塾長の山行記録

日本百名山

日本百名山の完登まで

登山家にして作家、深田久弥の代表作『日本百名山』に掲げられた百の山々への巡礼。

1984年の男体山からスタートして、北は利尻岳から南は宮ノ浦岳まで、百の頂にある百の憩いを求めていつ果てるともなく続いていた私の旅も、1998年の富士山でピリオドを打つことができました。そしていつかは、この長い旅を通じて知ることができた、ナキウサギの甲高い声やフレップの赤い実が迎えてくれる北海道の夏の原始の山々や、錦秋の彩りの中から豊かで密やかな歴史を語りかけてくれる東北の山々を、あらためて思いのままに、そして丹念に訪ね歩きたいと思っています。

[地域別一覧](山名表記は『日本百名山』による)
北日本 利尻岳 1,721m
羅臼岳 1,661m
斜里岳 1,547m
阿寒岳 1,499m
大雪山 2,291m
トムラウシ 2,141m
十勝岳 2,077m
幌尻岳 2,052m
後方羊蹄山 1,898m
岩木山 1,625m
八甲田山 1,585m
八幡平 1,613m
岩手山 2,038m
早池峰 1,917m
鳥海山 2,236m
月山 1,984m
朝日岳 1,871m
蔵王山 1,841m
飯豊山 2,105m
吾妻山 2,035m
安達太良山 1,699m
磐梯山 1,816m
会津駒ヶ岳 2,133m
上信越 魚沼駒ヶ岳 2,003m
平ヶ岳 2,141m
巻機山 1,967m
谷川岳 1,977m
雨飾山 1,963m
苗場山 2,145m
妙高山 2,454m
火打山 2,462m
高妻山 2,353m
男体山 2,486m
奥白根山 2,578m
皇海山 2,144m
草津白根山 2,160m
四阿山 2,354m
浅間山 2,568m
燧岳 2,356m
至仏山 2,228m
武尊山 2,158m
関東周辺 赤城山 1,828m
那須岳 1,915m
筑波山 877m
美ヶ原 2,034m
霧ヶ峰 1,925m
蓼科山 2,531m
八ヶ岳 2,899m
両神山 1,723m
雲取山 2,017m
甲武信岳 2,475m
金峰山 2,598m
瑞牆山 2,230m
大菩薩岳 2,057m
丹沢山 1,567m
富士山 3,776m
天城山 1,406m
北アルプス 白馬岳 2,932m
五竜岳 2,814m
鹿島槍ヶ岳 2,889m
剣岳 2,999m
立山 3,015m
薬師岳 2,926m
黒部五郎岳 2,840m
黒岳 2,986m
鷲羽岳 2,924m
槍ヶ岳 3,180m
穂高岳 3,190m
常念岳 2,857m
笠ヶ岳 2,898m
焼岳 2,455m
乗鞍岳 3,026m
御嶽 3,067m
中央・南アルプス 木曾駒ヶ岳 2,956m
空木岳 2,864m
恵那山 2,191m
甲斐駒ヶ岳 2,966m
仙丈岳 3,033m
鳳凰山 2,841m
北岳 3,193m
間ノ岳 3,190m
塩見岳 3,052m
悪沢岳 3,141m
赤石岳 3,121m
聖岳 3,013m
光岳 2,592m
西日本 白山 2,702m
荒島岳 1,523m
伊吹山 1,377m
大台ヶ原山 1,695m
大峰山 1,915m
大山 1,729m
剣山 1,955m
石鎚山 1,982m
九重山 1,787m
祖母山 1,756m
阿蘇山 1,592m
霧島山 1,700m
開聞岳 924m
宮ノ浦岳 1,936m
[年次別一覧](初登のみを掲示)
1984/08/26 男体山 上信越
1986/08/31 丹沢山 関東周辺
1986/09/15 鳳凰山 中央・南アルプス
1986/11/03 雲取山 関東周辺
1987/05/05 金峰山 関東周辺
1987/05/06 瑞牆山 関東周辺
1987/06/29 八ヶ岳 八ヶ岳
1987/08/02 木曾駒ヶ岳 中央・南アルプス
1987/08/13 北岳 中央・南アルプス
間ノ岳 中央・南アルプス
1987/10/10 仙丈岳 中央・南アルプス
1988/05/02 甲武信岳 関東周辺
1988/06/19 大菩薩岳 関東周辺
1988/07/24 甲斐駒ヶ岳 中央・南アルプス
1988/08/07 聖岳 中央・南アルプス
1988/08/08 赤石岳 中央・南アルプス
1988/08/09 悪沢岳 中央・南アルプス
1988/09/25 槍ヶ岳 北アルプス
1989/01/29 筑波山 関東周辺
1989/03/25 阿蘇山 西日本
1989/03/26 九重山 西日本
1989/04/22 両神山 関東周辺
1989/04/30 谷川岳 上信越
1989/05/02 至仏山 上信越
1989/05/03 燧岳 上信越
1989/05/27 霧ヶ峰 八ヶ岳
1989/05/28 美ヶ原 八ヶ岳
1989/06/10 霧島山 西日本
1989/06/11 開聞岳 西日本
1989/08/13 乗鞍岳 北アルプス
1989/08/20 大雪山 北日本
1989/08/22 トムラウシ 北日本
1989/09/15 立山 北アルプス
1989/09/16 剣岳 北アルプス
1989/10/15 会津駒ヶ岳 北日本
1989/10/28 火打山 上信越
1989/10/29 妙高山 上信越
1990/03/08 祖母山 西日本
1990/03/25 蓼科山 八ヶ岳
1990/04/15 巻機山 上信越
1990/05/03 常念岳 北アルプス
1990/05/13 浅間山 上信越
1990/06/03 那須岳 関東周辺
1990/06/10 安達太良山 北日本
1990/06/23 天城山 関東周辺
1990/07/01 後方羊蹄山 北日本
1990/07/28 利尻岳 北日本
1990/08/09 十勝岳 北日本
1990/08/12 幌尻岳 北日本
1990/08/26 穂高岳 北アルプス
1990/09/08 焼岳 北アルプス
1990/09/22 八幡平 北日本
1990/09/23 岩手山 北日本
1990/11/16 早池峰 北日本
1991/02/10 奥白根山 上信越
1991/05/04 恵那山 中央・南アルプス
1991/05/19 荒島岳 西日本
1991/07/07 伊吹山 西日本
1991/07/14 磐梯山 北日本
1991/08/11 羅臼岳 北日本
1991/08/14 阿寒岳 北日本
1991/08/15 斜里岳 北日本
1991/11/03 大台ヶ原山 西日本
1992/05/04 大山 西日本
1992/06/20 雨飾山 上信越
1992/08/02 御嶽 北アルプス
1992/08/12 薬師岳 北アルプス
1992/08/14 黒部五郎岳 北アルプス
1992/08/15 鷲羽岳 北アルプス
黒岳 北アルプス
1992/10/11 石鎚山 西日本
1992/11/22 剣山 西日本
1993/05/04 白山 西日本
1993/08/08 白馬岳 北アルプス
1993/08/10 五竜岳 北アルプス
鹿島槍ヶ岳 北アルプス
1993/10/11 高妻山 上信越
1994/05/05 大峰山 西日本
1994/07/03 赤城山 関東周辺
1994/07/23 鳥海山 北日本
1994/08/08 飯豊山 北日本
1994/08/10 朝日岳 北日本
1994/08/13 月山 北日本
1994/10/09 四阿山 上信越
1994/10/10 草津白根山 上信越
1995/05/05 吾妻山 北日本
1995/07/30 苗場山 上信越
1995/08/11 塩見岳 中央・南アルプス
1995/08/14 空木岳 中央・南アルプス
1996/08/12 岩木山 北日本
1996/08/13 八甲田山 北日本
1996/08/17 蔵王山 北日本
1996/09/16 武尊山 上信越
1997/05/28 平ヶ岳 上信越
1997/06/05 宮ノ浦岳 西日本
1997/07/21 笠ヶ岳 北アルプス
1997/08/16 光岳 中央・南アルプス
1997/10/19 皇海山 上信越
1998/07/18 魚沼駒ヶ岳 上信越
1998/08/09 富士山 関東周辺

日本百名山を登り終えて

多くの場合がそうであるように、私も山登りの初めから百名山を意識したわけではありません。振り返ってみると、1983年の神戸勤務時代に同じ課のN氏に六甲全山縦走に誘われたのが山登りに親しむことになったきっかけで、東京に戻ってからも数年は丹沢や奥多摩などの日帰り山行が中心でした。そうした自分の目を低山から高山へ向けさせてくれたのは、兵庫から東京に戻ってきてしばらくした頃の職場の同僚で韮崎出身のKさんの偶然の示唆で、彼女の甘利山登山の話からその背後にある鳳凰三山に興味をそそられたのが1986年、日本アルプスへのデビューです。新潮文庫版の『日本百名山』を読み、その完登を志したのは1989年の正月のこと。その時点で、南アルプスや奥秩父を中心に18座に登っていました。そこから8年半でのゴールインは速いペースだったと言えるかもしれませんが、その達成に長期間を要する目標を設定し、これを着実に前進させてゴールに至る成功体験を得ることができたのは、幸運だったと思います。

百名山時代の私の山行の特徴のひとつは、「単独行」です。自分の好きな山に自分のスケジュールに合わせて計画を組み、自分のペースで登る単独行は、山登りのひとつの理想形と言えると思います。百名山に関しても51座が単独行でしたが、しかし、アプローチの長い山、日数を要する山では、パーティーを組んでの登山が有利であることは間違いありません。南アルプス・北海道の山々に御一緒いただいたK・S両氏、最後の富士山を含む32座につきあってくれたFさんほかの方々の存在がなければ、いまだ多くの山が手付かずで残されていたはずです。この場を借りて、これまで山行を共にして下さった皆さんにあつく御礼を申し上げます。

「百名山」を追うことについては、世上に批判も少なくありません。とりわけ、ピークハントのみを目標としたスピード登山の横行は、本来の登山のありようとは異なるのではないかとの意見が、山岳雑誌に繰り返し表明されています。確かに、たとえば大雪山系や朝日連峰のように、その山域を一体として味わうことに価値がある山も多く、自分もできるだけ広範囲の縦走を心掛けるようにしてきましたが、それ以上に、百名山がなければ出会えなかっただろういくつもの山々に登るきっかけを与えてくれてきた点にこそ、百名山を辿る意味はあったと感じます。思い出深い山旅ができた斜里岳をはじめとする道東の山々や東北の飯豊・朝日、上信越の平ヶ岳、九州の久住などは、百名山がなければあるいは知ることもなかったかもしれません。そして、これらの山を登る過程で、特に北海道・東北の山への関心はさらに増しており、「百名山後」の山行リストを豊穣なものにしてくれています。これが、自分にとっての百名山の価値だったように思います。

日本百名山を登り終えた今、これからは本当に気の向くままに山に登ることができます。北の山々への新たな挑戦、懐かしい山域への季節とコースを変えての再訪、海外の山への遠征、バリエーション・クライミングへの挑戦などなど。さらに、これまでは自分(だけ)のための山登りでしたが、これからは周囲の人たちに登山の楽しさを伝えるという、自分にとって新しい登山の目的も見えはじめています。こうしてみると山に登ることそのものが、長大な山脈の縦走のように、新たな目標の発見と達成の連続体なのかもしれません。

〔1998年8月記〕