北岳

日程:2002/05/03-06

概要:残雪の北岳へ池山吊尾根から登る。初日は夜叉神峠から入って尾根途中の城峰まで。翌日アタックするも悪天のためボーコン沢ノ頭で撤退し、3日目に再挑戦して山頂に立つ。最終日は奈良田まで歩いた。

山頂:北岳 3193m

同行:---

山行寸描

▲これで4度目の北岳山頂。上の画像をクリックすると、北岳からの他の山々の展望が見られます。(2002/05/05撮影)
▲池山吊尾根全景。右奥の雲の上にわずかに富士山が顔を覗かせている。(2002/05/05撮影)
▲北岳バットレス。雪があってもなくてもほれぼれするほど見事な姿。(2002/05/05撮影)

池山吊尾根からの北岳は、ずいぶん前から一度は登ってみたいコースでした。どうせ登るならそのまま白峰三山縦走にしてもいいかとは思いましたが、技術的には縦走にしたからといってポイントが上がるわけでもなく、それに雪崩の巣となる大門沢へ突っ込むのはあまり気が進みません。できれば2泊3日でさくっと片付けて連休最終日は仕事にあてたいという気持ちもあって、池山吊尾根を往復することにしました。

2002/05/03

△05:30 夜叉神の森 → △06:40-07:00 鷲ノ住山登山口 → △08:00 吊橋 → △08:45-09:15 歩き沢橋登山口 → △12:25-50 池山小屋 → △14:40 城峰

今年はこの時期のバスの運行がないので甲府駅の外で適当に登山者を探してタクシーを相乗りするつもりでしたが、深夜に甲府駅に降りてみると案に相違して都合よく相乗りしてくれそうな登山者はおらず、改札口の外に何パーティーかが既にシュラフにくるまって横たわっているだけ。仕方なくこちらも2時間ほど仮眠をとって少し外が明るくなった頃に駅の外に出てみると、折よく小型タクシーが1台やってきたのでそれに乗ることにしました。タクシー代8,320円也でマイカー組の登山者で賑わう夜叉神の森の前まで連れて行ってもらい、おまけに缶コーヒーをおごってもらって(運転手さん、ありがとう!)これを飲み干してから、運動靴のままで歩き出しました。夜叉神トンネルの中は照明がついていてヘッドランプは不要で、トンネルを抜けると真っ青な空の下に北岳から間ノ岳にかけての白いスカイラインが見えています。爽やかな朝の空気と光の中、車道をすたすたと歩いて鷲ノ住山の入口に到着しました。

鷲ノ住山はほんのわずかの登りで越え、すぐに急降下の道に入ります。比較的よく整備されところどころにツツジが咲いている道を1時間下って発電所の横の吊橋に到着し、ゆらゆら揺れるこの吊橋を渡り崩れて歩きにくい道を進んだら、すぐに野呂川右岸の林道に出ました。ここは野呂川トンネルの広河原寄りの出口で、ちょうど発電所の巡回のお兄さん(?)が自転車に乗ってトンネルから現れ「こんにちわー」の声を残して去っていきました。こちらも後を追うように林道を北上し、長くて壁や天井がごつごつした未舗装の吊尾根トンネルを抜けると、少しの歩きで歩き沢橋に到着します。登山口はその橋のほんの少し手前でした。

雪が出るまで運動靴のままで登ることにしてそのまま山道に入りましたが、スズタケの密生地から広葉樹林帯になり、やがてツガが目立つようになっても一向に雪が出てきません。このコースから北岳に登る場合、初日は池山小屋泊まりとし、翌日小屋から一気に山頂ピストンを狙うというのが一般的なパターンのようなのですが、今回は初日にできるだけ高度を上げるべくテントを担いでいます。しかし雪が出てきてくれないことには水が補給できないので、少々焦りを感じながらひたすら高度を上げていきました。

ところが何度目かの休憩の後リュックサックをよっこらしょと持ち上げた途端に「バツッ!」という音がして、次の休憩時にチェックしてみると何とリュックサックのショルダーベルトの付け根にあるプラスティックのパーツが折れています。水込みで25kg程の荷を乱暴に持ち上げたので負荷が一点に集中したせいだろうと思いますが、ともあれ短いベルトをとりだしてショルダーベルトとリュックサックを応急措置で結び付けて背負ってみると、どうやらそのまま使用に耐えられそうでほっとしました。

尾根上を高度を上げ、その後平坦な道に移って案外長い歩きの後に御池のほとりに到着しましたが、その名に似合わず水がなく、乾いた窪み程度の姿でしかありません。そしてその窪みの反対側の樹林の中には池山小屋の赤い屋根が見えていました。御池の右手をぐるっと回って小屋に入ってみると中は土間半分・板の間半分の造りで、人の気配もデポ品もありませんが、毛布が何枚かぶら下げてありました。ここで火を使わない昼食にして休憩としました。

小屋から30分余り登ったあたりからやっとコンスタントに雪が出てくるようになり、靴をプラブーツに履き替えました。短い間隔で赤テープや赤ペンキのマークがあって進路に迷うおそれはなく、雪に覆われた道を進んで城峰の稜線の最先端の、ちょうどタル沢源頭のコルを見下ろす位置にテントを張ることにしました。ここなら前方にボーコン沢ノ頭方面の様子を見ることができますし、雪も眼下のコルから簡単にとってくることができます。テントを張り終えるとさっそくコルに降り、コッヘルとビニール袋に雪を詰めてきて水作り・食事作りにいそしみました。

2002/05/04

△04:10 城峰 → △06:50-07:00 ボーコン沢ノ頭 → △08:25 城峰

前夜のラジオでの天気予報によると、この日は気圧の谷が日本を通過する日。なるべく早く出発してあわよくば天気が崩れる前に往復してこようと、まだ暗いうちから歩き出しました。4時半には早くもあたりが明るくなってヘッドランプは不要になりましたが、足元を雪に覆われた樹林帯の中を抜けて森林限界に到達すると天候がはかばかしくありません。一応ボーコン沢ノ頭まで上がってはみたものの周囲は完全にガスに巻かれており、仮にこのまま山頂を目指して行ったとしても「北岳に来ただけ」で終わってしまう……などと考えた途端に北岳方面から吹いてきた烈風に身体を飛ばされそうになりました。ここで仕事のことはすっぱり諦め、今日はテントに戻って沈澱することを決意しました。

下る途中で、池山小屋から上がってきたと思われる何組かの登山者と行き交いました。こちらが下り道をとっているのに驚く者が多かったようですが、中には背中に大きな四角い梱包物を背負った女性とパートナーの男性という組み合わせもあり、いったい彼女が何を担ぎ上げているのか皆目見当がつきませんでした。ともあれテントに戻ったのが8時半頃で、そこから延々とラジオを聴いたり新聞を読んだりうとうとしたりの退屈な時間を過ごしました。食料はかつかつながら予備日の分も持ってきていたので心配はありませんが、コーヒーやお茶の類にゆとりをもたせなかったのが悔やまれます。14時頃からは雨になり、夜半にははっきりと本降りになってテントの外張りを叩きました。

2002/05/05

△04:40 城峰 → △07:15-25 ボーコン沢ノ頭 → △08:25-30 八本歯ノ頭 → △09:00 八本歯のコル → △10:20 吊尾根分岐点 → △10:45-11:15 北岳 → △11:40 吊尾根分岐点 → △12:30 八本歯のコル → △12:45 八本歯ノ頭 → △13:35-45 ボーコン沢ノ頭 → △14:55 城峰

3時起床。食事を終えてテントの外に出てみると、雨こそ上がっているものの相変わらず空には分厚い雲がかかっています。しかし天気予報では確実に好転が見込まれそうなので、気にせず昨日歩いた道を再び辿りました。1時間半程で森林限界に出たところで顔や唇に紫外線対策を施し、そこから1時間でボーコン沢ノ頭に到達。ここからの北岳の眺めを期待していたのですが、まだ天候の回復には時間がかかりそうです。しかし今日は尾根上のハイマツの道も見えますし、大樺沢や白根御池小屋の緑の屋根も眺められ、背後には雲海の上に富士山の姿も見えていて、昨日より確実に条件が良くなっているようでした。

そのまま起伏の乏しい吊尾根上の道をどんどん進んで八本歯ノ頭が近づくと、そこには昨日の撤退の際にすれ違った男女2人組がテントを張っていましたが、声を掛けることなく先を急ぎました。

八本歯の頭から尾根が痩せてきて岩がちとなり、ロープの張られたトラバースから10mほどの切り立った岩場に出ましたが、雪は付いていないので簡単にクライムダウンすることができました。むしろその後2、3カ所中途半端に凍っているところの方が、岩質の関係でホールドが信じられないこともあって少し悪く感じます。コル前後の木の階段はおおむね露出しており、北岳山荘へのトラバース道の分岐点に着いたあたりではっきりとガスがとれて眺めが良くなってきました。

左手には間ノ岳や農鳥岳の巨体が間近に眺められて圧倒的ですし、上を見れば北岳の山頂部がほとんど雪を付けずにそそり立っています。稜線上の吊尾根分岐点に出て右手に道をとり、ガレた斜面をジグザグに上がって雪田をトラバースしてわずかに進むと、そこはもう北岳の山頂でした。

通算4度目の山頂は他に誰もおらず静寂そのものでしたが、これまでにも増して明るく輝かしい光に満ちあふれていました。周囲には南アルプスの名峰たち=間ノ岳・塩見岳・仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳・鳳凰三山などが眺められ、西の方には雲の上に中央アルプスの白い稜線、仙丈ヶ岳の右手には大キレットをはさんだ穂高岳と槍ヶ岳、ぐるっと振り返ると先ほど辿ってきた池山吊尾根の向こうに富士山も高く、最高の展望に恵まれました。しばらくは夢中で写真を撮って、そのうち無風で暖かい山頂のベンチに座り込んでぼけっと幸せを噛み締めましたが、後続していた学生らしい4人組が登り着いたのを機に下山を開始しました。下りでは、登りに通った雪田のトラバースは避けて稜線通しの道を選びましたが、しっかりした踏み跡に導かれてほどなく吊尾根分岐点に降り立つことができました。

吊尾根分岐点からは明るい雪田をつぼ足で下って八本歯へ下ります。踏み抜いた雪に足が埋まって思わぬ時間をくったりしましたが、行きには少し緊張した岩場も帰りはなんということもなく通過し、快晴の空の下、ハイマツと雪の混じった吊尾根を気分良く歩きました。時折振り返ると北岳のバットレスが素晴らしい迫力で、この眺めもまったく見飽きることがありません。

ボーコン沢ノ頭に着いてみると朝に八本歯ノ頭で見掛けた男女がこちらに移動していて、女性の方がイーゼルを立て油絵を描いていました。なるほど、あのかさばる四角い物体は画板だったのか。うーん、なんて優雅というか贅沢というか。丸く平らなボーコン沢ノ頭から白峰三山を改めて眺め、中でも北岳の姿にじっくりと目をやってから、おそらくもう二度と見ることはないであろうこの景色に別れを告げて雪の斜面を下りました。

このときはこの景色を「もう二度と見ることはない」と思っていましたが、16年後に再びボーコン沢ノ頭に立つことになりました。

帰幕したときはへとへとで、今日のうちにできるだけ高度を下げておこうかと思わないでもなかったものの、もはやテントを畳む気力もありません。そのまま濡れものをテントの上に広げ、コルから雪をとってきて水を作り、テントの外で昼夜兼用の食事(ラーメン半分)を作って食べました。しかし振り返ってみれば結局、八本歯の通過のために用心に持ってきたロープ(8mm×30m)はもとよりアイゼンすら使う場面がなく、これを積雪期登山と分類してよいかどうかはなはだ疑問です。

2002/05/06

△05:50 城峰 → △06:35-40 池山小屋 → △08:10-30 歩き沢橋登山口 → △11:30 奈良田

3晩過ごしたテントを畳んで、重荷を背に下山開始。城峰からの急な斜面を下るとだらだらした坂道が池山小屋まで続き、そこであまりの暑さに上衣を脱いで長袖のアンダーウェア1枚になりました。ここから下の道はところどころの崩れや倒木でけっこう悪く、手の甲や二の腕をずいぶんすり傷だらけにしながら、8時すぎにやっと登山口に降り立ちました。

登山口から数分のところに流れ落ちている沢水(「命の水」と勝手に命名)を思う存分に飲み、運動靴に履き替えプラブーツの底やピッケルについた泥なども洗って下界モードに入りましたが、ここから人里まではまだまだ相当の時間がかかります。プラブーツをリュックサックにしまい込んだので背中の重量はさらに増し、舗装された道を運動靴で3時間も歩くと背中も足の裏も痛くてたまりませんでしたが、それでも何とかゴールの奈良田に辿り着き「奈良田の里」でまずは温泉(400円)につかってから、生ビールともつ煮込定食で4日間の山行を締めくくりました。