白鳥の湖(シュツットガルト・バレエ団)

2018/11/10

東京文化会館で、シュツットガルト・バレエ団による「白鳥の湖」。演出は2012年にも一度観ているジョン・クランコ版です。

ロビーには、8月の世界バレエ・フェスティバルのときと同様に白鳥の彫刻とフラワーアレンジメント。今回は胡蝶蘭がゴージャスにあしらわれていました。

クランコ版の演出上の特徴は2012年の記録にも記した通りですが、あらためて幕ごとに整理してみるとおおよそ次の通りです。

バレエファンの間では好き嫌いがかなりはっきり出る演出ですが、結末に関してクランコの記すところによればジークフリートは誓いを破り、内面の実体と見せかけの外見を無意識に取り違えた、資格のない男だということが露呈している。打ち負かされるべき悲劇のヒーローなのであるから、オデットと共に身を投げることも幸せに結ばれることも許されず、一人死すべきだということになるのだそうです。そして、四幕を通して踊られるダンスとそのための音楽のすべてがストーリーに対する意味を持つものとして再構成されているために、オーソドックスなプティパの版に慣れた耳にはショッキングである点も、クランコ版の大きな特徴です。

その他、この日の上演での印象を、音楽面を中心に備忘として記しておくことにします。

第一幕
舞台上は比較的シンプルなセット、下手奥に天幕が目立つ程度。人々の衣装も原色は見られず、仲間たちは落ち着いた色合い。ワルツやパ・ド・トロワの代わりに導入された上述のパ・ド・シス(王子と5人の娘たち)の曲は他の版では聞かれないものであるほか、王子と娘一人がチャルダッシュで踊ったり(娘を舞台すれすれの低い位置で遠心力で回すところがコンテンポラリーな雰囲気)、黒鳥のヴァリエーションで女性のソロが踊られたりと選曲・曲順が意表をつきます。
王子が安定感抜群のグランド・ピルエットを見せることで青春の謳歌が最高潮に達した後に、黒を基調とした衣装が重厚な王妃たちが登場して王子の心を凍りつかせます。姫君たちの肖像画に対しても忌避感をあらわにした王子が王妃の求めに応じてその手に挨拶の接吻をしようとした刹那、王妃はその手をはね上げて冷たく退去。そして落ち込んだ王子に取りつく島のなさを感じた人々が賑やかな音楽と共に群舞に入る瞬間の、指揮者の振るタクトとの完璧な同期が鮮やかでした。やがて暗くなって一人残された王子がふと目線を上げて飛ぶ鳥の姿を追う様子からすると、どうやら白鳥たちは客席の上空を通過していったようです。
第二幕
この幕は他の版とおおむね変わりませんが、王子の後を追ったベンノたちには白鳥の姿が鳥に見えている(よってボウガンで射ようとする)のに対し、これを立ちはだかって止めた王子は白鳥を女性として認識していることが明示されています。王子とオデットのパ・ド・ドゥは優美で、特に王子のサポートが見事だと感じましたが、あまり情愛をこめて踊るという雰囲気は出てきません。これは2012年に観たときにも感じたことなので、クランコ版の演出においてそのような設定がなされているのかもしれません。
第三幕
この幕もクランコ版の特徴が出ます。休憩が終わって場内が暗くなり、指揮者が登場して拍手が沸き起こると、その拍手がやまないうちにドロロロロロとティンパニのロール、そしてスピーディーな入場曲。前回同様に二階のバルコニーが三方を囲む大きなセットに、オレンジ〜茶系の落ち着いた色合いながら豪華絢爛な装飾を施した調度や衣装が素敵。一応、窓の外(にいるかも知れないオディール)を気にしてみせる王子を気にせずファンファーレが鳴ってから、ワルツに乗って階段を降りてくる四人の姫君たちはそれぞれの国の代表選手という感じで、はっきりとそれぞれの性格(お嬢様だったり妖艶だったり気が強そうだったり朗らかだったり)が仕草に出ています。しかしそうした姫君たちの個性を吹き飛ばすインパクトがあるのが、悪魔改め見知らぬ騎士のスキンヘッド。さらに彼が舞台奥の壁の前でマントを広げると、その陰から黒鳥オディールが壁を抜けて登場し、二人で風のように消えていきます。
ここからのディヴェルティスマンは、アバニコ片手に男四人を従えたかっこいいスペイン、民族衣装にブーツを履いた五組みの男女の賑やかな群舞となるハンガリー、女性六人が白布をひらひらさせかかとを左右にスライドさせる動きが特徴的なロシア、トランペットの速い旋律に乗って従者が豪快に連続回転する周りを姫君は両手を頭上に掲げて駆け巡るだけという大胆なナポリ(客席は盛り上がりました)。
続くグラン・パ・ド・ドゥはアダージオは通常の曲でしたが、オディールは王子と踊っていても目線はほぼ常にロットバルトを見ていてその傀儡であることが強調されています。抜群の安定感の王子のヴァリエーションは通常と異なるワルツが使われていて「おや」と思うと、黒鳥のヴァリエーションで通常の王子のヴァリエーションの曲が編曲されテンポも変えて使われているのですが、これはやはり違和感なきにしもあらずです。最後に正体を明かしたところで黒鳥はロットバルトのマントの陰から再び壁に消え、悪魔も高笑いを残して階段から去っていきます。虚しく窓の外を見やる王子(途中にオデットの影は現れません)。
第四幕
コール・ドのところへ戻ってきたオデットと王子の再会。ロットバルトが与えてくれたつかの間の逢瀬の中で許しを乞う王子と、これを受け入れたオデットとのパ・ド・ドゥで用いられる曲はチャイコフスキー「ハムレット」劇付随音楽の転用で、このとても美しい場面でようやく王子とオデットは心を通わせて踊ることができるのですが、そこへ割って入ったロットバルトと二人が巴を描いて廻った後に二人は倒れ伏してしまい、その上を悠然と通過するロットバルトのマント。それでも最後の許しを得て王子と白鳥は別れのパ・ド・ドゥを踊ったものの、コール・ドに引き離されてしまいます。ロットバルトがオデットを連れ去った後に雷鳴(の効果音)が鳴り響き、舞台上に上手・下手から青い布が波を打ってなだれこむと断末魔のもがきをみせる王子。ついに力尽きた王子が波間に漂う姿が淡い光の中に浮かび上がり、湖面を白鳥たちが去ってゆくところで終演となります。

全幕を通して見ると、王子を演じたアドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァの力強さと安定ぶりが、ソロでもサポートでも際立っていたのと、舞台上の世界を支配するロットバルト役のマッテオ・クロッカード=ヴィラの存在感が印象に残りました。エリサ・バデネスもとても美しかったのですが、第三幕のグラン・パ・ド・ドゥのグラン・フェッテが鬼門。初めのうち1-1-2回転が決まっていたのですが、徐々に軸がぶれ、どうにか回りきったところで最後にぐらついてしまいました。2012年のアンナ・オサチェンコもグラン・フェッテを回りきれなかったのですが、これは偶然なのか、それともクランコの振付がこの場面に至るまでにヒロインの体力を奪うものになっているのか。アンナ・オサチェンコはこの日の翌日に再びオデット / オディールを踊ることになっているので、この際そちらも観ておくべきだったかと後から少し悔やみました。

第三幕と第四幕との間の休憩時間中に、ロビーでサイン会が行われていました。この日サインしてくれていたのは、アリシア・アマトリアン、フリーデマン・フォーゲル、ロマン・ノヴィッキーの三人で、これは前日のオデット、ジークフリート、ロットバルトです。

ちなみに明日ここでサインしてくれるのは今日それぞれの役を演じたエリサ・バデネス、アドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァ、マッテオ・クロッカード=ヴィラで、マッテオの写真を見ると髪はふさふさでした。

キャスト

第一幕 王子の城近く
ジークフリート王子 アドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァ
ウォルフガング(家庭教師) ルイス・シュティンス
家政婦 ソニア・サンティアゴ
ベンノ(王子の友人) モアシル・デ・オリヴェイラ
従者たち ティモール・アフィシャール / エイドリアン・オルデンバーガー / ダニエル・シリンガルディ / ノアン・アルヴェス
町娘たち ヒョ・ジョン・カン / アンジェリーナ・ズッカリーニ / ヴェロニカ・ヴェルテリッチ / ディアナ・イオネスク / ミリアム・カセロヴァ
王妃(摂政) メリンダ・ウィサム
王家の使用人、貴族たち コール・ド・バレエ
 
第二幕 湖畔
ジークフリート王子 / ベンノ
ロットバルト(邪悪な魔術師) マッテオ・クロッカード=ヴィラ
オデット(魔法をかけられた王女) エリサ・バデネス
二羽の白鳥 ミリアム・カセロヴァ / ロシオ・アレマン
小さな白鳥 ジェシカ・ファイフ / アヤラ・イトゥリオズ・リコ / フェルナンダ・デ・ソウザ・ロペス / アンジェリーナ・ズッカリーニ
白鳥たち コール・ド・バレエ
 
第三幕 玉座の間
ジークフリート王子 / 王妃
見知らぬ騎士 マッテオ・クロッカード=ヴィラ
オディール(その娘という姫君) エリサ・バデネス
スペインの姫君とそのお付き ロシオ・アレマン
アレクサンダー・マッゴーワン / フレミング・プーテンプライ / クレメンス・フルーリッヒ / ノアン・アルヴェス
ハンガリーの姫君とそのお付き シィナード・ブロード / エイドリアン・オルデンバーガー
ロシアの姫君 ジェシカ・ファイフ
ナポリの姫君とそのお付き アンジェリーナ・ズッカリーニ / ティモール・アフシャール
貴族たち コール・ド・バレエ
 
第四幕 湖畔
ジークフリート王子 / ロットバルト / オデット / 白鳥たち
 
指揮 ジェームズ・タグル
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管絃楽団