頃になるとお日様が背後の蝶ヶ岳の上に昇って谷底にも暖かい日差しを届けるようになっており、前後にも横尾本谷を歩くパーティーや単独行者の姿がちらほら見られるようになりました。出合からは右へ折れ、幅広くなった谷の中を左岸通しの登りで、我々はなるべく沢沿いを歩くようにしていましたが、どうやら1段上がった草付の中に歩きやすい踏み跡があった模様。しかも他のパーティーは日帰り軽装ばかりなので、次々に抜かされてしまいました。それでも、この日この谷に入った登山者は多く見積もっても20人に満たない様子ですし、真っ青な空は終日の好天を約束してくれているので、慌てずのんびり遡行を続けました。

大キレットに突き上げる左俣を見送ったらいったん右岸に渡り、少し進んで再び左岸に戻るとロープがフィックスされた大岩がありますが、ここはロープに頼らずフットホールドをよく見てフリーで越えたいところです。さらに上流に向けて登っていくと御岳渓谷の「とけソフ」のような岩が出てきてここでスミヨさんは大奮闘になりましたが、これさえ越えれば源頭部は目の前です。

階段状の沢の最上部を右から回り込むように越えると、南岳の東斜面と横尾尾根とにぐるりと囲まれて巨大な円形劇場のように開けた平坦地にぽんと飛び出しました。底抜けに深いブルーの空、白とグレーの岩、ナナカマドの紅葉を交えた樹木の緑。なんてステキな場所なのだろう!振り返れば、あんなに高かった屏風岩が高度をぐっと下げており、その代わりに前穂高岳北尾根が下部のギザギザを見せ始めています。本谷橋で唯一我々より先行していたベテラン男性3人組は大岩の上に腰掛けてのんびりお弁当中で、彼らはここで寛いでから来た道を戻るのだそうです。なるほど、そうした贅沢な楽しみ方もあるものなのか。

岩の下から水がほとばしり出ている横尾本谷の源頭で水を汲んでから、目の前の緑のハイマツと赤いナナカマドが目立つモレーンを左から回り込みます。先ほどの男性3人組は「右の方に踏み跡が続いているよ」と教えてくれていたものの、こちらにも明瞭な踏み跡があって無問題……のはずなのですが、なぜか私の前を歩いているチオちゃんとスミヨさんはコースを外して怒濤の藪漕ぎに突入していきました。

モレーンの先はいかにもカール底という感じの岩屑帯になっていて、その一画にある残雪のスプーンカットの上には新雪が乗っていました。前方を見ると横尾尾根の鞍部(天狗原のコル)に向かう先行パーティーは正面のハイマツの「もっこり」(←チオちゃん談)を左の浅いルンゼから巻き上る感じのラインをとっていて、これは我々が予習していた事前情報とも合致しています。

岩屑帯のどん詰まりで最後の休憩をとってから、目の前の斜面への登りにかかりました。ごろごろ石で歩きにくい登路は、最初は傾斜もさほどではなく苦労しませんでしたが、徐々に脆いザレの急斜面へと形を変え、緊張感も高まってきます。

途中から私が先頭に立ったのですが、ルートミスをしてチオちゃんとスミヨさんに怖い思いをさせてしまいました。草付の中の白岩〜ザレの登路を登ってから右へトラバースするラインは、あまり上がりすぎずに右上するのがポイントだったようですが、私はつい上へ上へと追い上げられてしまい、気が付けば稜線直下のハング帯の間際を不安定な姿勢で真右へ渡る状態となってしまいました。そして1カ所、かぶった岩を重荷を背負ったまま気合で越える場面が出てしまい、先に抜けた私が残る2人にロープを垂らすことになりました。

「かぶった岩」の先、岩の上を少しトラバースすると今度こそ尾根上へ抜けるラインに入ることができ、わずかの登りで横尾尾根に乗り上りました。唐突に目の前に現れる槍ヶ岳、右手には常念山脈、背後には富士山と南アルプスの山々、そしてカールの向こうに屏風岩から前穂高岳北尾根、さらに北穂高岳のてっぺんには北穂高小屋も見えています。微風快晴のこれ以上ない展望を楽しみながら、荷を置いてしばし休憩しました。

時間も押しているし雪も残っているしで、大キレットを渡るのは今回は断念することにし、この日は天狗池経由で元来た横尾を目指すことにしました。ここからは一般登山道の下りですが、日陰には雪や霜が残っていてスピードが上がりません。

ニセ天狗池のような地形のさらに1段下に本物の天狗池があって、有名な逆さ槍ヶ岳をカメラに収めようと三脚を立てている登山者もいましたが、時折吹き渡る風が水面に細かい波紋を立て、これが落ち着いたと思うと別の登山者が池の向こう側を通過して……といった具合でなかなか決定的なチャンスが得られていない様子でした。我々は思い出程度の写真を数枚撮ると、池の右を回り込んで下降を続けました。

槍沢沿いの整備された道に下り着いてからも横尾まではなかなかに長かったのですが、先頭を切るスミヨさんはこの比較的平坦な登山道を猛スピードで飛ばし、最後尾の私は半泣きになりながらついて行きました。後で聞いたところでは、スミヨさんが属している山サークルの人たちは皆さん競歩並みの速さで歩くのだそうですが、そういう人たちも少しは敬老の気持ちを持ってほしいものです。

横尾に戻り、再びテントを張って乾杯。何はともあれ今日は一日お疲れさまでした。

◎「蝶ヶ岳」へ続く。