塾長の山行記録

塾長の山行記録

私=juqchoの登山の記録集。基本は癒し系バリエーション、四季を通じて。

日光表連山縦走

日程:2000/11/03-04

概要:霧降高原から赤薙山経由女峰山に達して唐沢小屋泊。女峰山に登り返してから帝釈山・小真名子山・大真名子山を次々に越えて、志津乗越から男体山に登り、中禅寺湖畔へ下山。

山頂:女峰山 2464m / 小真名子山 2323m / 大真名子山 2376m / 男体山 2486m

同行:---

山行寸描

▲男体山六景。茫洋としているようでも存在感は圧倒的。(2000/11/03-04撮影)
▲大真名子山からの女峰山。その名前に似ず日光表連山随一のアルペン的風貌。(2000/11/04撮影)
▲男体山から見下ろす中禅寺湖。湖の向こうは皇海山、その奥に浅間山。(2000/11/04撮影)

2000/11/03

△09:35 霧降高原リフト終点(キスゲ平) → △11:05-25 赤薙山 → △12:45 赤薙奥社跡 → △13:45-14:00 2295m峰 → △15:35-16:10 女峰山 → △16:35 唐沢小屋

日光表連山はいつかは歩きたいと思っていた縦走コースですが、幸い文化の日の連休は中日が好天の予報なので、早朝の東武線で日光へ向かいました。バスで霧降高原に下り立つと小雨模様ですが、迷わずリフトを使って高度を稼ぎます。晴れていれば気持ち良さそうな笹尾根から樹林帯に入って緩やかな尾根を進み、1時間半で鳥居と石祠が立つ赤薙山に到着しました。

ここで立ったまま昼食をとってさらに歩き、小さく開けた赤薙奥社跡から右手へいったん下って登り返したところから西へ伸びるのが一里ガ曽根と呼ばれるシャクナゲの目立つ水平の尾根道です。この頃からようやく雨が上がり、薄日もさすようになってきました。時折ガスの切れ間から前女峰山が見えるようになり、2295m峰を越えてハイマツの急坂を登りきると三角点の先に小さな社が建っていて、そのすぐ上が女峰山の頂上です。

山頂に着いたときはガスに囲まれて何も見えなかったのですが、頭上を見上げると青い空。どうやら雲が高度を下げつつあるらしいことがわかったので、少し粘ってみることにしました。ガスは北側から吹き上げて南へ下っており、うまい具合にブロッケン現象も見ることができましたが、そのうち期待通り青空が広がりはじめ、水平方向に雲海が姿を現わしました。そして待望の男体山のてっぺんが、はじめはちらちらと、そして次第にはっきりと雲の上に見えるようになり、こちらは狂喜乱舞です。

志津側から数名のパーティーが登ってきたのを機に唐沢小屋を目指すこととし、樹林帯を抜けてガラ場を下り再び樹林帯の道を辿って2階建てのきれいな小屋に到着しました。先客は6人でしたが、驚いたことに敷布団が備え付けてあり、チキンラーメンの夕食をとった後は暖かく眠ることができました。

2000/11/04

△06:15 唐沢小屋 → △06:50-07:15 女峰山 → △07:55 帝釈山 → △08:30-40 富士見峠 → △09:30-35 小真名子山 → △10:00-10 鷹ノ巣 → △11:05-15 大真名子山 → △12:25-35 志津乗越 → △15:05-30 男体山 → △16:50 四合目 → △17:20 二荒山神社中宮

朝、外に出てみるとこれ以上ない快晴で、小屋の前からはるか彼方に富士山の円錐形が眺められました。この日唯一の温かい食事をとってから出発してまず登り着いた女峰山の頂上からは、まさに360度の展望が広がって最高の気分です。

これから歩く日光表連山はもちろん、富士山の右に南アルプスの山並が連なり、男体山の右手へぐるっと見回すと登ったことがある山だけ挙げても八ヶ岳・皇海山・浅間山・奥白根山・苗場山・至仏山・巻機山・平ヶ岳・燧ヶ岳・越後駒ヶ岳・会津駒ヶ岳・飯豊連峰・朝日連峰・吾妻連峰・安達太良山・那須連山といった具合です。関東平野にあって意外に高い双耳峰は筑波山ですし、浅間山の右奥に見えているのはどうやら北アルプスの大キレットらしく、さらに奥白根山の右の遠くに白い連なりが見えているのは後立山かもしれません。何にせよ、これだけの展望にお目にかかれたのは本当に久しぶりです。

女峰山から岩場をぐっと下って霜柱が目立つ細い尾根を進み、少し登ると帝釈山。目の前には立ち枯れの木の先に太郎山がすっくと立っていますが、太郎山は縦走路から離れているため今回は立ち寄ることができません。この日光表連山は、男体山が父親、女峰山が母親で、その間に大真名子・小真名子の2人の子供を挟んでおり、長男の太郎山は親元から独立している風情です。また、男体山は茫洋とした山容なのに女峰山は(この山群では最も古いので)侵食が進んで荒々しい風貌というのも、昔の人のネーミングのセンスを感じます。

道はそのまま富士見峠へ一気に400mの下りとなります。昨日の雨は霜柱状に凍っているので滑ることはありませんが、それにしてもこの下りはもったいない。明るく開けた峠で小休止してから、気を取り直してガレを登ると見晴らしのいいところに反射板が立っており、そのすぐ先の樹林の中が小真名子山の山頂でした。先に登り着いていたパーティーが休んでいましたが、こちらは先を急ぐ身なのですぐ出発しました。

200m下ってツガに囲まれた鞍部=鷹ノ巣に降り立ち水分とカロリーを補給してから、樹林の道を大真名子山へと登り返します。苦しい急登を耐え、やがて道が緩やかになってしばらく進むと、小高くなったところに立派な銅像と祠が建つ大真名子山の山頂に到着しました。目の前には男体山が大きく、振り返れば近くに女峰山が聳えています。普通は日光表連山縦走というとここが最後のピークで、志津乗越から林道を三本松へ下るのですが、今日は男体山への大きな登り返しが待っているのでゆっくりはできません。唐沢小屋からここまで抜きつ抜かれつしていた単独行の男性が「本当に男体山へ登るんですか?」と聞いてきたので「ええ、頑張ります」と答えたものの、正直に言えば男体山が立派過ぎて気後れもしていたのですが、かえってこの言葉に意を決してリュックサックを担ぎました。今度は600m下って700mの登りというハードワークになりますが、それもそのはず、連峰といってもほぼ独立したコニーデの連なりなのでアップダウンが本当に厳しいのです。

急な道を擦り傷・切り傷をいっぱい作りながら1時間以上も下り、落葉松の黄葉をくぐって着いた志津乗越には車が数台駐めてありました。林道からわずかに入ったところに建てられている志津小屋はログハウス風にきれいになっていて驚きましたが、前回男体山に登ってここに下り着いたのはもう16年も前ですから、あのぼろぼろの小屋が残っているわけはありません。ただし、登山者の不安を誘う水場の貧弱さは相変わらずでした。

道は男体山特有の薙沿いを登ってから樹林帯のひたすらの急登になり、北側であるため暗く湿っぽい道で気持ちがめげそうになるところを合目標識がかろうじて救ってくれました。2200mを過ぎたあたりから傾斜が緩くなり、ガレ場を左に見る頃には樹相が高山っぽくなって、後ろの大真名子山や女峰山が目線の高さになってきたのも励みとなり、九合目でとうとう頂上稜線に到着しました。ここからは、ツガやシャクナゲの足元に笹が広がる気持ちの良い稜線を水平に歩くだけです。

到着した男体山の山頂は小高い岩の上に鉄剣が突き立っており、その先に二荒山神社奥宮の鳥居や建物、銅像が建っています。既に時刻が遅いため他に誰もいない静かな山頂を独り占めして歩き回ると、北側には歩いてきた日光表連山の山々が連なり、南側は雲海上に富士山やアルプス・八ヶ岳などの山々が見え、眼下には中禅寺湖が傾いた太陽の光を受けて金色にさざめき輝いていました。雲海の上には一片の雲もなく、どこまでも青い空に小さく白い半月が浮かんでいます。やがて後からやってきた単独行者と言葉を交わしましたが、静寂を破るのがもったいないほどに厳かな山頂でした。

このままいつまでも山頂にいたいと心底思ったものの、日没までに残された時間はあまりなく、後ろ髪を引かれるようにして下山にかかりました。富士山のようなざらざらの道からガレ場を下り、四合目から林道を歩いて三合目で再び登山道に入る頃からめっきり暗くなってしまい、最後は転げるように急いで二荒山神社の中宮に辿り着きました。登拝門は閉まっていましたが、門の脇を抜けて境内に入り、ようやく湖畔に出たときにはすっかり夜の帳が下りていました。