フェルメール展

2018/10/14

上野の森美術館で「フェルメール展」。主催は産経新聞社ほかで、見どころはその名の通りヨハネス・フェルメール(1632-1675)の作品、それも過去最多の10点もの作品が日本にやってくるというところがポイントです。ただしこの10点を一度に見ることはできず、会期の途中で一部入替えあり。具体的には、次のようになります。

上野の森美術館 大阪市立美術館
10/5〜12/20 12/21〜1/8 1/9〜2/3 2/16〜5/12
《マルタとマリアの家のキリスト》《リュートを調弦する女》
《手紙を書く女》《手紙を書く婦人と召使い》
《牛乳を注ぐ女》《真珠の首飾りの女》《ワイングラス》 《恋文》
《赤い帽子の娘》   《取り持ち女》

つまり、この日見られるのは《取り持ち女》《恋文》を除く8点で、残りの2点を見ようと思えば来年2月16日以降に大阪へ行くのがよい、ということになるわけです。

人気のフェルメールとあってたいへんな混雑が予想されるため、チケットは入場日と時間帯の指定制。私があらかじめとったチケットはこの日の9時半から10時半までの間に入場することができるというものでしたが、ただし入替制ではないので、1時間たったら外に出て下さいというわけではありません。また、チケット代は2,500円とそこそこ値段が張りますが、この中に音声ガイドと解説の小冊子の代金が含まれています。絵の横に表示するのは番号・作者・タイトルだけにして、解説を手元の小冊子で読めるようにしているのも、鑑賞者の流れをスムーズなものにしようとする工夫なのでしょう。

この日展示されるフェルメールの作品は、展示の最後に置かれたフェルメール・ルームに「第6章 光と影:フェルメール」として集中展示されており、その前に2階の展示スペースにおいて次のような章立てで同時代(17世紀中頃)のオランダ美術の精華約40点を展示しています。

  1. オランダ人との出会い:肖像画
  2. 遠い昔の物語:神話画と宗教画
  3. 戸外の画家たち:風景画
  4. 命なきものの美:静物画
  5. 日々の生活:風俗画

このように17世紀オランダ絵画における多彩なジャンルとそれぞれの分野に特化した練達の画家たちの存在は、これまでにもたとえば「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」で学んできたところですが、ピンポイントで惹かれた作品をいくつか挙げるなら、次の作品群が興味深く感じられました。

迫力ある集団肖像画は、ヤン・デ・ブライの《ハールレム聖ルカ組合の理事たち》(1675年)。芸術家の職業組合の理事たちを描いたこの絵は、当時のオランダの芸術家の地位を示して興味深いものがあります。

生物画のコーナーで異彩を放っていたのはヤン・ウェーニクス《野ウサギと狩りの獲物》(1697年)。この画家の名前で検索するとこうした獲物系の絵が山ほどヒットして驚いてしまいますが、この絵に描かれた野ウサギのもふもふした毛皮の質感にはそれ以上に驚愕すること間違いなし。一方、風俗画のコーナーの数々の絵の中でそこだけ静かな光に包まれているように感じたのはヘラルト・ダウ《本を読む老女》(1631-1632年頃)でした。細密に描きこまれた画面の中でレンブラントの母をモデルにしたと伝えられる老女が熱心に読んでいるのは「ルカによる福音書」19章で、聖書を重視し富裕層に恵まれた新教国オランダの識字率の高さを想起させます。

そしてこのフロアの最後に並べられていたのはハブリエル・メツー《手紙を書く男》《手紙を読む女》(1664-1666年頃)の対作品です。恋文をやりとりする男女という主題は17世紀後半のオランダ風俗画で流行した画題ですが、《手紙を読む女》の方には、左の窓から差し込む光、壁に掛けられた絵画の寓意性などにフェルメール作品からの影響が見てとれます。決定的なのは彼女の黄色い上衣で、この後に出てくる《リュートを調弦する女》《真珠の首飾りの女》《手紙を書く女》を見れば一目瞭然。

音声ガイドの石原さとみさんに「この黄色い服を覚えておくように」と言われつつ1階に降りて、いよいよフェルメール・ルームに入ります。

《マルタとマリアの家のキリスト》(1654-55年頃)
スコットランド・ナショナル・ギャラリー所蔵。私は2008年の「フェルメール展」で見ています。フェルメール初期の宗教画で、例外的に大きいそのサイズや主題、大らかな筆遣いがフェルメール作品としては異質。この題材では先日の「プラド美術館展」でベラスケスが描いたトリッキーな構図のものも見ていますが、フェルメールの作品は三人の配置が穏やかにバランスし、頬杖をつくマリアの表情が影に隠れて判然としないところがむしろ鑑賞者の想像をかきたてます。
《ワイングラス》(1661-62年頃)〔初来日〕
ベルリン国立美術館所蔵。これも比較的大きい絵で、主題はワインを勧められて飲み干す女性と注ぎ足そうと待ち構える男性の背後に節制の寓意をこめた絵を配していることから明らかです。フェルメールのその他の作品に比べると明暗のコントラストがはっきりしていて、これも少々「らしくない」感じがしますが、衣装の柔らかさ、椅子の木質、窓のステンドグラス、そしてワイングラスの硬質な透明さなど、そこに散りばめられたモチーフの質感が見事に描き分けられていることがはっきりと見てとれます。
《リュートを調弦する女》(1662-63年頃)
メトロポリタン美術館所蔵。これも2008年に見ています。ここからの三作品には、モデルは異なるものの同じ黄色の上衣をまとった女性が登場しますが、それにしても彼女はなんだか変な顔……。
《真珠の首飾りの女》(1662-65年頃)
ベルリン国立美術館所蔵。2012年の「ベルリン国立美術館展」の主役です。久しぶりの対面ですが、柔らかな光の中の彼女のうれしそうな表情に惚れ惚れとしてしまいました。耳飾り、テーブル上の銀器や椅子の金具におかれたハイライトが光の効果をさりげなく強調しているのも見事で、これこそフェルメールと言える作品のひとつです。
《手紙を書く女》(1665年頃)
ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵。2012年の「フェルメールからのラブレター展」に次の《手紙を書く婦人と召使い》と共に出品されていました。この絵の中でも穏やかな女性の表情を窓からの柔らかい光が包んでいますが、彼女の左腕の角度とテーブルクロスの襞の角度とが調和しているのもこの絵に安定感を与えています。
《手紙を書く婦人と召使い》(1670-71年頃)
アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵。やや強い光の中に二人の人物がくっきりと浮かび上がり、一連の絵の中で最もストーリーを感じさせる絵で、窓の外を見やりながら女主人が手紙を書き終えるのを待つメイドの訳知り顔の表情がことに秀逸。フェルメール後期のこの絵が、私は大好きです。
《赤い帽子の娘》(1665-66年頃)〔初来日〕
ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵。長辺23cm・短辺18cmの小さな作品でそれほど目立ちませんが、焦点が合わずぼやけた女性の姿の中で、鼻の頭などに光の点を置いてハレーションを起こしたような光の効果を強調しつつ、空気感のようなものまで表現しています。
《牛乳を注ぐ女》(1658-1660年頃)
アムステルダム国立美術館所蔵。この有名な作品は2007年に来日していますが、そのときは見逃しているので、今回が初見です。大きさとしては《手紙を書く婦人と召使い》よりも少し小さいのですが、その群を抜く細密な表現は圧倒的な印象を見る者に与えます。主人公であるメイドはパン粥を作るために牛乳をゆっくり鉢に注いでいて、そのがっしりした身体には左の窓から冬の光が当たり、背後の何も描かれていない白壁(もとは地図か絵画が描かれていたものを変更したもの)が光の効果をさらに高めていますが、手前にある点描で質感豊かに描かれたパンにはどこか別の光源からの光が当たっていて、意表を突かれます。高価なラピスラズリを用いたウルトラマリンが惜しげもなく使用された色彩豊かな絵で、そこに明確な動きも存在するのに、全体としては静謐な、あるいは永遠を感じさせるような崇高な印象を受けるこの絵が、フェルメールがまだ20代のときの作品であるとは、とても信じられません。

こうしてひと通り見てみると、よく言われるようにフェルメールが光と影を巧みに操る魔法のような腕前の持ち主であったことがわかります。ただし、いわゆるバロック絵画が明暗の強調の中に描写する一瞬の激情のようなものはフェルメールの作品にはなく、調和のとれた静謐な空間の中に物語性を浮かび上がらせる抑制の効いた表現がそこに存在することを、上記の8作品をひとつの部屋の中で見渡すことによってあらためて実感しました。

さて、今回来日する10作品のうちの残り2作品を見るために大阪に行くか?と問われたら、もちろん行くと答えます。フェルメールの作品はこれまで、

と様々な展覧会で接してきていますが、大阪での鑑賞を終えたところで、その全35作(作品数には諸説あり)のうちこれまでに何作品を見たことになるのか、また未鑑賞の作品を見る機会は得られるのか(一部作品は門外不出)を整理してみようと考えています。

この記録を書くにあたって、展覧会のプロモーション動画がないかとYouTubeを逍遥してみたところ、次の動画に行き当たりました。

今回展示されることになったフェルメール作品の見どころを手際よくまとめた出来のよい解説動画なのですが、この動画をアップしている「こくまろトレンディ」なるものの正体が不明。そのホームページを見てみると、どちらかというと芸能ネタに強い情報発信系サイトのようなのですが、それがなぜ・どうやってこの解説動画を制作したのか……フェルメール作品に描かれるシチュエーションの曖昧さと同様に、謎です。

フェルメールと言えばミッフィー!それはこの子がオランダ生まれだからですが、2012年の「マウリッツハイス美術館展」では《真珠の耳飾りの少女》、そして今回は《牛乳を注ぐ女》がモチーフになっていました。

「牛乳を注ぐうさぎ」というシュールな組合せですが、これはこれで可愛い。もちろん大きい方を買い求めました。