塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

北岳バットレス第四尾根〜中央稜

日程:2005/08/13-14

概要:初日は広河原から大樺沢を登ってBガリー大滝から第四尾根を登攀。終了点でツェルトビバークの後、2日目に中央稜ノーマルルートを登って北岳の山頂を踏んでから下山。

山頂:北岳 3193m

同行:Niizawa氏

山行寸描

▲第四尾根の核心部とされる5mの垂壁。上の画像をクリックすると、第四尾根の登攀の概要が見られます。(2005/08/13撮影)
▲Cガリーから中央稜を見上げる。上の画像をクリックすると、中央稜の登攀の概要が見られます。(2005/08/14撮影)
▲中央稜第二ハング。左上のスリングのある位置ではなく、その3m右(Niizawa氏の真上)の切れ目から越えた。(2005/08/14撮影)
▲北岳バットレス全景。我々が下山しているときにも、たくさんのクライマーが岩に取り付いていた。(2005/08/14撮影)

北岳バットレスは、私が初めてのアルパインに連れて行ってもらった思い出深い場所ですが、そのわりにはその後縁がなく、昨年は2泊3日白根御池小屋敗退(遭難救助付き)、今年の海の日も悪天予報のため沢登りに転進とつれない仕打ちを2年続けて受けていました。このままではならじと8月に入ってしつこくトライすることにし、おやぢれんじゃあ隊の中でも随一の脚力を誇るNiizawa氏を相方に選びました。広河原がマイカー規制を行っている中で1泊2日の必要最小限の日程で第四尾根〜中央稜を目指すには格好のパートナーです。

2005/08/13

△06:10 広河原 → △07:50-08:00 二俣 → △09:40-10:20 Bガリー大滝 → △11:35-55 第四尾根取付 → △15:10 第四尾根終了点

相乗りタクシーで広河原に着いてしばしの身繕いの後、おもむろに出発。我々おやぢれんじゃあ隊の中では健脚のNiizawa氏に先頭を歩かせてはならないというのは鉄則となっているので「今日のキーワードは『ポレポレ』ですから」と宣言して私が先に立って歩きました。リュックサックの中にはギア一式、シュラフ&シュラフカバー、ツェルト、マット、水2リットル、食料。その食料も、軽量化のためにバランス栄養食の「毎日果実」×3、VAAMゼリー×3、コンデンスミルクのチューブ×1、コンビーフの缶(小)×1に切り詰めていて、これで丸2日間行動しなければなりません。

二俣まではslow but steadyで登り続けましたが、小休止を入れたときに汲んだ沢水が身体に合わなかったのか、気分が悪くなってきてしまいました。それでもトップを代わったNiizawa氏になんとかついてC沢手前から右の斜面に入り、Bガリー大滝に辿り着きました。ここでギアを身に着けて、まずは私のリードで1ピッチ目。ホールドがこれでもかというくらい豊富なIII級の壁ですが、やはり身体が重くてスピードが上がりません。それでもつるべでNiizawa氏に2ピッチ目を託して後続すると、草付の中を踏み跡が左から上へ伸びていて、やがて緩傾斜帯で左へトラバースする踏み跡に入りました。まるで登山道並みのよく踏まれた水平な踏み跡はすぐにガラガラのCガリーを横断して対岸の顕著なバンドに入って、二つ目の露岩から上に登ると懐かしい第四尾根の取付のテラスに到達しました。

1ピッチ目:私のリード。出だしは有名なクラック(IV+)。右外のホールドを使って簡単に1段上がってから、少し試行錯誤したものの左上にホールドを見つけて上段のクラックに乗り込んで越えました。そのまま簡単なフェースを登って後続をビレイ。

2ピッチ目:Niizawa氏のリード。右寄りのフェースを登ります(III+)。

3ピッチ目:白い岩のIII級フェースを第1のコル手前までで、いたって簡単。先行パーティーがいないので好きなペースで登れます。

4ピッチ目:短いII級のリッジ。え、もう終わり?という感じ。

5ピッチ目:核心部の垂壁(V)。じわじわと足を上げながら三角の上の岩溝に指先をかませて姿勢制御。一度ぐらっと振られかけましたが、なんとかこらえて抜けました。この後は高度感に痺れるナイフリッジのはずなのですがガスで高度感ゼロで、それどころかすぐに激しい雨が降ってきて一度は垂壁下のテラスで行動を打ち切りビバークしようかとビレイしているNiizawa氏に声を掛けたほどでしたが、雨はあっという間に上がってくれたので改めてリッジを前進し、マッチ箱の上まで進みました。ここからは前方に城塞、その右にぼんやりと中央稜のシルエットも見えています。すぐに後続のNiizawa氏を確保しましたが、先ほどの雨で垂壁はつるつるになってしまったらしく、一度テンションが入りました。

6ピッチ目:マッチ箱を懸垂下降してバンド上で態勢を整えてから、再び私のリード。Dガリー奥壁の赤いつるっとしたスラブの右端を登るラインで、本来IV級ですが先ほどの雨でワンポイントいやらしいところがありました。2mの三角垂壁の手前まで。

7ピッチ目:その三角垂壁を越えるところは、右足でのスメアリングがちょっと思い切りがいますが、立ちこんで右手を伸ばせばかちっとしたホールドがあることを私は覚えていたので、リードのNiizawa氏に後ろからその旨を指示。枯れ木テラスを越えて大きなクラックの手前まで(IV)。

8ピッチ目:幅広クラックを一番右から渡って斜面をほとんど歩くように進み、終了点に到着です。

これでとりあえず今日の仕事は終了。さっさとロープをしまっているところへ雨が降り出し、そそくさと前方に見えている小さな岩小屋に入りました。この岩小屋はもう少し広くて平らかと思っていましたが、実際はえらく窮屈で、しかも床が膨らんでいて快適に横になることができません。雨が上がるまでは2人で庇の下に座り込んでいましたが、私がうとうとしている間にNiizawa氏は終了点の平地に移動してツェルトを設営し、そちらで安眠態勢に入りました。私も岩小屋の中でシュラフに入り、さらにツェルトにくるまってコンビーフのみの早い夕食を終えると、後は時折窮屈な姿勢に寝返りを打たせながらひたすら朝を待ちました。この日、結局先行パーティーは姿も見ることができず、後続は我々のすぐ後に岡山県から来た男女ペア、さらにしばらくしてから男性3人組の合計2パーティーしかいないという、とてもゆとりのある登攀でした。

2005/08/14

△06:45 第四尾根終了点 → △08:05 中央稜取付 → △10:35-45 中央稜終了点 → △10:55-11:10 北岳 → △11:30-55 第四尾根終了点 → △14:00 二俣 → △15:10 広河原

真夜中に目を覚ましツェルトをあげてみると空には星、正面には甲府盆地の明かりを受けて鳳凰三山のシルエットが大きく横たわっています。やれうれしや、明日は快晴かな、と思いながら再びツェルトをかぶりましたが、朝の明るさが広がる頃には、あたりはすっかりガスに包まれてしまっていました。このガスで登るのはイヤだな、とぐずぐずしていると徐々にガスが薄くなって、頭上には青い空も透けて見えるようになってきます。ツェルトを畳んで準備を始めているうちにガスがとれていって、周囲の景色が一変しました。これは僥倖!さっそく出発です。ギア以外はデポすることにし、Niizawa氏にはリュックサックにシューズだけを入れて担いでもらいました。

第四尾根の終了点から1ピッチ分はクライムダウンし、さらに1ピッチは懸垂下降で枯れ木テラスへ降り立つとマッチ箱がすぐ下に見えますが、まだ誰も登ってきていません。また反対側にはこれから登る中央稜がその全貌を包み隠すことなく見せており、中央にハング帯もよく見えていますが、ここから見る限りさほど傾斜はなさそうで威圧感はあまり感じられませんでした。

Cガリーへの懸垂支点は枯れ木テラスの上流側に1段下がったところにあり、スリングが何本もセットされているのですぐわかりました。昨日はそこから下がガスで何も見えず、ロープを投げても下まで届いているかどうかわからないような状態だったのに、今日は思ったより近くにCガリーの底が見えています。ここから50mロープ1本を2回使ってCガリーに下り、崩れやすい足元に気を配りながら中央稜に近づきました。

今日も奇数ピッチは私の担当ですが、中央稜の取付はちょっと判然としません。中段に見える顕著なバンドまで登るのに正面の凹状壁を直上することもできそうですがハーケンやボルトが見当たらず、一方そのすぐ右から右上するラインには残置ピンやスリングがあって、これは確実に登られているようです。さらに右から左上するラインもあって、後から考えればそちらから登った方がロープの流れもスムーズだったはずなのですが、確実に残置ピンを使えそうな右上ラインを採用することにしました。

1ピッチ目:ホールドには困らない右上ラインですが、残置スリングの誘惑に負けて1手A0とししてしまいました。さらに左へ折り返したバンドのラインはかぶり気味で、バンドに乗り上がらずにバンドの縁に手を掛けて1段下を左へ移動しましたが、やはり1カ所足がなく、クイックドローをつかんで左足を遠くのフットホールドへ伸ばしました。そこからバンドに上がって胸を圧迫されながらじわじわと立ち上がると、上の壁にホールドがあってなんとかかぶり気味のセクションを通過し、テラスに上がることができました。そこから10mほど上がったところで残置ピンやリングボルトで支点を作りNiizawa氏を迎えましたが、屈曲したロープが重くて苦労し、もっと早くピッチを切ればよかったと後悔しました。それに、中央稜は3ピッチ目が核心部だと思っていたので、このピッチでは腕力温存・スピード優先でA0にしてしまいましたが、後から思えばもっとフリーにこだわればよかったと後悔することになりました。

2ピッチ目:Niizawa氏のリード。コーナーを直上して、第二ハングの下を右へトラバース(IV-)。

3ピッチ目:第二ハング越えのピッチ。Niizawa氏がビレイしている場所からすぐ左上にハングのくびれがあって黄色いスリングがぶらさがってもいるのですが、下から観察したところではそちらよりもNiizawa氏のすぐ上のハングが段差になったところの方がホールドが豊富そうです。リングボルトで一つランナーをとってからハングの上に手を掛けてみると、第一関節でではあるものの、両手ともかっちりと決まり、これなら行ける!と喜びつつ左足の突っ張りで背中を下に身体を浮かせ、思い切りよく右足をハングの庇の先に飛ばし、右手を送ってから右足に乗り込むとあっさりハングの上に出られました(IV+)。ここから右のリッジまでは水平にクラックが走っていてホールドに困らず、さらに垂直のリッジを豊富なホールドをつかんでぐいぐい気分良く登りましたが、この頃からガスがあたりを覆い始め、高度感が得られなかったのは残念です。ともあれ登り着いた中央バンドの支点でNiizawa氏を確保しましたが、登り始めてもなかなかロープが動かないな、と思っていたら急にテンション!ハングで見事にフォールして、完全にぶら下がってしまったようです。「厳しいです……」という声が上ずっていたからかなり怖い思いをしたようですが、それでもがんばって抜けてきてくれました。

4ピッチ目:傾斜の落ちてきたリッジを登るピッチ(III)。先ほどのフォールで多少慎重になったNiizawa氏が出だしの壁でヌンチャクをつかもうとしたので、「えっ、III級でA0するんですか?それはマズいでしょう。沽券にかかわるでしょう」と自分のことは棚に上げてプレッシャーを送りました。気を取り直したNiizawa氏はちゃんとフリーでガスの中に消えていきましたが、この頃には背後から第四尾根を登ってきたクライマーたちのコールが交錯し始めました。

5ピッチ目:リッジからもろい土の凹角(II)。ランナーは1カ所ハイマツの根でとりましたが、やがてひょっこり上に抜けたらそこから北岳山頂までは目と鼻の先でした。我々が交わしているコールに気付いた山頂の登山者がこちらを見下ろして指差したり手を振ってくれたりしていて、子供の「がんばれー!」という声も聞こえてきました。坊や、ありがとう!でも、もうここが終了点なんだよ。

草付の中の踏み跡を適当に辿ると、北岳山頂。登山者の皆さんが「お疲れさまでした〜」と声を掛けてくれました。

山頂での小休止で靴を履き替え、ロープをNiizawa氏が担いできてくれたリュックサックにしまってデポ回収に向かいました。第四尾根終了点に戻ってギア類を全てしまい、一般登山スタイルに変身して下山開始です。しかし食事を切り詰めていたのがここにきてこたえはじめ、韋駄天のごときスピードで下っていくNiizawa氏になかなか追いつけません。それでも八本歯の下の小尾根状の場所で年配の男性と話をしているNiizawa氏に近づいてみると、その男性にはどうも見覚えがありました。案の定それは『日本のクラシックルート』に掲載された写真でお顔を拝見したことがある南博人氏でした。南博人氏はバットレスに取り付いているクライマー達と無線で交信しながら彼らの写真を撮っていたのですが、我々にも気さくに話をして下さって、こちらはうれしいやら恐縮するやら。

そのうちバットレスにかかっていたガスがきれいにとれて、その全容が眼前に広がりました。十字クラックの上にも、ピラミッドフェースにも、下部フランケにも、もちろん第四尾根にもたくさんのクライマー達がへばりついていて、まさに壮観です。次は、ぜひ下部フランケから上部フランケかDガリー奥壁に継続するラインをトレースしたいものだと思いながら、再び飛ぶように下っていってしまったNiizawa氏の背中を追いかけました。