前穂高岳屏風岩東壁ルンゼ下部

日程:2009/09/20

概要:入山日に東壁ルンゼ下部のみを登ることにし、横尾にテントを設営してから1ルンゼ押出しを詰めて、T4尾根取付から右下に東壁ルンゼ取付へ下降。T3まで登ってこの日はそこで打ち切り、T4尾根を下降。

山頂:---

同行:現場監督氏

山行寸描

▲東壁ルンゼ下部全景。上の画像をクリックすると、前穂高岳屏風岩東壁ルンゼの登攀の概要が見られます。(2009/09/20撮影)
▲2ピッチ目(トポでは3ピッチ目)のカンテからスラブ。ここから人工登攀になる。(2009/09/20撮影)
▲3ピッチ目(トポでは4ピッチ目)のスラブ。クラックに絡むように支点がある。(2009/09/20撮影)

今年から始まった秋の大型連休の使い道については、甲斐駒ヶ岳の赤蜘蛛ルート継続や前穂高岳の奥又白池定着などいくつかの候補があったのですが、前々からこれは登っておかねばならないルートの一つとしてリストにあげていた屏風岩東壁の雲稜ルートをメインとし、あわせて東壁ルンゼにもチャレンジしてみることとしました。相方は例によって現場監督氏ですが、彼の仕事の都合で土曜日の夜行に乗って新宿を出発し日曜日の朝に上高地に入ることになりました。ただし松本駅では午前0時半になると待合室から閉め出されるので、寂しいアルプス口の階段の下に現場監督氏がテントを張り、そこで一夜を過ごします。周囲には我々以外にも駅ソトでのビバークを余儀なくされた登山者が累々。翌朝、カラフルな登山ルックでいっぱいになった始発の松本電鉄で新島々に向かいました。

2009/09/20

△07:15 上高地 → △09:25-55 横尾 → △11:00 T4尾根取付 → △11:10-35 東壁ルンゼ取付 → △16:20 T3左 → △17:30-50 T4尾根取付 → △18:40 横尾

快晴の上高地でのんびり朝食をとってから横尾を目指して出発。人工登攀用のギア一式に4日分の食料とシュラフを詰めたリュックサックは23kgくらいですが、通い慣れた平坦な道はすいすいと歩けます。

道すがら左手に明神岳を見上げたり遠くに常念岳を見通したり「横浜はジムが増えたねえ」「これからのジムの生き残り策はY子さんみたいなアイドルスタッフだな」「いっそメイドジムか」「『ご主人さま、ガンバです!』」ととりとめのない(?)会話を交わしたり、そして奥又白の岩場を見上げていずれあそこも……と夢を膨らませたりしながら、徒歩2時間余りで横尾に到着しました。

さっそくテントを張り装備をアタックザックに詰め替えて、直ちに出発。真っ青な空の下に屏風岩の東壁がそそり立ち、登攀意欲をそそられます。

横尾から涸沢方面へしばらく歩いたところにある岩小屋跡を目印にして、登山道から離れて横尾谷を渡ります。流れは島をはさんでふた筋に分かれており、手前の流れには丸木橋が、奥の流れにはフィックスロープがあって、いずれも簡単に渡れました。

そのまま1ルンゼ押出しをずんずん詰めていくと、ちょうど4年ぶりのT4尾根取付。以前東稜を登ったときは目の前にそそり立つT4尾根に取り付いたのですが、今回の東壁ルンゼはT4尾根を右に回り込んで広大なスラブ沿いに明瞭な踏み跡を下降していった先が取付となります。我々が下降していくと、ちょうど先行パーティーが1ピッチ目を登っているところでした。

東壁ルンゼルートはT4尾根の右手に広がる下部スラブからT3を経由して東壁の垂壁に入り、上部で(地形上の)東壁ルンゼを離れて直上する屏風岩最長のルートで、これを1日で登るのは相当のスピードと技術を要する上級ルートですが、今回の我々の作戦は入山日のこの日に下部だけ登り、上部は日を改めるというもの。チョンボと言えばチョンボですが、限られた日数を有効活用するという意味では合理的でもあります。

1ピッチ目(60m / IV):私のリード。草付の凹角からスラブを簡単に登り、途中右手から岩壁が張り出してきたところにビレイポイントがありましたが、まだロープが半分しか出ていないとのことだったのでおかしいなと思いながら岩壁に沿って左上を続けたところ、ルンゼの出口、すなわち次のビレイポイントを10m右上に見る位置でロープいっぱいになってしまいました。そこにあった残置ピンにセルフビレイをとって現場監督氏に最初のランナーの位置まで上がってもらってから、改めて登攀継続。次のビレイポイントは安定したテラスになっていました。

2ピッチ目(40m / A1):先行する関西パーティーのセカンドが次のビレイポイントに達するのを待ってから現場監督氏がリード。真上に向かうボルトのラインも見えていますが、東壁ルンゼルートはビレイポイントからすぐ右のカンテをフリーで越えてレッジ上に立ってからA1で、支点はところどころリングが飛んで古いスリングになっており、途中ワイヤーナッツを掛けて抜けるところも出てきます。現場監督氏が次のビレイポイントである三日月レッジに接近したとき先行パーティーはまだセカンドがビレイ中だったため私はスタートまでさらに30分ほど待機し、やがて現場監督氏からコールが掛かって私も後続しました。人工登攀の部分は支点の間隔も短く、強度にさえ神経を使えば難しいものではないのですが、角度がないだけにアブミに足を入れにくく、また爪先が痛くなってしまうのがつらいところです。

3ピッチ目(40m / A1):私のリード。三日月レッジはU字形に浅くえぐれていて、ルートはUの字の右の縦棒にあたるコンタクトラインのクラックに打たれたハーケンから右手の盛り上がったフェースのボルトへと続いていきます。クラックの最初のハーケンが遠く逡巡しましたが、チョンボ棒を駆使してそのハーケンから下がった腐りかけのスリングに1手中継し、後は単調なボルトラダーを登りました。ただし長いピッチだけにランナーは節約モードとし、また、ところどころのリングが飛んでいるため3カ所ほどワイヤーナッツを使いました。次のビレイポイントは、右下から左上へ走る浅いランペの上です。

4ピッチ目(30m / A0, IV):現場監督氏のリード。左上ランペを出だし残置支点に頼りながら、途中からIV級程度の快適なフリーになってざらざらのカンテの向こう側を右上へ切り返すと、安定したビレイポイントがあります。現場監督氏はフリーにこだわったようですが、セカンドの私はスピード重視で出だしA0としました。

ここから先の150mは「緩傾斜帯の草付」ということになっているのですが、実際はそう簡単ではなく、フリクション頼みで越える立ったスラブなども出てきて意外に神経を使います。引き続き3ピッチロープを伸ばして、途中からはT4の下へエスケープすることもできましたが、一応ちゃんと上部壁の下まで登ろうと直上を続けると、やがて目の前にT4からT2に続くフィックスロープが現れました。最後は薮を漕いでT3の左手、T4に向けて踏み跡が登っている途中あたりに抜けて終了。ここからほんのわずかの歩きでT4直下のIII級の岩場に達し、懸垂下降で下りました。

III級の岩場を下りた位置から振り返ると、屏風岩東壁にはまだたくさんのクライマーが岩に取り付いていました。フリー全盛のこの時代、人工登攀が中心となる屏風岩は往時の賑わいを失っているはずですが、それでも何パーティーかが熱心にアブミを使っている様子を下から眺めてちょっと感慨深いものがありました。

樹林帯の中を2ピッチ、さらにT4尾根の岩場を2ピッチの懸垂下降で取付に到着し、翌日のためにギアやロープなど一式をまとめてT4尾根の取付右手にある岩小屋の中にデポしました。この岩小屋はうまい具合に洞穴のようにえぐれていて2人くらいなら快適にビバークできそうですが、我々は横尾で待っているビールが頭にちらついていてビバークしようなどという気持ちはさらさらありません。

1ルンゼ押出しを下降し始めたときはまだ明るかったのですが、秋の日はぐんぐん暮れていきます。横尾谷を渡るときにはすっかり暗くなり、ヘッドランプを点して沢を渡りました。登山道に出たところで振り返ると、東壁のあちこちでもヘッドランプの明かりが動いているのが見えます。T2にはビバークするパーティーがツェルトを張っているのを見ていますが、東稜の上部やT4にいるパーティーはこの後さらに暗闇の中の懸垂下降を繰り返すことになるのでしょう。彼らの無事を祈りながら、横尾への道を急ぎました。