錫杖岳前衛壁左方カンテ

日程:2007/08/11-13

概要:中尾温泉口から徒歩2時間の錫杖沢出合に幕営。2日目に左方カンテを登り「注文の多い料理店」のラインを下降。3日目に下山。

山頂:---

同行:ヨシワダ氏 / ヤマダくん

山行寸描

▲5ピッチ目の急なフェースをリードするヨシワダ氏。上の画像をクリックすると、左方カンテの登攀の概要が見られます。(2007/08/12撮影)
▲核心部の7ピッチ目をリードするヤマダくん。出だしの垂壁が難しい。(2007/08/12撮影)
▲錫杖岳前衛壁。溜息が出るほどの素晴らしいロケーション。(2007/08/13撮影)

恵比寿のボルダリングジム「J&S」で知り合ったヤマダくんとは、先に広沢寺でアブミ練習をご一緒したことがありますが、本格的に山に行くのは初めて。そのヤマダくんを介して、やはり「J&S」に時々顔を出しているというヨシワダ氏もご一緒することになりました。ヤマダくんはオールラウンドクライマーですがヨシワダ氏はほぼフリー専業とのことなので、アプローチが短く岩がしっかりしている錫杖岳を行き先に選び、8月11日に移動、12日は左方カンテ、13日は1ルンゼを登る計画としました。

なお、実はお二人とも5.12クライマー。実力差がこれだけ歴然としていると、どこでA0にしようがA1にしようが、かえって開き直れるというものです。

2007/08/11

△16:30 中尾温泉口 → △18:30 錫杖沢出合

東京を早朝にヨシワダ号で発って、中央自動車道で帰省ラッシュに巻き込まれながらも中尾温泉口に16時前には到着。露天風呂用の駐車場に車を駐めてパッキングを始めましたが、一天俄にかき曇り、雷鳴とともに猛烈な雨が降ってきました。いきなり出ばなをくじかれてしばらくは車の中で悶々としていましたが、やがて雨脚がおさまってきたのを見計らってとにかく出発です。

槍見温泉の左の道を進み、公衆電話ボックスの横から山道に入りました。しっとりとした樹林の中の道は勾配も緩くて歩きやすかったのですが、なにしろ体温と同じくらいの気温で湿度100%。しかも幕営装備に3泊分の食料、アブミやカムを含むクライミングギアを満載したリュックサックは重く、30分毎に休憩を入れながらゆっくり足を進めました。根っからのフリークライマーのヨシワダ氏には(腰を傷めていることもあって)このアプローチが厳しかった模様ですが、それでもさほど時間をかけずにクリヤ谷を右岸から左岸に渡り、さらに短い急坂を越えると前方左手に見事な岩峰が見えてきました。あれが、お目当ての錫杖岳前衛壁です。

赤テープと人の声を頼りに登山道を外れて沢筋に降りると錫杖沢出合で、そこにはテント村が出現していました。ざっと見たところ、左岸の草の中に2張り、沢沿いに2張り、右岸にも2張り、さらに錫杖沢の上の方にも1張り。めぼしい場所は全て押さえられていましたが、クリヤ谷の上流方向にほんのわずか進んだ左岸の1段高いところが平らになっているのを見つけ、草や笹を踏みつけて整地してみるとなかなかよいテントスペースができあがりました。

3人がゆったり身体を伸ばせるサイズのテントを張り、立ち木を使ってフライシートをタープのようにテント前面の上にかけたら気持ちの良い宿の出来上がり。水は目の前の沢でとれ、炊事は河原の石を椅子にして不自由なく行うことができます。

2007/08/12

△05:25 錫杖沢出合 → △06:00 1ルンゼ取付 → △06:10-30 左方カンテ取付 → △11:15-55 終了点 → △14:35-55 北沢 → △15:45 錫杖沢出合

4時起床。さすがにシュラフカバー1枚では少し寒かったのですが、寝心地は悪くありませんでした。テントの口からまだ暗い空を見上げると満天の星で、どうやら今日は快晴です。ごそごそと起き上がり、テントの中で食事を終える頃には明るくなってきて、朝のお勤めを済ませて出発する頃には他のパーティーも行動を開始していました。

まずは錫杖沢の左岸につけられたしっかりした踏み跡を辿っていくうちに道は真っすぐ前衛壁を目指すようになり、木の間越しに岩壁が見えてきたと思ったら、あっという間に1ルンゼの取付に着いてしまいました。ちょうど3人パーティーが登り始めているところで、明日は我々もここを登るのか、と横目で見ながら岩壁沿いの踏み跡を左へ移動。すぐに顕著なガリーが現れて、残置スリングなどもあることからここが左方カンテの取付だとわかりました。ここは人気ルートだと聞いていたのに幸いなことに誰も取り付いておらず、簡単にコールの確認をして下半分を私、上半分をヤマダくんがリードという役割分担を決めてから、ようやく後続が現れたのをしおに登攀を開始しました。

1ピッチ目(40m / III):出だし小チムニーを抜け、ガリーの中を落石に気を使いながらロープを伸ばし、途中の立ち木でビレイ。

2ピッチ目(40m / IV):引き続きガリーの中を進むと垂直の壁にぶつかりましたが、ランナーをとって上に手を掛けるとガバホールドで、これを頼りに左壁側から乗り越します。さらにロープを伸ばすと急に目の前が開けてきて、顕著なピナクルを回り込んだところでビレイ。

3ピッチ目(20m / IV,A1):ピナクルの上に立って見上げると、立った壁(トポではV+)が頭上に広がりました。左のランペ状も右側の割れ目をアンダーでとって上がれそうな気もしますがピンがなく、正解である右上ラインは残置ピン豊富。おまけにチョーク跡がホールドの位置まで示してくれている……のですが、ちょっとかぶっている上に途中のホールドも細かそう。しばらく逡巡していましたが、諦めてクイックドローで身体を引き上げ、さらに念を入れてスリングをかけて即席アブミにして伸び上がると上のガバがとれました。そのまま垂壁の上に乗り上がり、易しいフェースを右上してバンド上に出ました。フォローのお二人はもちろん難なくフリーで登ってきて、私がちょっと凹んでいると「シューズのせいですよ」とエアシンダーコーンで登っている私を慰めてくれましたが、純粋に自分の技量の問題であることは自分が一番よくわかっています。ところが、この辺りから左膝が痛くなってきました。どこかでハイステップのときに傷めたらしく、左膝に乗り込むのがちょっと難しい状態です。うーん、これは困った。

4ピッチ目(40m / IV):正面に見えている顕著なチムニーを突き当たりまで登って、右側の大木の根元でビレイ。特に難しいところはなし。

5ピッチ目(40m / IV+):ビレイポイントから凹角左手にすっきりとしたフェースが立っていて、残置ピンも豊富。ヨシワダ氏は「アルパインだと支点の作り方がよくわからないから」とずっとフォローで来ていたのですが、人気ルートだけあってここまで支点の位置は明瞭ですし残置だけでも問題はなさそうなので、ここはヨシワダ氏にリードを委ねることとしました。ロープをつなぎかえてヨシワダ氏がするすると登っていき、ヤマダくん・私の順番でヨシワダ氏の力強いビレイに支えられつつフォロー。岩は堅く、はっきりしたホールドをつないでいく楽しいピッチで、リードを譲ったことを少しばかり後悔しました。

6ピッチ目(15m / III):フェースを抜けた上から、易しい岩場をそのままヤマダくんと私が先行して大テラスまで。このテラスの突き当たりに巨大な一枚岩があって、すぱっと縦に走るクラックをちょうど他パーティーが登っていました。ここが、有名なフリールート「注文の多い料理店」の5ピッチ目にあたります。

7ピッチ目(40m / IV+,A1):核心ピッチ、ヤマダくんのリード。顕著な岩の裂け目左手の難しい垂壁を越えてチョックストーンの上から長い内面登攀に移り、さらにフェースからカンテ、そして最後にちょっとかぶった壁が待っているバラエティに富んだピッチです。ヤマダくんは、まずは台座のような岩に立って最初の残置ピンでクリップしましたが、思い直して台座の脇に立っている木に足をかけて伸び上がりもう一つ上の残置ピンにクイックドローをかけてから、最初は割れ目の両面を使ってステミングを試みたもののどうも違うと思ったらしく、甘いホールドに指先をかけていきなり足ブラ!ヨシワダ氏と私が「強引……もとい、男らしいムーブだ!」と感心していると、ヤマダくんはパワフルに身体を引き上げてチョックストーンの上に立ち、そのまま暗い岩の割れ目の中に消えていきました。やがて上の方で日の当たるフェースに再び現れたヤマダくんの姿は、カンテ上で一瞬動きが止まったものの、しばしの後に上に抜けて行きました。

セカンドは私。フリーで抜けることは潔く最初から諦めているので、またしても即席アブミ作戦で抜けることにしました。ヤマダくんの掛けてくれた長いクイックドローの下ビナにスリングを掛けて乗り込み、ハーネスにつけたクイックドローをフィフィの代わりにしてヤマダくんがパスした下側の残置ピンに留めて態勢を保持してから、さらにもう1本のスリングをクイックドローの上ビナに掛けて高さを稼いでチョックストーンの上に抜けました。こういうときの悪知恵の働きはいわば自分の特技ですが、自慢できるようなことでもありません。その後は両側の壁を使ってステミングとバック・アンド・フットを交えながら登っていき、フェースからカンテを左側に回り込むと枯木バンド手前の薄かぶりになります。最初の一歩は右手で引くガバがあって易しいのですが、そこから壁の上のスラブに乗り上がる1歩が微妙にホールドの甘さと向きの悪さがあって緊張しました。しかし、ラストのヨシワダ氏はここで左手の先にカチホールドを見つけて難なく上がってきました。さすがです。

8ピッチ目(40m / IV):ヤマダくんのリード。枯木バンドの上に広がる壁に残置ピンが見当たらずラインがしばらくわからなかったのですが、やがてヨシワダ氏が正面真上にリングボルトらしきものを発見。支点のすぐ左から薄いフレーク状のホールドを使って数m直上し、そこからフレークを拾って左上〜右上し、樹林帯の中のクラックが入った緩い岩壁を登るピッチでした。技術的には難しくありませんが、最初のフェースはフレークが剥がれそうで、リードはけっこう緊張します。

9ピッチ目(30m / II):8ピッチ目終了点から同ルートを下降しようかと思っていましたが、ヨシワダ氏の「昼飯にするか!」の一言で上まで抜けることに。ヨシワダ氏がほとんど歩きのような30mをロープを引き、小さなデコボコの岩を越えたところで終了しました。

9ピッチ目終了点からわずかに歩くと急に開けた広場に出て、右手に槍ヶ岳から穂高の山々を経て乗鞍岳まで続く素晴らしい大展望が広がりました。ここでロープを解き、ヘルメットも外して昼食タイム。あいにく日を遮るものがなく暑さはこの上もありませんが、山好きにはこたえられないロケーションに満足しながら、思い思いの行動食を口にしつつしばらく寛ぎました。

大休止を終了したら下降開始です。9ピッチ目終了点から8ピッチ目終了点へ、さらにそこから7ピッチ目終了点=枯木バンドへ。ところが枯木バンドの上でロープが引っ掛かってしまい、いくら引いてもびくとも動きません。フレークの脆さに懲りているヤマダくんと私は「さっきすれ違いで上に登ったパーティーが降りてきてくれないかな」「下から来ているパーティーが上まで行ってくれれば……」と甘い期待を口にしていましたが、上に行ったパーティーはそのままP2経由で北側へ抜けるかもしれないし、下からのパーティーもここから同ルート下降とする可能性大。それに、このバンドもご多分に漏れず日当りが良過ぎてじりじりと灼けるようです。とうとう業を煮やしたヨシワダ氏が、自分が行く!と言って登り返してくれました。

枯木バンドからは、真っすぐ下ると「注文の多い料理店」のラインに入ることになります。最初は、核心ピッチ手前の大テラスで右に振り子し左方カンテのラインに戻って同ルートを下降する予定でしたが、最初に降りたヤマダくんがその10m下のテラスに下ってしまったため、ルート図の裏付けもないままに「注文……」をそのまま下ることになりました。結果的にはこれは正解で、ほぼ垂直のすっきりした壁をスピーディーに下ることができ、また「注文……」と「無名ライン」が支点を共有している大テラスでは「無名ライン」を登っていたクライマーのアドバイスを得ることもできて、無事に北沢に降り立てました。

北沢を下り始めてみると、膝を曲げずに棒のように伸ばしておかないと体重を支えらず、膝の負傷が意外に重症であることを再認識しました。ヨシワダ氏もヤマダくんもずいぶん心配してくれましたが、とりあえずテントまで帰着する分には何とかなるし、後は明日になってからの話と割り切るしかありません。そろそろと時間をかけて錫杖沢出合に戻り、リュックサックを下ろして何はともあれ登攀成功の握手を交わしました。

後は夜までのんびりモードで、ヤマダくんは火照った身体を淵に沈めてクールダウンしていましたが、真似して水風呂に浸かったヨシワダ氏はあまりの水の冷たさにわずか1秒で飛び出してきました。私も足湯ならぬ足水をつかってみましたが、切れるように冷たい水にあっという間に足首から下がじんじんと痛くなって悲鳴を上げました。

ヤマダくんが茹でた蕎麦を沢の水にさらして冷たくさっぱりといただいたり、テーブルのような寝心地の良い岩の上で夕寝をしたり、暗くなってからは焚火をしたりと楽しい夏休みのキャンプのような時間を過ごし、焼酎の水割りを飲みながら見上げると今夜も満天の星が広がって、そのまま空に吸い込まれそうです。

……などとのんびりしている間に性格の悪い虫共がここぞとばかりに足や腕に取り付いていたことを知ったのは、翌日のことでした。

2007/08/13

△07:55 錫杖沢出合 → △09:35 中尾温泉口

一応4時起きとはしてみたものの、1晩たってもやはり左膝の状態は思わしくなく、お二人には申し訳なかったのですがギブアップ宣言。そのまま6時まで二度寝をしてから下山することになりました。

すっかり明るくなったテントサイトで諸々の片付けを行い、ヤマダくんが重荷の大半を背負ってくれて錫杖沢出合を後にしました。ゆっくり歩いてもたったの1時間40分で下界に到着し、荷物を車に置いて何はともあれ手近の露天風呂「新穂高の湯」へ直行。37-38度とぬる目の湯にゆったりと浸かってさっぱりしてから帰路に就きました。

錫杖岳の岩場は、日本離れした景観の中に堅い岩が屹立して手応えのある好ルートを提供しており、おまけにアプローチ至便、テントサイトもロケーション抜群と言う事なしのクライミングエリアでした。それだけに、自分の負傷で左方カンテ1本しか登れなかったのが同行のお二人に本当に申し訳なく、また自分自身も残念でなりません。ここはぜひ、紅葉の季節に再度訪問したいと思っています。ヨシワダさん、ヤマダくん、そのときは改めてよろしくお願いいたします。